#お題で紡ぐ白鬼SS 2「初夜のやり直しを要求する」
「まあ、そう来ると思いましたよ」
ステテコ初夜事件から時を改め、白澤は執務室に現れるや否やそんな要求を鬼灯に突き付けた。初夜が失敗に終わったのは鬼灯の失態ではなく、白澤の性癖の所為だったわけだが、これはさすがに譲歩の余地がある。鬼灯とて失敗のまま終わりにしたいとは、微塵も思っていないわけで。
協議の結果、再戦日は二週間後に決まった。同じ失敗を繰り返さないよう、それまでにお互いの趣味性癖を摺り合わせることとなった。この時点で何かおかしくないか、と突っ込む者がいなかったのが全ての元凶だったのかもしれない。
「考えてみたら僕らって女の子の好みとか、どういう仕草にぐっとくるか、とかは話した事あるけど、お互いのどこに惹かれたか、どういう夜を迎えたいかなんて話した事もなかったねえ」
白澤はそう言いながら背負っていた配達の荷物を床に下ろし、鬼灯の執務机に腰を預けた。これは長丁場の予感がする。鬼灯は現在処理している書類にきっちり目を通して判を押し、残りは揃えて引き出しに片付けた。
「そもそも告白すら有耶無耶ですし、今付き合っていると言う事実さえ記憶があやふやなのですが」
「告白したときべろんべろんに酔ってたからな、僕はもちろんお前も」
そう。あの時は二人とも酔いに酔っていた。そうでもなければこの劣情は墓まで持っていく予定だったのだ。何の因果か口を滑らせ、どっちが先に仕掛けたのかさえ覚えていない。何の切っ掛けで一緒に飲んでいたかさえ覚えていないほど酔っていた。つまりはお互いに大失態を冒したわけだ。
ただ、好き合っていたと言う事実は酔いが覚めても覚えていた。
その事を思い出すだけで溜め息が止まらない。
「夢ならばどれほどよかったでしょう」
「そんな真顔で〇津玄師の歌詞みたいなこと言うなよ」
「さておき、驚かされた貴方の性癖ですが」
「そんな驚くようなことでもなくない? いいじゃんステテコ」
「黙れ小僧」
「誰が小僧だ。さてはお前、この前の金ロー見たな?」
「ステテコに情欲を覚えるのは個人の好みなのでとやかくは言いませんけど、だからといって初夜にそれで泣きつくのはどうかと思います」
「うん、それはちょっぴり反省してる。僕が好きなのはステテコじゃなくて、お前だって事ちゃんと伝えれば良かった」
真剣な表情と眼差しが真っ直ぐに鬼灯に向けられた。不覚にも、こんなアホな話題の最中に混ぜ込んだ告白に心を揺らされる。鬼灯がぐっと言葉を飲み込んだのも束の間、白澤はその事に気付いていないようで話を続ける。
「お前の白くてすべすべの太腿を、きちんと味わえばこんなことには!」
拳を握り締め、膝から崩れ落ちる姿を見て鬼灯は百年の恋が冷めない自分が不思議でならなかった。自分の大腿できっちり欲情して貰えていたのは安心したような気もするが、それはそれとして腹は立つし白澤の言い方は気持ちが悪い。
「不死身の神獣でも針千本飲ませたら喉ぐらい潰せますよね?」
「おっかないこと言うなよ、痛いのは嫌だぞ」
「話が逸れました。それでは過ちを繰り返さないための対策会議を始めます」
鬼灯は片付けた書類の代わりに、引き出しから筆記具とメモを取り出した。
「急に日本人ムーブ始まった。なに、対策会議って何する気?」
「出会ってからかれこれ数千年が経過していますが、付き合い始めたのはつい先日。まだまだ知らない部分が多くあります。なのでまずは私からフェチの公表をさせて頂きます」
「すっごい嫌な予感するけど聞き逃したくはない、ちょっと待って」
鬼灯の一言に白澤は食いつき、部屋の片隅に置いてある予備の椅子まで走っていった。それを引き摺って鬼灯の真横に持ってくると、腰を落ち着ける。
「はい続きをどうぞ、遠慮なく」
そんなに改まって聞くことでもないのだが。しかし聞く態勢を整えられたらきちんと話すしかない。鬼灯は咳払いを一つして、話を再開させた。
「まずはモフモフ」
ただ白澤に自身の性癖、手の内を明かすことにもちろん抵抗はある。まず鬼灯は誰もが知る顔の延長から話すことにした。
「獣が好みというわけではありませんが、貴方の本性である神獣の姿にはぐっと来るものがあります」
「えっと、それはどの方向で捉えればいいの? 性癖だから夜もって事?」
「次に強引さ」
「ねぇ答える前に次に行かないで???」
「私はちょっぴりMっ気があるので無理矢理感が出ると滾ります」
「さらっとすっごいことぶっ込んできてない???」
「もちろん合意の無いことはされたくありませんが、押しに弱いことも知っておいてほしいです。嫌よ嫌よも好きのうち、と言う言葉を念頭に置いてください」
「了解。一生忘れない」
知識の神に余計な知識を叩き込んでしまった感が否めないが、これもまた致し方ない。恋愛はお互いの欠点に目を瞑り、馬鹿になることも必要なのだから。
「私からは以上です。では白澤さんどうぞ」
「えぇー……僕、そんなぶっ飛んだ性癖ないけどなぁ……」
「ステテコに泣きついた男が何言っても説得力ないですよ」
白澤は腕を組み、少し唸って真剣に考え始める。自身は正常だと思っていても、他人から見たら特殊な性癖かも知れない、とでも思っているのだろうか。
「猫耳……」
ぼそり。想像していなかった言葉が聞こえた気がする。
「猫耳が……好きなんですか?」
「いや、ちょっと苦手で……猫娘は好きだけど、プレイ用に作られてる偽の付け耳があんまり……付け尻尾とか、首輪とか、肉球付きの手袋とか苦手……」
本性が獣のくせに、獣を模した姿が苦手とは是如何に。しかし歯切れの悪い言葉と申し訳なさそうな表情は本物に見えた。なるほど、本物の獣が故に作り物が苦手なのかもしれない。鬼灯は相槌を打ちながら、簡単にメモを取る。
「僕が好きなのはきっちり着込んだ和服と、長着と対極の色をした襦袢と、襟足から覗く色っぽい項と、あとちっちゃい唇と牙♡ 可愛いよね」
白澤はこちらをちらちら眺めながら、己の性癖と言っていろいろ上げているが鬼灯はしったこっちゃなかった。
二週間後、わざと白澤の苦手と言った格好をして再戦に臨んだ鬼灯が、見事なだまし討ちに遭ったことは言うまでも無い。饅頭怖い。
お題:猫耳