未だに、頬が疼く様な感覚に襲われる。彼女に叩かれた衝撃は、ずっとそこに存在していた。無気力にそこを手で撫でながら、アベンチュリンは手元のスマートフォンを見る。彼女──星から届くメッセージは未読のまま、一日前が最新のものとしてそこにあった。
ブルーの刻で互いの心情を分かち合い、アベンチュリンがそれを切り捨ててから、星とは一度も会っていない。メッセージでの連絡も全て無視をして、現実のリバリーホテルで任務後の雑務をこなしていた。これから、暉長石号でジェイドがファミリーと会談をする。その邪魔をしてはならないと、敢えて夢から目覚めていた。
(まぁ、そんなのは建前だけど)
本当は、星に会いたくない。会ってはならない。もう夢は見てはならないと、自分に枷をかけている。
もう少しすれば、彼女は再び開拓の旅へと飛び立つだろう。そうすれば、再開する見込みなんて広大な宇宙で一粒の宝石を拾い上げる程度の確率だ。黄泉に切り裂かれ、沈むアベンチュリンを救い上げてくれた純美の騎士のような生き方でもしない限りは──。
ただ、どこかで期待している。彼女が、無限の可能性を希望を持って、この手を取ってくれるのではないかと。
「バカなこと、考えるもんじゃない。そうだろ?アベンチュリン」
言い聞かせるように、呟く。期待は毒だ。いつの間にかそれが叶うと思って、いつだって痛い目を見る。
何かを願い期待するのなら、それに見合うだけの“自身”を賭けなくてはならない。
「何を賭けるって言うんだ」
星に釣り合うだけの何かを、自分は持ち合わせているのだろうか。朝も夜も関係なく、世界を照らす一等星に釣り合うだけの自分の価値──。
金なんて、その輝きの前には無価値だ。
(……もう、会わないんだろ。なら、考えるだけ無駄じゃないか)
深く息を吐き出すと共に、星に対する思考も全てを吐き出そうと試みる。例え、この先偶然にも出会おうと──。
『今はただの挨拶だよ。僕は君と心が通じ合っていればそれでいいんだ』
『よかったら、また一緒に遊ぼう』
暉長石号の中、ホログラム越しに見える星の表情はいつもと変わりがない。アベンチュリンもまた、現実から見る夢に身を投影しつつ、その役割を演じているだけだ。その隣にいるはずのブートヒルは、チラリとアベンチュリンの方を見てつまらなさそうにため息を吐いていた。
「メッセージが届いているはずだろう、ギャンブラー。お前のも一度こちらに来い、緊急事態だ」
ノックの音、返事をする前に開け放たれた客室の扉の先に立っていたのは一人の学者だった。青紫の髪の毛が揺れ、冷たい視線を放つ瞳がアベンチュリンを真っ直ぐに見ている。
「そもそも、あのグループチャットで返信しておいて、何もしないつもりか?」
「嫌だなぁ、教授。僕はただ、誰が生き残れるかなって送っただけじゃないか。トパーズは協力するって言っていたけど、僕は言っていない。それだけの話だよ」
ソファに深く座り、アベンチュリンが言うと男は露骨に嫌悪を示す。石膏頭を被っていないということは、少なからず彼にとってアベンチュリンは目視するされるに値する存在だということを再認識した。
仮面の愚者による暉長石号爆発テロ予告──その一大事に、協力しない男を目の前にしているにも関わらず、だ。
現実のリバリーホテル客室、アベンチュリンは起動したまま使用されないドリームプールを一瞥する。それから、扉先に立ったままの男へと視線を戻した。
「それよりレイシオ、君はこんなところで油を売っていてもいいのかい?今こそ、君の頭脳を求められているように思えるんだけど」
「無論、僕も手伝いには行く。だがその前に……」
男、レイシオは律儀にも振り向き扉を閉めた。密室の中、アベンチュリンは彼の動作から視線を離さない。
