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    kusare_meganeki

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    POIPOI 43

    kusare_meganeki

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    10年の恨みを叫ぶ心が弱っているナタと、それを聞くンポ。ナタンポです。私はこれをナタンポと主張します。

    ナタンポ今、サンポが診療所の戸締りをしているのは成り行きだった。たまたま、薬品の納品をしたついでにナターシャの手伝いをしていたら、夜になっていた。
    当のナターシャは、薬品の整理をすると言って奥の部屋にいる。診療所、そして孤児達が寝泊まりする部屋一つ一つの施錠を確認し、サンポはよし、と息を吐いた。後は彼女に報告をして、自分も帰るとしよう。そう思いながら、ナターシャがいるだろう部屋に足を運ぶ。
    「……ナターシャ?」
    しかし、彼女の姿はどこにもなかった。薬品は全て綺麗に整理され、仕舞われている。ただ、窓だけが薄く空いていた。
    嫌な予感が、サンポを襲う。いや、人の気配も音もしなかった。ナターシャは決して弱くない。まさか、何もされずに攫われるなど有り得ない。
    窓の外はすぐ目の前に壁がある。人1人が、通れる程度の幅はあるが好き好んでそこを歩く人間などいないだろう。
    窓を閉め鍵をかけて、サンポは正面の出入口から外に出る。鍵をかけるのを忘れずに、走る。
    「サンポ?どうした」
    オレグの元へ駆け込んだ時、彼は寝ようとしているところだった。ドアを荒く叩き、怪訝な顔をした彼を引き摺り出す。
    「ナターシャがいないんです」
    「なんだと?その辺にいる訳でもなく、か?」
    「診療所奥の部屋の窓が開いていました。僕はその時には診療所の施錠をしていたので、彼女が外に出るなら少なくとも僕は気が付きます」
    「……なるほど」
    「オレグさん、僕は炉心の上……上層を探してきます。ここをお任せしても大丈夫ですね?」
    サンポの言葉に、オレグは頷いた。普段の演技がかった、ふざけた口調では無いサンポに、オレグも語っていることを疑わない。
    下層部の探索を地炎に任せて、サンポは炉心に走る。この時間、ケーブルカーは動いていない。もし上層に行くなら、炉心しか道がない。
    道中、倉庫からローブを2枚拝借したサンポは、1枚を着込んで走る。
    「開いてる……?」
    炉心に辿り着いた時、その扉が小さく開いているのにサンポは気がついた。それは、誰かが、ここを使った証拠だった。



