はっぴーうぇでぃんぐ「おれたちがひとはだぬいでやるぜっ」
先刻明るく跳ねた声で宣言したれおは今、装飾のリボンと格闘中だ。頭にも身体にも絡まって、今にも泣きそうだ。けれど、お手伝いしようとすると、「てぇだすんじゃねぇ!」と怒られる。
「れお〜……大丈夫〜……?」
「だいじょぶだっていってんだろ! おまえはおれにかまわずじゅんびしろよっ!」
尚もリボンに翻弄されているれおがちょっと、いや、物凄く可愛いと思ってしまったことは胸にしまう事にした。言ったら多分めっちゃ怒られる。
周りを見回すと、披露宴会場のテーブルが全て見事にぐちゃぐちゃになっていた。俺としてはれおが頑張ってくれた結果だし、これはこれで可愛いような気がするのでこのままにしたいとも思ったが、センスの無いニンゲン達にはあまり良く見えないらしい。
『うわ……さっき直したのに、また……』
『仕事増えましたね……』
『御影さんのとこのぬいちゃんじゃ、文句言おうにもねぇ……』
早速スタッフの愚痴が聞こえてきた。自分達のセンスの無さを棚に上げて、随分な物言いだ。大体、気に食わないなら直ぐに元に戻せばいいのに、ニンゲンってのは自分勝手な生き物だ。
このままレオ達が好き放題言われるのは癪だ。それに、未だリボンとの戦いに勝てないでいるれおの事も助けてあげたい。片付けはめんどくさいが、出来ない事はない。幸いれおもリボンに気を取られているので、今なら飾り付けを変えてもバレないだろう。
「……やるかぁ」
◇
『凄い! あんなにぐちゃぐちゃだったテーブルが短時間でこんなに……』
『凪ぬいちゃんが物凄く有能で助かりましたね』
『全く、それに比べて御影さんのぬいときたら……まだリボンで遊んで……』
ぶちり。切れてはいけない糸が切れたような気がした。
「お前ら、それ以上言うならその口、もぐぞ」
れおの事を悪く言われて、我慢なんか出来るはずが無い。れおもこちらの様子には全く気付いていないみたいだし、遠慮はしてやらない。
『ヒッ! も、申し訳ございませんでした!』
「黙って自分の仕事も全う出来ない無能の癖に、舐めた口利くなよ。れおが頑張って飾り付けたんだぞ。しかもセンス抜群だ」
『えっ……』
スタッフの口がぽかりと開いた。どうやら俺が言ったことを理解出来ていないらしい。全く、腹が立つくらい間抜けな顔だ。
「?」
『いえっ! 何も!』
「その顔、二度と見せるなよ」
『は、はいっ! すみませんでしたっ』
バタバタと走ってその場を去るスタッフには目もくれず、れおの方へ向かう。
◇
れおは後もう少し、という所までリボンを解いていた。さすがれお、俺の手助けなんかなくたって高い壁を乗り越えられるんだ。かっくいい。
「れおぉ〜」
甘えた声で名前を呼び、絡まっていた最後のリボンを気付かれないように取り払う。
「なぎぃ、やっととれたぞぉ! みろ!」
れおは得意げにまとめたリボンを天高く掲げる。勿論俺達ぬいの手足は短いから、傍から見たら普通に手で持っているだけに見えるのだろうが、俺には分かる。今のれお、すっごく輝いてるから。
「れお、すごい」
「おれのてにかかれば、できないことなんかねぇ!」
ぱふぱふと拍手を贈る。リボンを手に、にっこり笑うれおが可愛くって俺の心もにっこりした。
「あとはこのてーぶるだけだなぁ……あっ!」
「れおぉ? どうしたの〜?」
「てーぶるが! きれいになってる!」
おっきな瞳をキラキラさせてこちらを見つめるれおに、心臓がどきりと高鳴った。まごまごしてたら、近付いてきたれおが「おまえがやってくれたのか!」と右腕をぐっと伸ばして上へ上へと上げ始める。きっと頭を撫でてくれるつもりなんだろう。短い腕じゃ頭には届かないだろうから、ぱたりと寝転んでれおを見上げた。思った通り、れおの手は俺の頬っぺたや髪の毛をすりすりと優しく撫で始める。