あの騒動の解決に手を貸せと言いに来たのは、考えるまでもない。まさかジェイドがレイシオにそんなことを命じるわけがないことも、分かっている。ならばトパーズ辺りかと目星をつけるが、わざわざレイシオを焚き付けてまで自分をこの件に引っ張り込みたがる性格だろうか。ジェイドを慕う彼女にとって、ジェイドに生意気な態度の自分は苦手に思われているはずだ。
なら、彼は誰に頼まれてここにいるのだろうか。
「まず、抱えているだろう疑問の解消から行こう。手短に説明してやる、襟元を正して聞いていろ」
石膏の本を軽く振り、レイシオは深いため息をついた。その様子を見るに、彼自身も乗り気でアベンチュリンを引き摺り出そうとはしていないようだ。
「君も乗り気じゃないみたいだけど、そんな無理しなくてもいいんじゃない?それとも、何か弱味を握られているのかい?」
「その通りだ。そして、僕にとってその弱味を握り潰されるのは実に困る。だからこそ、貴重な時間を浪費してまで君を表舞台に引き摺り出さねばならん」
「へぇ、どうやって?言っておくけれど、僕は夢に戻るつもりはないよ。もう散々、見てきたからね」
軽薄な笑みを浮かべ、アベンチュリンは姿勢を正し腕を組む。端正な顔立ちを険しい表情で無駄にしながら、レイシオはその口を開いた。
「星が、君に会いたがっている」
「……それで?」
声が震えていなかっただろうか、アベンチュリンはそれが気がかりだった。星の名前を出され、僅かに動揺した心を隠すように右手で口元を隠す。左手は、そのまま机の下に潜り込ませた。
「会いたがっているだなんて、言い方が酷いな。暉長石号の翼をへし折らん大事件の手伝いに、僕を駆り出すつもりだったんだろ?」
「返信しておいて、手伝わんつもりならそれでいい。僕がここにきた理由としてのきっかけの一つに過ぎない。本来の目的は、星の伝言を君に伝えるためであり……彼女に会いに行かせるために、再度夢の泉に君を突っ込むためだ」
「伝言、ね。そもそも、君がマイフレンドと交流があるなんて驚きだよ。一体いつ出会って、友達になっていたんだい」
「その辺は省略する。聞きたければ全てが無事に済んだ後、メッセージでの質疑応答で受け付けよう」
質問を聞く余地はくれるのか──頭の隅で、余計なことを考えていたアベンチュリンは、レイシオの口から吐き出された伝言に強く脳を叩かれる。
「星の伝言……“アンタが好きだから、ちゃんと会って話がしたい。飾ったアベンチュリンじゃなくて、何も着飾っていないそのままのアベンチュリンと”。……だそうだ」
「……それ、君が言われたのかい。どこで、一体いつ」
「知りたくば後で……いや、星本人に聞け。言っただろ、僕は脅されている立場なんだ。下手なことを話して余計に状況を悪化させたくない」
好きという言葉を、アベンチュリン本人が聞くより先にレイシオが聞いていた。そのことに対する嫉妬心を自覚し、卓下の左手をキツく握りしめる。
結局、あれほど諦めると決めていた星へ、未だ心を向けている自分がいる事実。それを露わにさせてくれたレイシオに対して、アベンチュリンはその笑みを解いた。
「会ったところで、どうにもならないよ。そう伝えてくれるかい」
「自分の口で伝えろ」
「僕は彼女には会わない」
「そんなこと、僕の知ったところではない」
アベンチュリンが描いた絵図の上ではなく、ただ対等な関係として会話するのにこんなやりづらい相手がいるとは思わなかった。どんなことを言ってもレイシオは引かないだろうし、そこから動く気もないのだろう。この間にも、暉長石号を爆破するための人形探しは難航しているだろうに──。
「有機生命体の多くは、平凡に生き、平凡に死んでいく。だがその中で、ごく僅かな命だけが星神の一瞥を受け、一つ上の視点で世界を見る──星もそうだ。頭上で輝き、我々が触れることの叶わない一等星。それが、わざわざ君の為に地上に降りて、君を求めて彷徨っている」
卓上に置いたスマートフォンが数度震える。