    長い階段を上る。自身の足音だけが響く。やがて、寒気が流れ込み冷たい風がサンポの頬を撫でた。
    炉心から出て、吹き付ける風と雪に目を細める。出たところ直ぐに、ナターシャの姿は無い。
    夜の、この視界の悪さと景色の変わらない場所だ。慣れていない者が歩けば、危険しかない。慣れているサンポでさえ、夜の雪原は避けたいところだった。
    (くそ、探し辛いな……)
    とにかく、歩き出す。ナターシャの名前を呼びながら。ベロブルグにほど近い場所だ、シルバーメインの巡回もある。もしかしたら、彼らに保護されているかもしれない。
    もし、ナターシャが1人で出ているのなら、だが。
    今日の彼女の様子は、普通だった。何も無い。変わったことは、何も。心療所を閉める時でさえ、ナターシャは相変わらずだった。今日はオレンジ味でいい?なんて言ってきたのに。
    「……ナターシャ!!」
    風がいっそう強く吹く。雪に視界が一瞬白くなり、開けた時、崖先に緑色の長髪が見えた。それだけで、サンポはその姿をナターシャだと確信する。
    走って近寄れば、そのシルエットは輪郭を持つ。風に弄ばれる髪は、月の明かりに照らされて輝いていた。
    彼女は、サンポに背を向けたまま、空を見ている。雪の舞う空を、月を、星を。
    ──とにかく、不埒なアホに連れ去られた訳じゃなくて良かった。サンポは一旦は安堵する。しかしそうなれば、ナターシャは1人でここに来たことになる。
    それは、何故?
    「探しましたよォ、もう!いつの間にかいなくなるんだから……そういうサプライズは心臓に悪いので、次回からはやめてくださいね?」
    いつも通りを装い、少しテンション高めにナターシャに話しかける。その背中にローブをかけた時、彼女はポツリと言葉を呟いた。
    「……上層に来た時、フックが言ったの」
    「ナターシャ?」
    「ねぇ、ここの天井は青いんだねって。私、それを聞いた時泣きそうになったわ」
    下層部の子供たちの多くは、空を知らない。時間によって移り変わる空を知らない。
    「ずっと、あの子たちは地面の中で生きてきたのよ。何もしていないのに、ただ生きていただけなのに。それはどうして?」
    問いかけるような口調だが、サンポはそれがナターシャの独白であると理解している。だから、何も答えない。
    「私たちが何をしたの。あの子たちが何をしたの。下層部の人達が、上層で生きる人達に何をしたって言うの?」
    フィルムロールが回る音がする。誰もいない劇場で、誰も見ていない舞台の上で、ナターシャは1人、スポットライトも浴びずに言葉を吐き出す。サンポはそれを、特等席で聞いていた。
    1番最前列。舞台は見づらく、しかし彼女の声が1番届く場所で。
    「10年も、空を奪われて。太陽も、月も、星も、風さえも!同じ人間なのに、まるでそれ以下のように追いやられた!」
    怨嗟の声だ。ナターシャだけじゃない、下層部で生きる人たちの声が、言葉が、形となって彼女の口から。
    「それをどうして、なんで当たり前のように受け入れられるの……。10年、閉じ込めてごめんなさいで、なんで終わると思ったの」
    上層と下層の分断は、全て前大守護者のカカリアの判断で行われた。理由もなく、ただ突然の事だったのは、サンポも覚えている。シルバーメインから逃げる彼にとって、守護の範疇から外れてらしい下層部は、格好の隠れ蓑ではあったが。
    存護の意志を持つ、シルバーメインが下層部を見捨てたのだ。それが、大守護者の決定だったとしても、お笑い草にもならない──カカリアの判断に、異を唱える者が居たことは勿論知っている。だが、判断は覆らず、10年の間もその状態が続いた以上は、なんの意味もない。
    「私がおかしいの……ねぇ、サンポ」
    舞台から手が伸びる。ナターシャの縋るような手が、サンポへ差し出される。
    「……さぁ、その言葉がおかしいかどうか、僕には判断しかねますが」
    その手を取って、サンポは舞台へ上がる。観客のいない中、ナターシャと向き合う。
    彼女の目は、今にも泣きそうな程に潤んでいた。
    「1つの物事は、見る視点によって形を変えます。上層の人間は、封鎖を解いてやった。でも、ナターシャたち下層の人間からすれば、理不尽に10年も隔離されて居ないことにされた事実を、封鎖を解いてやったの1つで許してもらおうとしている」
    「…………」
    「結局ね、その立場に立たないと分からないんですよ。見て聞くだけは、ただの第三者だ。モブでしかない。同じ舞台に立ってようやく、同じ価値観と同じ視点で、物事を見れる。僕は、そう思っていますよ」
    「……それは、上層の人間の気持ちもわかってやれ、ということ?」
    「ああいえ、そういうことでは無いです。分からなくていいと思いますよ、金持ちの気持ちなんて。自分らが立つその下で、飢えに苦しむ人がいると知らずに食い残しをゴミ箱に捨てる、そんな人たちの気持ちなんて」
    サンポは1歩前に出る。ナターシャの前に立ち、風と雪から彼女を守るように。
    「まだ、言いたいことがあるなら吐き出しましょう。今ここで。僕は……地炎でも無ければ、シルバーメインでもない。ただの、サンポ・コースキ。今は、ナターシャ先生のアシスタントです」
    「……私」
    「はい」
    「私は、忘れないわ。忘れてなんかやらない。10年間、私たちから空も太陽も月も星も、雪さえも奪った上層のヤツらを、見て見ぬふりをしたヤツらを、絶対に忘れない!!」
    慟哭。まさにその通りの叫びだった。雪原で、彼女の声だけが響き渡る。
    「ずっと覚えてるわ、サンポ。みんなが忘れても、幸せになって忘れても、私だけは覚えてる。忘れちゃいけないの、無かったことにしてはいけないのよ」
    ナターシャの手が伸び、サンポの腕を掴んだ。驚く程に冷たいその手は、爪が、皮膚に食い込む。
    「私は……ずっと、覚えているから……」
    「……そうですね、なら僕も覚えておきましょう。何、この10年という長い時間、如何に大守護者の命であっても、護るべき民を見捨てていた事実はシルバーメインの大罪ですから。ふふ、いつか切れるカードとして懐で温めておきますよ」
    サンポは自身のローブでナターシャを覆う。
    「他に、言いたいことは?」
    「他……」
    「はい。なんでもいいですよ」
    「…………もし許されるなら、関係者全員の頬を引っぱたきたいわ」
    「ははは!いいですねぇ、その時がもし来たら、ぜひ僕もご一緒させてくださいね、ナターシャ」
    ナターシャが息を吐いた。
    「もう、大丈夫ですか?」
    「……ええ、大丈夫」
    「なら帰りましょう。オレグさん達にも捜索をお願いしちゃったんですよね、今頃下層部は大賑わい間違いなしです」
    ふふふ、と笑ってサンポはナターシャに手を差し出す。
    「この暗さと視界の悪さです。流石の僕でも、誰か連れて歩くのは大変なので……はぐれないように。あ、嫌なら紐で繋ぐという手も」
    「嫌なんて言わないわ」
    サンポの手を強く握り、ナターシャは言う。一回り小さい、彼女の手は震えていた。
    「……探しに来てくれて、ありがとう。貴方で良かった」



