素直じゃないにも程がある凛とそれに振り回される大人たち(同い年含む)の話
「なぁ、本当に行かなくていいのか?今日、楽しみにしてただろ?」
俺の頬の方に伸びてきた潔の手を思い切り払いのけ、俺は毛布にくるまった。
「行かねぇって言ってるだろ!さっさと出て行けよ!」
「でもお前、今日のバーベキューのために食材たくさん買ったし、みんなに配るお土産も用意してあるんだろ?」
ガサっと袋の音がして、ベッドが少し沈む。おそらく俺が今日の日のために準備しておいた荷物を置いたのだと思う。毛布の中にいて、目も瞑ってるからわからないけれど、そんな気配がする。
「なぁごめんって、俺が悪かったよ。一緒に行こう?久しぶりじゃん、みんな揃うの。たくさんおしゃべりしよう。おいしいものたくさん食べよ」
揺すられたので「やめろ!」と毛布の外に向かって怒鳴る。この子供扱いも心底ハラが立つ。これでは俺が駄々をこねているみたいじゃないか。こいつが悪いのに。
「さっさと行け!ばか!俺は……具合が悪い!」
「何いまの間。ねぇ、だってすごい大きい声出るじゃん。元気だって。行けるって。俺が保証する。とりあえず行こ?車で寝ててもいいから」
「腹が痛い。喉が痛い。ダルい。足も痛い。目も、痛い」
潔が黙り込む。俺はぜったい譲らない。しばらくは潔を許したくない。潔に罪悪感を植え付けたい。今日楽しく過ごせなかったことを、俺は潔の最期の時まで文句言ってやるつもりだ。
「もう間に合わなくなっちゃうから、俺、行くね。もし後から来たくなったら、迎えに来るから。連絡ちょうだい?な?」
「しない!」
そもそも目的地はすごく遠いから、戻ってくるなんて現実的ではない。それなのにそんなことを言う。
潔はため息を一つつき、荷物を持って部屋の外に出ていった。俺だってこんな態度をいつも取っているわけではない。子供の時以来だ。たぶん。
記憶に残っているのは、まだ小学校に上る前のこと。出かけた先でそれぞれぬいぐるみを買ってもらった兄貴と俺。ご機嫌で歩いていたわけだが、しばらく持ち歩くうち、兄貴が持っているぬいぐるみの方がかっこいい気がしてならなくなった。俺はソレが欲しいと大泣きし、優しかった兄貴は(今思えば黙らせたかっただけかもしれない)俺のものと交換してくれた。けれどもまたしばらくすると、今度は兄貴に渡したぬいぐるみが悲しんでいるような感覚に陥ってしまった。どっちも欲しいといえば、兄貴は両方くれるだろう。でもそれでは兄貴があまりにも可哀想ではないか。どんな提案をされても泣く俺に、家族は困り果ててしまった。結局、泣き疲れて体力がなくなるのを待ったと聞いた気がする。
いやそんなことはどうでもいい。とにかく、その時のことを思い出すような子供みたいな態度を取ってしまうほど、この度の潔の悪行は許すわけにはいかない、という話だ。絶対許さない潔世一。
お腹が鳴って目が覚めた。カーテンを閉め切ったままだからわからないが、おそらくもう太陽はてっぺんに近いのだと思う。風邪をひいているわけでもないのにこんな時間までベッドのお世話になることは、まずないことだ。足が覚束ないが、なんとかダイニングに向かう。テーブルの上には、サンドイッチとメモが置いてあった。
『りん!本当にごめん!サンドイッチ作ったから食べて!来る気になったら電話して!(TEL番) お前の世一より』
電話番号、知っているが?目を瞑っててもかけられるが?馬鹿にしているのか。別に俺のお前じゃないし。お前なんていなくても平気だ。相当モテているらしいから、お前のことが大好きなその辺の女、あるいは男にもらってもらえ!と、そこまで考えてまた落ち込んだ。
サンドイッチを口に運ぶ。きゅうりもレタスもパンに水分を奪われパサパサで、奪い取った側のパンとセットになってすごくおいしくないパンチを繰り出してくる。食パンのミミ部分がどこにもないので、あいつがそこだけ食べて行ったのかもしれない。エアコンをつけてソファに座り、テレビをつける。どの番組もいろいろ伝えようとしてくれているのに、上滑りして全く内容が入ってこない。番組が切り替わったところで時計を見上げると、針が二つともちょうど真上を指していた。