「一体どんな手段を使い、彼女を振り向かせたのかは分からないし、僕が知る必要はないと思っている。だが、よく考えろ。星が君に向けたその言葉の意味を」
アンタが好きだ──それは、人伝の言葉であってもアベンチュリンの胸中に深く突き刺さる矢だ。レイシオの言う通り、特殊な運命を歩き、人を惹きつけてやまない一等星。それが、アベンチュリンに真っ直ぐに好意と感情を抱いている一つの証明。
それに、報いるだけの価値を、自分は。
「……僕は、彼女に会う資格なんて持っていない」
「人に会うのに資格なんているのか、初耳だな。一体どんなドレスコードを守ればいいのか、教えてくれないかギャンブラー」
そう言ってから、レイシオは罰が悪そうに咳払いをした。
「すまない、言葉が過ぎた」
「いや……伝えてくれてありがとう、教授」
レイシオから視線を外し、その先はスマートフォンへ。あのグループチャットでは、爆弾の見つかった個数の報告が為されている。確か、1000個あると言われる人形を探し回り多くの人間が奔走していた。
「……これは、僕個人としての意見だが」
「何?」
「君はもう少し、考えることをやめて目先のことに飛びついてもいいと思う。考えすぎることは悪とまでは断言しないが、少なくとも、好意を向けている相手に対してはフラットに行くべきだ」
その意見に驚き、アベンチュリンは視線をレイシオに向ける。既に彼は背中を見せており、その表情を知ることは叶わなかった。
「それは、処方箋のつもりかい?」
「言っただろう、僕個人としての意見だと」
それだけを言い残し、レイシオはさっさと客室を後にしてしまった。呼び止める暇もなく、残されたアベンチュリンはスマートフォンを見る。
この騒動に参加していない自分が、このメッセージの中に割り込んでいいわけがない。舞台袖で、ただ彼女らが愚者を相手に喜劇を演じる様を見つめているだけだ。
「……もし、僕が愚者ならば」
そう言って、アベンチュリンはスマートフォンと帽子を手に立ち上がる。起動しっぱなしのドリームプールは、浸かればいつでも夢の中に誘ってくれるだろう。
「まぁ、ダメ元で探してみようか」
脳裏に暉長石号の地図を思い浮かべながら、アベンチュリンはプールの中にその身を浸す。たった一箇所だけ、その爆弾が隠されているだろうと目星をつけながら──。
(あの愚者は危険だけど、考えていることは分かりやすい)
何せあの愚者の娘──花火は、全てを綺麗にまとめようとしているだけなのだから。
◉
暉長石号は、思っていたよりも静かだった。花火が千体もの人形を仕掛けたというメッセージから、時間が経っている。恐らくはファミリーとカンパニーが共同で、客をこの船の何処かに避難させているのだろう。
アベンチュリンは静かな空間を、ただ一人靴を鳴らして歩いていた。階段を上がり、半開きの扉を開け放つ。その先は吹き抜けの甲板であり、そこには野外プールが設置されていた。
「あの愚者は本当に暉長石号を爆破したいわけじゃない。確かに彼女は自由に、自分のしたい通りに動くが──それなら、もっと最初からこの夢想劇を引っ掻き回しているはずだ」
ここにいた客は慌てて避難したのだろう、持ち物や食べ物が辺りに散乱している。その中を縫い歩き、プールの縁へと辿り着いた。ビーチボールや浮き輪が浮かぶ水は透き通っていて、底面まで見通せる。
その中に一つ、黒と赤を纏う異物を発見していた。
「君も、そういう予想をしてここに来たのかな?……星核ハンター」
「私は反応の通りにここに来ただけ。そういう貴方は、どうしてここに……当たりの人形があるって分かったの?」
その問いにアベンチュリンは笑みを顔に貼り付け、振り向く。可憐な声の少女は、鉄騎を身に纏っていない。蛍の淡い光を思わせる長髪をたなびかせ、立っていた。
「警戒を解いて欲しいな。僕はただ、マイフレンド……開拓者の協力要請に従って花火人形を探していただけさ」