    「ナターシャ……!!」
    炉心を辿り、下層部に足を踏み入れた時、ゼーレの声が耳に届いた。彼女は一目散にナターシャの元へ走り寄り、冷えたその手に触れる。
    「このバカ……!心配かけさせんじゃないわよ……!」
    「ごめんなさい、ゼーレ。……オレグも心配をかけたわね」
    ゼーレの手を握り返し、ナターシャはその後ろにいるオレグにも声をかけた。彼はいいやと首を横に振る。
    「無事ならいいんだ」
    「……ダメね、人に迷惑をかけてしまって」
    「思いつめる時もあるだろうさ、気にすんな。……サンポ、よく見つけてくれた」
    オレグの労いの言葉を、サンポは笑みで受け止める。雪で湿ったローブを脱いで、ナターシャの分も受け取って、とりあえず解散しましょと提案をした。
    「ナターシャもお疲れでしょうし、お2人も。とにかく寝て、また明日、話し合うことがあれば話せばいい」
    「なんかアンタに仕切られるのムカつくわね」
    「ゼーレさん……僕、貴女に何かしましたか……?」
    「ふん」
    問いかけたが、そっぽを向かれた。これはいつもの事だ、自身の行いが彼女の中の評価を著しく下げているのはサンポも自覚している。
    「ナターシャ、診療所まで送ります」
    「ありがとう」
    まだ少し、フラフラと歩く彼女の横で、歩幅を合わせてサンポは歩く。
    また明日、と手を振る2人に振り返して、誰もいない静かな道を行く。
    かくして、誰も見ていない舞台の幕は閉じた。
    きっと、明日になればいつも通り、優しい笑みで、厳しい態度でみんなが頼るナターシャ先生として生きるのだろう。
    それでいいし、それがいいもと思う。どうしたって、何を言ったって、世界は簡単に変わりはしないのだから。
    サンポは、そう思う。考える。思案する。
    ただ、あの時。誰もいない雪原で、1度ナターシャは死んだ。あの慟哭を刃として、自身の胸にそれを突き立てて。
    覚えている。何もかも。10年の歳月も、上層の怠慢も、下層の混沌も。彼女の、叫びも。それら全てを積上げて、ナターシャへの弔いとする。
    かつてのナターシャの墓標は、サンポの心の中にだけ、存在する。
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