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    kusare_meganeki

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    kusare_meganeki

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    ジェパサンSS
    生存本能剥き出しのジェって獣だよなぁっておもうのと、それを人間に揺り戻してくれンポ〜ってなったのと

    獣と人間戦場となった禁区奥地には、血と硝煙の匂いだけがある。ジェパードは、そこに独り立っていた。既に左手の感覚は無く、伝わってくるのは鈍い痛みだけだ。足元に転がる硬い外殻は粉々になって、静かに風化していた。
    危険を孕む敵はもう居ない。しかし、ジェパードの脳は燃えんばかりに熱を持っていた。つま先がむず痒さに震える。自身の中にいる獣が、獲物を求めて牙を剥き出しにしている。
    だが、勝ったのだ。敵はもう居ない。
    何度目の勝利かを数えるのは、もうやめていた。それをするだけ無駄だと、ジェパードは知っているからだ。
    最前線で、護るべきベロブルグを脅かす化け物と戦い屠る日々に終わりなんてないのだろう。この星が本来、穏やかな気候で住みやすい所だったなんて、本当は夢物語だったのではと思う時があった。
    こんな、雪と絶望だけの世界に何があるというのだろうか。
    この先に、希望なんて存在するのだろうか。
    ならば、自分が拳を振るい戦う意味はどこにある。
    多くの命を賭して戦う意義は、どこにある。
    星核が封印されてもなお、終わらない戦いは、いつ終わるのだろうか。
    「お疲れ様でした、勇猛果敢なジェパード戌衛官様」
    声が、する。軽薄で、しかしどこかねっとりとした声が。
    「お怪我をしていらっしゃいますねぇ。早く治療しに戻りませんと、傷口が化膿してしまいますよ?」
    それは、背後から──理性より先に本能が躍動する。
    右手が、思っていたよりも太いその首を掴んだ。そのまま、勢いよく押し倒す。短い悲鳴と、鈍い音が、ジェパードの理性を僅かに呼び覚ました。
    「ぐ、ぅ……っ!お、もっていた、より、ぶっ飛んでます、ねぇ」
    「…………」
    紺色の髪と翠の瞳。見覚えのある色だ。
    それは、いつもベロブルグで見るもの。
    ジェパードが追いかけ、彼は逃げる。ある意味では、日常の一部分となりつつある。そこで見る色だった。
    「が……っ」
    理性が、理解に時間を焼く間にも本能が先行する。右手が、掴みあげている首を締め始めた。
    薄汚れた石畳に、鮮血が流れ始めている。
    指先の感覚はとうに死んでいて、ゴムのような気持ち悪い柔らかさだけが何となく分かった。
    敵ならば、殺さなくてはならない。ベロブルグを脅かす敵を屠ることこそ、ジェパードの使命──シルバーメインの戌衛官として、課された命運だ。
    ここにいるのなら、目の前に現れたのなら、殺さなくては。
    右手にさらに力を込めれば、びくりと彼の肩が震えた。目が見開いて、口を大きく開けて──しかし、笑っていた。
    「ぼ、くは、あなたに追われる鼠、ではあります、が」
    其れが、潰れた声を出す。苦しさに顔を歪ませながら。
    「今は、敵では、ありませんよ」
    その手が、ジェパードの頬を力無く撫でる。そこに、恐怖の感情は宿っていないように思えた。
    「さあ、起きて」
    首を掴む右手から、力が抜けていく。まるで魔法のような言葉に、ジェパードの中にある獣が微睡み始めた。
    「戻っておいで、ジェパード・ランドゥー」
    彼の手が、頭に触れた。優しく、優しく撫でて、そして緩く押さえつけられる。彼の顔が近づいて、その唇同士がゆっくりと触れた。
    「貴方の帰ってくるのを、待っている人がいますよ」



    気がつけば、医務室の天井を見つめていた。前後の記憶は曖昧だ。副官のペラが言うに、兵士が気がついた時には禁区の医務室前で倒れていたらしい。