もう、食べ始めている頃だろうか。俺が準備したズッキーニ、枝豆やその他のものたちも食べられているんだろうか。先日同い年ラインで黒名から、コーラ缶チキンをやる、楽しみにしておけって届いていた。潔が、國神がきりたんぽ用意するってーって言ってた。絶対、行ったら楽しかったと思う。河原でやるからと、水遊びの道具の準備を担当しているやつもいたはずだ。それなのに俺は、暗い部屋で、まずいサンドイッチを腹に収めてソファに沈んでいる。
犬が出てくる幸せな映画でも見るか、とスマホをいじっていると、突然電話がかかってきた。出るつもりはなかったのに、咄嗟に通話ボタンを触ってしまった。
「あれ、すぐ出ましたよ。凛くん?こんにちは、二子です。具合どうですか?」
平坦だが、心配しているのが伝わってくる声色だ。なんて返していいかわからなくて、黙りこくってしまう。
「潔くんが凛は体調不良で欠席って言ってたんですが、僕たちはどうせまた潔くんが凛くんのこといじめたんだろうって話してたんです。ってあれ、聞こえてます?もしかしてこっち電波悪いのかな。もしもし?あ、それとも本当に具合悪いです?」
ザワザワと人の話す声、水が強く流れている音が聞こえてくる。
「大丈夫だ。具合は、だいぶよくなった。ちょっと後ろの音がうるさかっただけだ」
「ああ、よかったです。凛くん、具合大丈夫そうだったら、今からでも来ません?酒飲みたちがダラダラ食べるせいで、食べ物全然減らないんですよ。高級食材もきりたんぽもまだこれからです。変わり種は夜に出すって言ってますし、これから来ても楽しいこと盛りだくさんですよ。ね、黒名くん」
「凛、早く来い。年上連中が凛はいつ来るんだって暴れ始めてる。急げ急げ」
「電車で来るのがいいと思います。そうしたら帰りは潔くんの運転で帰ればいいですし。○○駅まで来てくれれば迎えに行くので」
電話の周りにはたくさん人がいるらしく、何やらざわざわと会話が聞こえる。
『凛、何時に着くって言ってる?』
その中で優秀、あるいはポンコツな俺の耳が、きっちりとあいつの声を拾う。
機嫌直ったのかな?二子、俺が迎えに行くって言いてくれる?ちょ、潔くんは入って来ないでください!凛くんが意地張っちゃうでしょう!
全身から力が抜け、より一層深く沈み込む。あいつは全然わかってない。俺は明確に、あのこと、に対して怒っているのに。機嫌が悪いで片付けられている。機嫌が悪い理由は、全てお前の悪さのせいなのに。
『悪い、二子、行かない。外出れるほどは、よくない』
言った後で、ずいぶん弱々しい声を出してしまったと反省する。案の定、間髪入れずに二子が慌てた声を出す。
「凛くん?凛くん、すみません体調悪いのに、騒がしくしてしまって。ごめんなさい。わかりました、ゆっくり休んでくださいね。潔くんを先に家に帰しましょうか?」
「悪い。大丈夫だ。潔には二度とうちの敷居を跨がせない、って俺が言ってたって伝えてくれ。そんでバーベキューの具材にしてくれ。きっとくそまずいが」
「今ので、大体理解しました。了解です。同い年みんなで潔くん糾弾しておきます」
「助かる」
電話を切って、ため息をつく。二子のかげで少し気分が落ち着いた。そして潔への殺意は増していくばかりだあのクソ野郎。いますぐ業者の人を呼んで玄関の鍵を換えてしまおうか、ともよぎったが、もう少し寝てしまうことにする。お気に入りのフクロウのクッション、ブランケットを引き寄せて、ソファに横になった。すぐに夢の世界に入ることができた。
ピンポーン
玄関チャイムが聞こえた気がして目が覚める。テレビをつけると、もう夕方のニュースが始まっていた。潔はまだ帰ってきていない。キャンプファイヤーと花火をやってから解散になるはずだから、きっと今夜は遅くなるのだろう。家に入れてやる気はないが。
ピンポンピンポンピンポーンピンポーンピピピピピピピンポーンピーンポーン
いややっぱ鳴ってた、ていうかうるせェ!!!