「ううん、おれはれおの真似っ子しただけだよぉ」
「うふふ、そうかよ、なぎはすごいなぁ」
れおの手は温かくて優しい。同じぬいとは思えない程柔らかくて、いつも俺を幸せな気持ちにしてくれるんだ。
「れおぉ……」
本格的に甘やかされようと、目を閉じる。
「あっ! おまえらもきたのかよぉ!」
『お〜お〜こんなとこでイチャつきやがって〜』
玲王の声がする。随分と機嫌が良いようだ。いつもより何トーンも声が高い。
「いちゃついてねぇよっ! なぎががんばったから、ごほうびやってたんだ!」
ぴょこん! とレオが飛び出した勢いで頭が転がり出す。俺達ぬいは頭でっかちだから、一度転がり出すと中々止まらない。危うくテーブルから落っこちてしまう所だったが、落ち掛けた所でシルクの端っこを掴む事に成功した。
「そんなことよりみろ! すげぇだろ〜!」
『おっ、お前らが飾り付けてくれたのか? 流石俺達のぬい!』
『れお凄いね、偉いね』
三人の話を聞きながら、シルクのクロスを滑り降りる。さらっと俺の事はスルーした大きめの俺に攻撃したい気持ちをグッと堪えてれおに擦り寄る。
「れおぉ、俺は〜?」
「おいっ! でっけぇなぎ! なぎもがんばったんだからほめてやってくれよ〜!」
『そーだぞ凪! なぎぬも頑張ったのになぁ?』
こうするとれお達はいつも俺を甘やかしてくれるんだよね。俺はデカいだけの誰かさんとは違う。可愛さじゃ絶対に負けない自信があるんだ。
『あっ! ずるい……俺にもしてよ〜』
『だぁめ♡ 仲良くできない悪ぃ子にはよしよししてやんね』
『う゛っ……んえぇ……れおぉ……』
ざまぁみろ。心の中でほくそ笑みながら、更に畳み掛ける。
「玲王、俺二人に褒めてもらったら、それで満足だよぉ」
『〜〜〜ッ!! なんって健気な子なんだ! なぎぬはお利口さんだなぁ……』
玲王は俺を抱き上げて頬に唇を寄せた。
『っ!! 浮気だぁ……!』
『お前がなぎぬに意地悪すんのが悪ぃだろ? ほら、早く褒めてやれよ! お前だって本当は感謝の気持ち、あるんだろ?』
『う゛ぅ……くそっ、…………あー……その、ぬいの割には頑張ったんじゃない? ……ありがと』
「…………」
正直驚いた。こいつが俺にこんな言葉を掛ける日がくるなんて。俺にとってこいつはただのライバルだし、こいつからの賞賛なんていらないと思っていた。けれど、意外にも照れたように顔を背け、耳を真っ赤に染めたヤツの謝辞も結構心にじんわりくるもんだ。
『偉いぞ凪っ! それでこそ俺の宝物だ!』
「よかったな、なぎ! おまえらがなかよくしてると、おれもうれしい!」
「うん……大きめの俺、おめでとう」
こんなにおめでたい日なんだ。今日くらい休戦してもいいだろう。そんなことを思うくらいには、今日の俺は浮かれている。
『……! ありがと』
『よし、そろそろ俺達も準備しねぇと』
意気揚々と控え室に帰って行く玲王達の大きな背中はいつもよりまぁるく見えて、あぁきっと二人も今日という日が楽しくて、嬉しくて、そんでもって幸せで堪らないんだ。そんな風に思った。
「うんっ! またな!」
「行ってらっしゃい」
◇
その後もしばらくおっきな二人の為にと張り切るれおの後ろについて、会場を回った。
デートみたいだ、なんてぽやぽやした気分でお散歩を続けていると、前を歩くれおがぽつりと呟く。
「でっかいけーきだなぁ……」
「れお、頑張ってたよねぇ」