    モンスターの侵攻から辛勝を掴んだ時、ジェパードは誰よりも最前線にいた。その方が、護れるものは多いと判断したからだ。
    怪我はさほども酷くない。ただ、疲労感だけがジェパードの身体を苛む。過熱し、脳が疲れたと駄々をこねるように痛みを発していた。
    (紅と、紺と……赤色……)
    記憶の端に、朧気に残るその色だけをはっきりと思い出せる。指で唇に触れれば、そこに乗った温かさがじわりと浮き出てきた。
    生死の境を越えた戦闘は、ジェパードの中にいる獣を呼び起こす。生きるために理性を噛み千切り、本能のままに敵を屠る獣だ。
    人はそれを指して、生存本能と言うのだろう。
    だが、必要以上の暴力で敵を粉砕するそれを、ジェパードは獣だと考えていた。
    (もし、彼が連れ戻してくれたのなら……)
    浮かぶ一人の男に、思いを馳せる。
    (礼と、謝罪を……)
    右手に残る、生暖かいゴムの感覚。
    それがなんなのか──ジェパードは無意識に、自身の喉を掴んでいた。



    彼の居場所は分からない。何処にいるのかも。
    基本的に神出鬼没。会いたい時に会えなくて、会いたくない時に会うような──それは、ジェパードにとって窮地の場合が多かった。
    何かと、彼は手助けをしてくる。それを完全に覚えていないのは、その多くが生死を賭けた戦闘後だからだ。
    獣として在るジェパードの前に、彼は現れる。
    いつでも、人間であることを思い出させるかのように。
    「サンポ」
    化け物の禁区侵攻から5日後‪──‬下層部、リベットタウン。裂界に飲み込まれ、人が住める場所でなくなったそこは、死んだ街となっている。サンポを探し回り、何処にいるかを行く先々で聞いたところ、ナターシャに「今なら薬品を取りにリベットタウンにいる」と教えて貰った。
    「……僕、何も悪いことしてませんよ?」
    紅と紺。
    廃墟となった民家の薬品箱をひっくり返しているサンポは、困ったような笑みでそう言った。その頭には、少し汚れた包帯が巻かれている。
    足元に落ちている麻袋は、きっとかき集めた薬品が詰まっているのだろう。
    「君が、ナターシャさんから頼まれてここに来ているのは彼女から聞いている」
    「じゃあ、捕まえにきた訳では無い?」
    「ああ」
    頷くと、サンポは大袈裟に肩をすくめてみせた。良かった、とため息と共に言葉を吐き出している。
    「なら、貴方は何をしにこんな廃墟までいらしたんです?戌衛官は、そんな暇でもないでしょう?」
    「いや……下層部について、まだ知らないことが多い。だから、学習する一環で来た。これから、シルバーメインが統治するに当たって知っておくことに越したことはない」
    「へぇ」
    ジェパードの返答に、サンポは淡白な反応を示した。
    「まぁ、要するに暇ってことですよね。それなら、少しお話がてらアルバイトをしていきませんか?」
    「……多重職務は規律で禁止されている」
    「ああもう、言葉のあやですよ。お手伝いしてくださいと言っているんです。知りたいんでしょ、下層部の事」
    サンポが足元から何かを拾い上げ、それをジェパードへ投げ渡す。受け取れば、空の麻袋だった。
    「下層部のことならば、このサンポ・コースキがガイドに適任ですよ。ジェパードさん♡」

    薬は消費期限切れでもいいから集める。
    衣服や布は、汚れが比較的軽いものだけ。分からなければその都度相談。
    家具に関しては持ち運びが難しいので、小さいものから少しづつ動かしている。印が貼ってあるものは触らないように。
    リベットタウンで、物資を集め続けているサンポの言葉に従って、ジェパードはその手伝いに従事した。
    初めて歩くそこは広く、本来なら活気に満ちていたんだろうことは想像に難くない。しかし今となっては、化け物が徘徊するような場所になってしまった。
    一度、大鉱区が化け物たちに襲撃されたことがあった。たまたま開拓者と姉のセーバルと共に下層部を訪れていたジェパードは、その時初めて下層部の現実を知ったと言ってもいい。
    「上に、孤児院なんてないですよね、確か」
    「……ああ」
    リベットタウンの中心部に位置する孤児院は、他の建物同様に廃墟となっている。子供が落書きしたのだろう壁と遊具は、埃とサビでボロボロだった。
