#お題で紡ぐ白鬼SS 5 そんなこんなで、一週間が経ち、二週間が経ち。閻魔大王の第一補佐官と言う仕事は暇ではないと分かっているし、休みが簡単に取れないのも知っている。貴重な休みを逢瀬で潰すより、心身共に休息を取った方が良いことも分かっている。
それを踏まえた上で。
「いつになったら来るんだよあの仕事中毒~!」
平和な桃源郷に響く、嘆きの声。桃太郎が配達に行っている事をいいことに、独り言が言い放題になっている白澤の姿があった。触れ合ったのを最後に、近いうちにと言ったはずの鬼灯からの連絡は途絶えている。浮気と言う名の女遊びは禁止されていない、むしろ適当に発散しておけとの有り難いお達しは付き合うと決めた翌日に鬼灯から出ていた。なので、切羽詰まって云々ということでもないのだが、それでも顔ぐらい見たいと言うのが白澤の本音である。
しかし鬼灯に余裕を見せた手前、自分から会いに行きたいなどとは言えず悶々とした日々を過ごしていた。声だけでも聞きたいと電話を手に取っては置き、せめて文面ぐらいはとメールをしたためては消し。そんなことを何度も繰り返していて桃太郎にも不審がられ、客の女の子も口説き忘れる始末。
「会いたいなぁ……いっそ夜這いとかしちゃおうか……」
強引なのは嫌いじゃないはずなので、寝込みを襲ってもなんだかんだで盛り上がってくれそうな気はする。ただし調子に乗った結果頭を潰されたこともあるので、四肢を切り落とされる覚悟ぐらいないといけないだろう。死にはしないが、確実に痛い。
もう十日もすれば月末、極楽満月の月次決算報告書と調剤の請求書、養老の滝のレンタル料云々の書類出しに地獄まで赴く機会はある。その際は当然、鬼灯が書類を確認して判を押すので顔を合わすことは出来るのだが、仕事で顔を合わせたいわけではない。あくまでも白澤は恋人として鬼灯に会いたいのである。
そのための色々な口実も考えていた。茄子と作品を作るからと言って閻魔殿に行ったり、鬼灯が衆合地獄を定期視察しているところを狙い偶然を装って遭遇したり、それこそ周辺に配達に行くついでに尋ねたり。
そんなことをしなくとも、恋人なのだから、顔が見たいと言う理由だけで会いに行ってもいいのだ。鬼灯がそうしてくれたように、自分だって。
とは思うが、仕事中の鬼灯は白澤よりもずっとシビアなのである。
「ん~、なんか……こう……アイツから連絡をくれるようなこと……」
客が来なくて暇していることをいいことに、白澤は知識の神として脳漿をフル回転させ、ああでもないこうでもないと試行錯誤すること小一時間。
「そうだ!」
鬼灯の邪魔をせず、自分が会いたいことを伝える途轍もない名案を思いつき、白澤は席を立った。あれやこれを引っ張り出し、床に並べて準備を整え、いざ。
「これを、こうして、こう!」
どこかで聞いたことのあるような台詞を決めた途端、どこからともなく白煙が立ち籠める。白澤の足元から湧き上がった淡い光は、白煙に反射して周囲を照らした。その中央、煙と光に紛れて白い何かが蠢き始めていた。
「届け、僕のありったけの思い!」
白澤の掛け声を合図に煙と光は収束し、蠢いていた何かも姿を消す。この手の術は得意ではないと自負している白澤だったが、盲信的な恋心の所為で絶対的な自信を持って成功したと確信していた。
世にも悍ましい何かを生み出したとも知らずに。
一方その頃、鬼灯は。
「………………なんだこれ」
つい先程のことだ。執務室で仕事をしていた鬼灯の頭上に、謎の煙が立ち籠めた。何事かと顔を上げた瞬間、何かに顔面を覆われた。その感触はつきたての餅よりずっと柔らかく、ほんのり温かく、僅かに震えていた。
そして聞き覚えのあるやる気の無い鳴き声で、鬼灯は確信を持った。
これはあの男の仕業だと。
鬼灯は顔面を覆った奇っ怪な物体をそっと手で掴み、机の上に移動させる。両手に収まる程度の大きさ、猫のようだが顔面は不気味だし、手足は針金のようだし、尻尾もヒゲもない。本人、もとい本猫に悪意はないらしく、今まさに筆を走らせた書類の上でごろごろと転がっている。鬼灯はそのか細い前足に巻き付いていた紐状の物体に気付き、そっと外す。それは細く畳まれた手紙だった。
手紙の文面を読むなり鬼灯は舌打ちし、この惨状を引き起こした張本人に電話を掛ける。どんな罵声を浴びせてやろうか、と考えながら。
お題:「猫好好」