彼女が左手に握るデバイスへと一瞬視線を移し、自身に対して一旦の敵対心が無いことを理解する。デバイスが有りながら、その身を鉄で覆い隠していないことが何よりの証拠だ。
「ここに爆弾があるって分かった理由は一つだ。……僕が、ここにあると“賭け”たから」
「理由になっていない」
「僕にとっては十分立派な理由だよ。僕は必ず勝つ。どんなことでも、例え些細な探し物だとしても……この幸運が、僕にとって勝ちを運ばなかったことなんてない」
「その過程が、貴方にとって最良どころか最悪だったとしても?」
淡い色彩の瞳、その中に灯る強い意志──目の前の少女に対し、アベンチュリンもまた身立ちを正す。ゆっくりと、被っている帽子を脱いだ。
「勝ちは勝ちだ。現に僕はこうして生きて、ピノコニーにカンパニーが入り込む余地を作った。過程なんてものは、過去と何ら変わらない。大切なのは、今ここにいる僕たちであって、過去の道なんてものは振り返っても仕方がないだろう?……グラモスの鉄騎、死ぬために生きる星核ハンター」
アベンチュリンの言葉に、少女は返答しない。ただ、小さな歩幅で前に進み始めた彼女は、左手に持つデバイスを己の胸の前に掲げた。
「貴方は、この爆弾をどう処理するつもりか聞いても?」
「僕個人で爆弾を処理する術はないし、これを開拓者たちに伝えるつもりもない。だから、ここは君に任せよう」
「私に?」
「君には、打つ手があるんだろ?」
隣に立つ少女は、ただ静かに頷いた。それを見て、アベンチュリンもまた頷く。ならば、この場は彼女に任せるのが正解だ。元々、爆弾を見つけたのならこの少女に連絡を入れようと思っていたところだった。
この騒動の元凶たる愚者の狙いこそ──。
「大団円のトリは、君と開拓者に任せるとするよ。きっとあの愚者も、そう望んでいるだろうからね」
そう言って、アベンチュリンはその場を去ろうとする。一歩を踏み出したところで、それを止めたのは少女の待ってという言葉だった。
「まだ、何か?もう時間は無いし、今にも開拓者はここに来るだろう。僕はまだ彼女に出会うわけにはいかないんだ」
「その開拓者が……星が、ちょっとだけ寂しそうな顔してた。私、身分を偽ってこの暉長石号に乗り込んで、あの子に会おうとしていたの。その時、たまたま三月なのかと話している場所に遭遇した。そうして、貴方の名前を出した」
甲高い機械音がアベンチュリンの鼓膜を震わす。一瞬、炎の風が頬を撫で、視界の端が橙と赤で染まる。自身の肩程の頭身であった少女は、瞬く間にその体躯を鉄騎で包み込んでいた。
『教えて欲しい。貴方は、あの子に何を刻んだの』
可憐な少女の声では無く、機械から発せられる電子音。しかし、声色は僅かに敵意を向けていた。
回答次第では、人形を始末される前に自分か──命がかかった場面だが、アベンチュリンはほくそ笑む。既に1度投げ出した命だ、危機に晒されたところで怯えることなどない。
それに、まだ目的がある。
「僕は、彼女の想いに応えなくてはならない。それが是か否か……それを、君に教える通りはないけどね」
『答えになっていない』
「知りたいのなら、星本人に聞くといい。君たちは友達なんだろう?彼女なら、教えてくれるよ」
少し前にレイシオに言われたことを、アベンチュリンは口にした。遅れてその事実に気がつき、内心で笑うアベンチュリンに対し鉄騎は黙している。やがて、かの者はアベンチュリンへ背を向けた。
『行っていい』
「良いのかい?」
『貴方の言葉を信じるのなら……ここで、貴方に手を出すわけにはいかない』
それ以上、鉄騎は──少女は言葉を語らない。会話は終わったのだと、アベンチュリンもまた彼女へ背を向けた。早く、ここから立ち去らなければ星が現れてしまう。
さて、どう船内を歩いたものか。適当に動いていたら、星と出会ってしまいそうだし──。
『貴方へ、運という言葉を贈るのは控えるとして』
不意に聞こえた、言葉。アベンチュリンは、船内へと続く扉を押そうとして手を止める。