何を隠そう、このケーキはれおが一生懸命働いたバイト代で用意したものなのだ。俺も一緒にバイトしたかったけれど、れおは頑として首を縦に振らなかった。だから俺は別の形でお手伝いをしたんだ。
「うん……」
静かに自分の頑張りの結晶を見つめるれおは何を考えるのだろうか。
きっとおっきな二人の結婚を感慨深く思っているんだろう。
ケーキに視線を送るれおの横顔をじっと見つめていると、れおの小さなお口の端がキラリと光る。
あ、違った。ケーキ食べたくなっちゃったんだ。それはそれでめっちゃ可愛……。
「う〜……」
葛藤している。いや、絶対だめだと思うけど、それはそれとして、食べちゃう所は結見たい。
れおはふい、とケーキから目を逸らし、邪念を振り払うようにブンブンと頭を振った、
「だめだだめだ! じゅんびしねぇと……!」
偉い。偉すぎる。けれど一生懸命我慢しても、滝のように流れるヨダレは止まらない。一歩進んではケーキをチラ見、また進んではチラ見。この繰り返しで中々控え室まで辿り着けない。
「ちょっとなら〜、食べてもぉ、大丈夫じゃないかな〜、れおぉ」
「なにいってんだ! まえにおつかいしたとき、ちょこっとたべちまっただけですっげぇおこられたの、おまえもみてただろうがっ」
そういえばそうだ。でもその時はホールケーキを半分程食べてしまっていた上に、その事実を隠して誤魔化そうとした事にだった気がするけど……。
「それは〜、ちょっとだけ〜、食べ過ぎちゃったから〜」
「ちょっとしかたべてねぇよっ! ……いいからもどるぞっ」
そう言うと、れおは俺を置いてズンズン先へ進んでいってしまった。と思いきや、ぴたりと足が止まる。
「……けーき、すげぇなぁ……あまいあじが、するのかなぁ」
全然雑念が振り払えていないみたいだ。れおの足は控え室の扉ではなくケーキへと向かっていく。少しずつ、ジリジリと。
「あっ、れおっ」
遂にれおはケーキに飛びついた。生クリーム塗れになって色とりどりの果実に齧り付く。それはもう、幸せそうな顔で。
「れおっ、れお〜! 食べちゃダメって言ってたのにっ、れおぉ……!」
どんなに声を上げても今のれおには届かない。最初こそ止めなければと躍起になっていたが、それも全然通用しなかった。
しかも、なんてったってれおが幸せそうなんだ。こんなに嬉しそうにケーキを頬張るれおを誰が止められようか。
きっと二人もケーキくらいの事じゃ怒らないだろう。ちょっとくらいなら、大丈夫。
ちょっとくらい、なら——
◇
「————ぉ、れおぉ、れお〜」
なぎのこえがする。どうしたんだ? こんなにずっとおれをよんで。まだじゅんびがおわってないだろうが。
じゅんび……じゅんびって、おれなにしてたっけ?
ひかえしつにむかってるとちゅうにおっきなけーきがあって……それがとってもおいしそうで……そのあと……
◇
「はっ!! おれはなにを……! なぎっ」
やっと声が届いたのか、れおはケーキから顔を上げて大きな声を出した。
「あ〜れお〜。よかった、気付いたんだねぇ。ケーキ美味しかった〜?」
「えっ! あ〜〜〜〜!!」
クリームのお化けになってる〜〜〜〜!!
一際大きな声を上げると、れおは俺に詰め寄って怒鳴る。
「なんでとめてくれなかったんだよぉ!! なぎぃ!!」
ぐちゃぐちゃになったケーキを指さして
ぽろぽろと涙を零すれおを見ていたら、俺まで悲しくなってきた。
「れお、幸せそうだったから〜……ごめん〜れおぉ……!」
一緒になって涙を零すと、れおはもっと泣いてしまった。
「うぅぅ、おまえはわるくねぇだろうが〜! 〜〜〜!! どうしたらいいんだよぉ!!」
れおが困ってる……! 俺はれおのパートナーなんだから一緒に泣いている場合じゃないだろ……! どうにかしてこの状況を変えろ!