    ナターシャの元に孤児が集まっていることは、ジェパードも知っている。彼らが元々、ここで暮らしていたことは簡単に理解できることだ。
    「リベットタウンの案内はこんな所ですね。ボルダータウンに移り住んで、だいぶ経ちます。この状態で、再び人が住むなんてことも難しいでしょうから戦闘になった際は遠慮無く」
    「いや、どうあれ建造物は大事にすべきだ。戦闘になったとしても、保護を最優先に動く」
    「……ふーん。ま、そう判断なさるならそれで良いですが。さて、お手伝いありがとうございました。十二分に物資が集まりましたので、今日はここまでにしておきましょう」
    「その口振りでは、まだこのリベットタウンに物資が残っているようだが……」
    「ありますよ。ただ、一気に回収してしまってはダメなんですよ。必要分だけを集める……幸い、このリベットタウンに立ち入れる人間は限られます。その大半は地炎のメンバーですからね、誰かが横取りするなんてこともありません。ですが、一気に物資を集めた場合、邪なものがそれを奪おうとして来るかもしれませんから。そういったリスクを抱えるぐらいならば、必要に応じて取りに行くほうがいいんです。……ナターシャの診療所は、孤児だけではない。傷ついた人や、病人が多くいますので」
    帰りましょうと、サンポが歩き出す。ジェパードは黙って、麻袋を抱えたまま彼の後ろをついて行った。
    ‪──‬断片的に記憶の中にこびり着いた、サンポの姿について彼に聞きたかった。だが、話の糸口が見つからない。
    (彼の頭に巻かれた包帯は……)
    あの時見た、赤色が。
    右手にこびり着いた、生温かいゴムのような感触が吐き気を催す。
    「ジェパードさん」
    呼び掛けに、ジェパードはその足を止めた。二歩先で、サンポも足を止めている。多くのブラウン管テレビが折り重なり、橙とも茶色ともとれる照明がその姿を照らしていた。
    「どうしたんだ、サンポ」
    「僕に聞きたいことがあったのでは?」
    核心を突く問いに、ジェパードはすぐに返答が出来なかった。微笑む彼の視線が、まるで蛇のように纏わりついてくる。
    「どうして、そのようなことを?」
    「貴方、僕を見つけた時にこう言いましたね?……君が、ナターシャさんから頼まれてここに来ているのは彼女から聞いている。ってね!」
    麻袋を二つ、地面に落としてサンポは近くの柱にもたれ掛かった。
    「僕を探していなければ、出てこない言葉だ。僕を探していたからこそ、貴方はナターシャに所在を聞いている」
    「……分かった、認める。すぐに、君にそれを切り出せずにすまなかった」
    言葉の矛盾を晒し出され、ジェパードはすぐに負けを認めた。確かに言ったし、確かに探していた。そこに嘘はない。だからこそ、これ以上サンポに対して意地を張っていても仕方がない。
    「どうして、僕を探していたんですか?罪状があって、捕まえにきたわけではないんですよねぇ?」
    「ああ、それは変わりない。ただ……君のその頭の怪我、それは僕のせいだろう?」
    聞いても、サンポは表情を崩さない。ジェパードも麻袋を地面に落とし、彼に一歩近づく。
    「記憶が、あるんだ。断片的だが……この前にモンスターから禁区侵攻の際、終戦後に君は僕の前に現れた」
    もう一歩。
    「僕はその時、情けない話だが意識があまり無かった。理性が無かったとも言える。その中で、君は僕に……首を掴まれて」
    サンポの前に立ち、その右手を伸ばす。あの時と同じように、その首に手をかけた。手袋越しでも、その服越しでも、あの生温かさが素肌を伝う。
    「地面に、強く押し倒された。その時に、頭を強打して流血していたはずなんだ」
    「……どうして、そういうところだけ覚えているんですかねぇ」
    サンポはため息をと共にジェパードの手を退けた。そして、襟元のボタンを外す。晒された素肌には、薄らと手形の鬱血痕。
    「戦闘が激化すると、貴方はわざと最前線に行くことは知っていました。問題解決以前から、僕は禁区での戦いを監視していましたので」
    「何故、そのようなことを」