「私は貴方が幸多からんことを、祈っている」
◉
空が、大輪の花で彩られている。そこを、一条の星が夜空を切り裂いて飛び立つ様を見た。あれが少女の纏う鉄騎であることを、アベンチュリンはすぐに理解する。
どうやら、事は無事に終わったようだ。全てのフィナーレを飾る花火は、地上で見上げる人々を魅了している。
クラークフィルムランド──あの虚無の使令が切り裂いたまま、その爪痕が残る大型スクリーンの前にアベンチュリンは立っていた。帽子を脱いで、空を舞う少女二人へ敬意を示す。
これにて、夢の地ピノコニーの演劇は終了した。大団円を阻む爆弾騒動を経て、数多の登場人物を紹介し、そしてヒロインとヒーローの〝愛〟を描いて幕を閉じる。良い終わりだ。夢の引き際としては、拍手を送りたいほどには。
「結局、君は舞台に上がらなかったんだね〜。折角チャンスを用意してあげたのに」
「君の脚本で言えば、僕は中ボス的な扱いだろ?敵が、例え大団円の幕袖でも立つわけにはいかないよ」
「ふーん、孔雀ちゃんっては恥ずかしがり屋なんだね」
花火が咲く音の中、微かに鈴の音がする。アベンチュリンの視界に一瞬だけ金魚が泳ぎ通って行った。その先に立っていたのは、黒いツインテールを揺らす一人の少女だ。夜空を彩る花と同じ名前の彼女は、スキップでアベンチュリンの目の前まで近づいてくる。
「本当に良かったの?芦毛ちゃんは、君のことを敵だとは認識してなかったと思うけどなぁ〜」
その声はまるで揶揄うように、少女はアベンチュリンの周りを跳ねるように回る。時折、表情を伺うように前屈みに覗き込んでくる顔へ、微笑み返した。
「開拓者がどう思っているかじゃない。こればっかりは、僕の気持ちの問題だからね」
アベンチュリンはそう言って、夜空を見上げた。既に花火は終わっていて、静寂に包まれている。見惚れていた人々は、夢から覚めたように散り始めた。
「でも、大団円で舞台は終わりだ。ここから先、僕たちには何の役名も与えられていない。そうだろ、愚者?」
「そうだね、花火はその為にとーっても頑張ったんだから!一人でポチポチとスイッチ押して……」
「はいはい、それは分かったよ。お疲れ様」
少女を適当に労って、アベンチュリンは息を吐く。懐から端末を取り出して、メッセージ画面を開いた。星とのやり取りは、アベンチュリンが自身の居場所を──このクラークフィルムランドの名前を送ったところで止まっている。既読がついていることから、彼女はメッセージに目を通しているはずだ。
「ところで愚者。僕はこの後、主演だった子と約束しているんだ。もし何か僕に用があるなら、手短にお願いしたいのだけど?」
「花火は、ひとりぼっちの孔雀ちゃんが可哀想だと思って声をかけただけ。でも、最後にこれだけ聞かせて欲しいな。花火が用意した幕引きは、どうだった?楽しかった?」
少女のその問いは、ただ純粋な感想を求めるものだった。確かに、あの最後を客観的に眺められたのはアベンチュリンだけであり、彼女がそういった質問ができるのも、自分だけだろう。
「楽しかった、か。うーん、そうだなぁ」
あの幕引きを表するのならば、実に王道の展開だ。大きなトラブル、登場人物を全員巻き込んでのドタバタと、最後には──。
「最後には誰もが笑顔になる展開。余程の捻くれ者じゃなければ、誰もが拍手を送る満点の幕引きだったと思うよ」
アベンチュリンの評論を聞いて、少女は満面の笑みを浮かべる。それは無邪気なものであり、年相応の愛らしいものであった。
満足したのか、彼女はその場でくるりと回ってアベンチュリンに軽い礼を送る。ラストキャストの別れの挨拶と言ったところか──アベンチュリンが瞬きした時には、少女はそこにはいなかった。
その代わり、アベンチュリンの目線の先にいるのは。
「……やぁ、マイフレンド。来てくれてありがとう」
硬い表情で立つ、星だった。