「おい!誰だばか!死ね!近所迷惑だろうが!二度とうちの前に立つな!」
「あ、凛ちゃん、大丈夫そう」
扉を開くと、泣きそうな顔をした蜂楽が立っていて、ヘラっと笑った。
「なんの用だ」
「元気?」
「見りゃわかんだろ。さっきまで寝てた」
「うん、出てくるまで20分くらいかかったもんね」
ということは20分もチャイムを鳴らし続けていたのか。マジで近所迷惑、一言言ってやらねば……じゃなくて、心配していたのか、と蜂楽の顔を見て思い直す。
「なんの用だ。潔はまだ帰ってきていない。今日のバーベキュー大会、お前も参加じゃなかったのか?」
絵心、帝襟も含め、全員参加と聞いている。
「俺ね、今日仕事入っちゃったの。だからこれから向かうんだ。よかったら凛ちゃんも一緒に乗って行かない?」
蜂楽が車の鍵がついたキーホルダーを指でクルクル回しながら笑う。
「乗って、行かない」
「どうせ潔が悪いんだろうから、凛ちゃんが現場到着したらみんなでボコボコにしようって話になってるみたいよ。凛ちゃんが行かないと始まらないよ!」
蜂楽の言葉を右から左に受け流しながら、なんか雰囲気違うなって思う。いつもより落ち着いてる。仕事で疲れているのか?いや、単にスーツだからかもしれない。スーツでバーベキュー行くのか、こいつ。でも、こんな蜂楽に、いつもなら少しうるさいと思うこの存在に、ちょっと救われる気持ちになって情けなくなる。
「あいつが悪いのに」
「うんうん」
「俺が機嫌悪いって」
「やだね」
「俺は怒ってるのに」
「シメましょうぜ!親分!さぁ準備だ!」
蜂楽が勝手に家に入ってきて、勝手に戸締りをし始めた。
「なんか薬飲んだ方がいい感じ?顔色悪いかも」
「いや、大丈夫だ」
「忘れ物ないようにね」
「あ、マシュマロ持ってく。焼く」
ラジャ!と言って蜂楽は戸棚を開けて袋に詰める。
「車の中で話聞くよ。バーベキュー大会終わった後さ、今日は家来て、泊まってってくれてもいいし」
「うん」
「あ、凛ちゃんお腹空いてない?途中どこかで軽くご飯と飲み物買って行こう。俺がお腹ぺこぺこなだけなんだけど。お兄ちゃんがなんでも買ってあげるから!」
「俺の兄貴は一人だけだ」
「そうだね」
左肩を押されて、蜂楽の車に乗り込む。車内は蜂楽の匂いがして、居心地が悪くて荷物をギュウと抱きしめた。近所なんて見慣れているはずなのに、蜂楽の車の窓越し、というだけで非日常的な景色に映るのが不思議だ。
「どんな仕事だったんだ?」
「テレビ。疲れたけど楽しかったよ」
「人に見られるの好きだもんな」
「凛ちゃんは苦手?」
「なんとも思わない」
誰が見ていようと。見ていなかろうと。サッカーが絡まないなら。そのはずだったのに。
「凛ちゃん?凛ちゃん、寝ちゃったかな。あ、もしもし潔?うん、凛ちゃん回収したよ。ねぇ潔、凛ちゃんすごい落ち込んでるんだけど。何したらこん」
電話を代われ、俺にも文句を言わせろ、と頭の中では大声出しているのに、瞼が重くて。蜂楽の声を聞いているうち、やがて真っ暗になってしまった。
到着後(ほんのちょっと注意)
「結局、凛は潔の何に怒っていたんだ?」
「バーベキュー大会、楽しみだから、体調整えるために絶対ヤらないって言った。なのに、昨日、メチャクチャにしやがった。声出ないし腰痛いし腹も痛い。いつもはしねぇのに顔に出してきて、朝起きたらなんか目と鼻も痛かった」
「凛さん?!」
「潔最悪」
「最低やで潔くん」
「あ、ビール飲んでる!凛、ビール駄目なんだって!」
「凛、かわいそう」
「やっぱうちの子になりな、凛」
「潔は凛にちゃんと謝るまるまでそこで正座していろ」
「ここ河原だよ?!刑じゃん!」
「刑なんですって」