ケーキを見ると、れおが食べてしまった側面は割と悲惨だが、まだ修復の余地はある。慌ててスタッフに声をかけ、生クリームや果物を用意してもらった。
「なっ、なぎぃ! おれもてつだうぞ〜」
「れお……ありがとう、俺やってみる」
◇
先程どうにかするなんて大口を叩いたものの、ぬい生とは中々上手くいかないものだ。ケーキは元通りどころか、先程より酷くなっているような気がするし、クリームのお化けになってしまったれおの頭には苺が乗って、更に可愛らしくなってしまった。これはある意味成功とも言えよう。けれどもう時間がない。一生懸命お手伝いをしてくれていたれおもだいぶ焦っているようだ。
「ぜんぜんもとにもどらねぇよぉ! う゛〜!!」
「なっ、泣かないで、れおぉ、俺頑張るからっ」
れおが床に転がってボロ泣きしていると、控え室に続く扉が開いた。
『何事だぁ? 式前に大騒ぎして……ってうわぁ! お前それ……どうしたんだよ』
「こっ、これは……! 玲王……」
『おぉ……クリームのお化けさんだ。写真撮ってもいい?』
言い訳をしようとすると、大きめの俺が跳ねた声でスマホを構えた。冗談じゃない。れおが悲しむ事は、俺が許さないからな。
「うぅぅ! みるなっ! みるんじゃねぇよぉ!」
泣いてるれおの写真なんか意地でも撮らせない。おっきい俺達の前に、れおを隠すように立ち塞がる。
『あのっ、これは……』
「〜! またおこられちまうっ、そんなつもりじゃなかったのにぃ〜!」
『すっげぇな……まぁ落ち着けって。この御影玲王様に話してみろよ』
大泣きするれおに、玲王が大きな人差し指を差し出し、れおの濡れた頬を優しく拭った。
すると、泣き喚いていたれおの声はピタリと止む。寝転がっていた体勢からその場で正座をすると、れおはぽつりぽつりと話し始める。
「おまえらのこと、おいわいしたかったんだよぉ……」
『うん』
玲王の声は穏やかで優しい。
「だからけーきもかったんだ」
『そうだな、三ヶ月もバイト、頑張ってたよなぁ』
バイトを頑張ると言ったれおの事を一番に応援してくれていたのは玲王だったと思う。弱音を吐きながらも頑張るれおを、時に厳しく、時に優しく激励していた。
「きょうもなぎといっしょにじゅんびしたんだよぉ……」
『うん、俺も玲王も見てたよ』
れおが何かを頑張る時、こいつはいつも影から見守ってくれている。
「でも、きづいたらおれ……こんなになっちゃった……」
○いかわじゃん。
『お前……ち○かわじゃねぇんだから……』
『でもちい○わより可愛いよ』
『んはっ、それもそうだな』
大きな二人の掛け合いは息ぴったりで、一緒に過ごした期間の長さを感じた。
きっといつか俺達もこんな風に笑い合う日が来るんだろう。そんな事を考えていると、れおが俯けていた顔をゆっくり上げた。
「……おこらねぇのかよぉ」
『そうだなぁ……確かにケーキはとんでもねぇ事になっちまったけど……』
「ん……ごめんなさい。あたらしいけーき、さがさねぇといけなくなっちまった……」
ちらり、玲王の宝石みたいな瞳がケーキに向かう。それからまたクリーム塗れのれおの元へ帰ってきた。
『この日の為にお前は物凄く頑張ってくれたし、正直に全部話してくれたし……多少の失敗はチャラだろ! 折角お前が一生懸命稼いで買ってきたケーキなんだから、このまま使うぞ!!』
快活に話す玲王は、今日見た中で一番の笑顔だった。
「でっかいおれ〜! ありがとなぁっ」
ぴょんっと玲王に飛びついたれおの笑顔もまた、今日一番のもので、キラキラと光って見えた。
『玲王、優しい……』
「うん、れおもちゃんと正直にお話できてかっくいい」
『「…………」』
大きめの俺と目が合った。多分、俺達は出会って初めて心が通じあっている。
「玲王の事、幸せにしてあげてね」
『うん。絶対。お前もれおの事、頼んだよ』
大きな拳が差し出される。そこに俺の拳を重ねると、大きめの俺は見た事もないような表情をしていた。
「俺って笑えるんだね」
『んー、マジ? 俺今自分でどんな顔してるかわかんないや』
「そのまま玲王達の所に行ったら二人共凄く喜びそうな顔」
『そっか、浮かれてんのかな、俺』
大きめの俺は首に手を当て、玲王達に視線を送る。
「今日くらい、いいんじゃない? こんなにおめでたい日、そう無いよ」
「おいっ! なぎたちぃ! こっちこいよ!」
大きな玲王の掌の上で、クリーム塗れのれおがぴょんぴょんと跳ねながらこちらに手を振る。
『いこ』
「うん」
大きめの俺の肩に飛び乗り、二人の元へ向かう。
大きめの俺達の結婚式はきっと忘れられない宝物になるだろう。