    「地面の下にいては、上のことは何も分からない。分からないまま、上の防衛戦が突破され、ベロブルグが滅亡に向かうなんてごめんでしょう?地炎から頼まれた、仕事の一つですよ。それは今も、現在進行形で」
    サンポの言っていること全てが、真実とは限らない。程よく、地炎を隠れ蓑にしている可能性がある。
    しかしその中で、彼が禁区での戦闘を監視していた事だけは信じざるを得なかった。そうでもしなければ、あのタイミングでジェパードの前に彼は現れない。
    「見ていたから、貴方が途中から本能を剥き出しに戦うことも知っている。生存本能ってやつですね。いやはや恐ろしい。あの化け物相手に、生存本能だけで大した怪我も無く勝ち残ってしまうのですから。流石は、ベロブルグの誇る戌衛官様です」
    「その状態の僕の前に、何故君は現れる」
    「獣を獣のままで、人間の群れに返すわけにはいかないでしょう」
    その指はゆっくりと、首筋の跡をなぞっている。
    「獣が化け物に相対すれば、それは全力で討伐するでしょう。自身の縄張りを荒らされたんですから……。その状態で、人間と行き遭った時、どうなるのか。想像出来ない貴方でもないでしょう?」
    「その状態の僕を……何故、君は気にかける。最悪、自身が危険な目に遭う可能性だってあるだろう」
    「僕はまぁ、丈夫なので。いくらでも逃げる手段はありますしねぇ」
    ケラケラと笑うサンポは、襟元のボタンを留め直す。あの鬱血痕は隠れ、残されたのは頭の包帯だけだ。
    獣としてのジェパードが、サンポを傷つけた証。何度も、何度も彼によって人間に揺り戻される中で、獣として彼を何度傷つけたのか。
    記憶に無いだけだ。何度、この手はサンポに──‬人間に暴力を振るったのだろう。
    「……すまない」
    「謝らないでくださいよ。僕が好きでしているだけ。僕としても、貴方が人間に戻らないと困るんですよ。何せ、この星の壁ともいえるお方ですからね!倒れられては、一気にベロブルグは陥落してしまう!」
    俯くジェパードへ、サンポは顔を上げてと言った。言われた通り、視線を彼に向ければその唇が視界に映る。薄らと赤いそれは、記憶の中でジェパードの口を塞いだはずだ。
    「……ん」
    それをなぞる様に、ジェパードはサンポの唇を塞いでいた。思っていたよりも柔らかいそこは、拒む事なく受け入れてくれる。
    「どうしました?男にキスをするだなんて」
    「いや……君が、こうしてくれたことを覚えている」
    「……あらぁ」
    そう言えば、サンポは苦笑いを浮かべた。両手を軽く上げて、参りましたと肩をすくめている。
    「すいませんね、キスって結構効果があって……今までこれが一番だったんですよ。だから、ね。嫌でしょうし、次からは」
    その言葉を飲み込むように、ジェパードは再度サンポの唇を強く塞いだ。目を開けたままで、彼の翠色の瞳に飛び込むように‪──‬その瞳孔が見開かれ、彼の手が思わずジェパードの腕を掴んでいた。
    「……今、キスした理由を聞いても?」
    「いや……もし、また僕が人間じゃなくなっていたら、キスで起こしてくれていい」
    驚きにサンポは呆気に取られている。ジェパードは彼から一歩離れて、地面に落としたままの麻袋を拾い上げた。
    「僕は、君とのキスに嫌悪を感じなかった」
    「それが理由?」
    「二度目のキスについては……なんとなくだ。したくなったから、した。今思えば軽率だったな、すまなかった」
    「いえ……」
    口元を抑えたサンポが、麻袋を拾い上げる。照明が彼の髪と肌を照らし、その耳は少しだけ赤くなっていた。
    サンポのおかげで、ジェパードは獣ではなく人間に戻ることができている。どうして、彼が世話を焼いてくれるのか‪──‬そこまで聞いても、理由を話してはくれないだろう。本当に、ベロブルグが滅ぶのが嫌なのか。それとも、サンポ自身に何か思惑があるのか。
    「帰ろう、サンポ」
    「ええ、そうしましょう」
    それについては、いつか聞くとしよう。
    戦場の中、獣にならず人間のままでサンポと相対出来た、その時に。
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