一瞬だけモブレ表現あり。
解釈違いだったら悪いね。
多方面で許してくれ。
「好きだよ、グレッグ」
何でも無い、ただの休憩時間。
いつもと同じ煙草に火を点けて、いつもと同じように肺に吸い込み、いつもと同じように吐いた時、いつもは聞かない言葉が飛んで来た。
「……は?」
「うん、好きだよグレゴール」
机を挟んで向こう側。ゆるい笑顔とゆるい口調で非日常をぶち込んできた男が笑う。
「……気でも触れたか?」
「こんな仕事してたら発狂なんて今更でしょ」
「まぁそれは……そうじゃない。お前、相手を間違えてないか?」
「グレゴールって名前の職員が他にいるの?」
「……」
少し頭を抱える。
多分、今、私は告白をされた。
……なぜ?
「お前の、その、好きっていうのは仲間に向けるソレだよな?」
「ううん、愛情の方。ライクじゃなくてラブ」
「まじかよ……」
一層頭を抱える。
いつから、とか、きっかけとかよりも、どうして私なんだ。
——よりにもよって、私なんだ。
「やめとけ」
「やだ」
「……お前は顔も悪くないし、一応はコミュニケーション能力もある。こんなおばさんを見てるよりも、もっと周囲に」
「グレッグが好きだって、言ったんだよ」
立ち上がり、こちらに向かってくるロージャ。
ただでさえ身長差があるのに、こちらは座ったままだから近くに立つと一層巨木のよう。
そして、片膝をついて見上げて来るのも、こちらが見下ろすなんて貴重だなと、場違いな自分が遠くで思った。
「貴女が好きだ。年齢を気にしてるなら私もいうほど離れてないよ。顔だって貴女は可愛いし、多分、いつものメンツで一番話ができるのは貴女だ」
「……」
「貴女が私の気持ちを否定するんだったら、その度に私は証拠を揃えて言う。そのくらい本気」
……きっと、彼は本当に本気。
本当に私のことが好きで、手の震えを隠せていなくても、私の手を離さないんだろう。
真っ直ぐに向けられた、強い恋心。
——だったら、尚更だろう。
「……わるい。その気持ちに……私は、応えられない」
XXX
ロージャから想いを告げられて、翌日。
私は何故か壁際に追い込まれていた。
「ろ、ロージャ?」
遥か上にある顔を見上げる。
普段からでかいでかいと思っていたが、こんな事態になって初めて圧を感じる気がする。
あと、美人の真顔って怖いんだな。
「グレッグ、貴女が好きだよ」
「っそれは」
「昨日は振られたって分かってる。でも、応えられない理由を聞いてない」
ぐっと顔が近づいてくる。
青と緑を行き来する瞳に目が離せず、昨日みたいに逃げ出すこともできない。
「ねえ、もし、応えられない理由が私への嫌悪だったら、私は貴女を諦められる。でも……そうじゃないなら、ちゃんと聞かせて。有耶無耶にしたままは嫌だ」
切なげに瞳が揺れる。
そう、彼は本気なんだ。
本気で私が好きなんだ。
——……ほんと、何で私なんだよ。
「……私、は」
「うん」
「私は、戦争の道具だった」
「……」
「戦うだけじゃない。民衆を扇動するための、正当性と、注目を集めるための、宣伝材料だった」
あの、思い出したくない、忌々しい記憶が何度も過る。
彼の綺麗な色が怖くなって視線を反らし、落ち着かない体を片腕で抱いた。
「分かる? 知らない人達から期待されて、憧れの目を向けられて……それと同じくらい、憎まれて、恨まれて、この腕のせいで戦争とは無縁な市民からも怖がられる」
暴言、嘲笑、悲鳴。
耳の中で反響する音に瞼をきつく閉じる。
「それに、私は……処女じゃない」
体を押さえつけて、腕を冷たく固い金属で縛り上げて、見降ろしてくる男たちの視線。
忘れたくても、私を蝕む——悪夢。
「この体は綺麗じゃない。知ってるでしょ? 私は今でも恨まれる立場だって。私は汚いよ。ロージャが思うよりずっと。お前が好きになるような人間じゃない……これが、応えられない理由だよ」
お願いだから、私に綺麗なものを向けないでほしい。
希望も期待も見せないで。
全部ハリボテだった時の絶望を、もう味わいたくない。
「分かったら好きだなんて」
「グレゴール」
頬に、体温が触れた。
はっと瞼を開くと、大きな手が上を向くように促してくる。
再び見た胆礬色は、怒りとも、悲しみとも取れない複雑な表情をしていた。
「……頑張って、来たんだね」
ずっと独りで。矢面に立たされて。
落ち着いた、不思議なほど耳に溶ける声。
「お疲れ様。これからは私がいるよ。皆も……ダンテだって、なんだかんだ貴女のことを気にかけてる。……ちょーっとだけ妬けちゃうけどね」
悔しいから、私とグレッグのアイス買ってくるよう頼んでおいた。と、彼は笑う。
そして、壁に付いていた手を私の背中に回した。
「私がそばにいる。貴女の敵なら一緒に倒そ。貴女が辛いなら、私は手を出さない。ねえ……私を振る理由が、自分が醜いからってなら無駄だと思う。だって、それを知った今でも貴女が大好きなんだもん。——大好きなんだ、愛してるよ、グレゴール」
感情の高ぶりで、腕が、少し動いた。
私、が。
この私が、彼からの気持ちを受け取っていいんだろうか。
背負わされて崩れ落ちた私が。諦めて来た私が。
私、は。
「ぅ……」
「泣いていいよ。私しかいないし」
「泣いて、なんか」
「そっか」
大きな体にすっぽり包まれて、大きな手で撫でられる。
暖かいのに胸が締め付けられるように痛い。
ずっと抱えていた、重く苦しいものが溶けて溢れて、顔をどんどん汚していく。
酷い有様だと思うのに、ロージャは私が落ち着くまで私を抱きしめてくれていた。
「……ぅ……あー……、それで、返事なんだ、けど」
「うん」
「こんな年上で、こんな腕だけど、それで良ければ、まあ……」
よろしく。
情けなく泣き腫らしたブス顔で言っても滑稽だろう。
けれど彼はいつもの美味しいものを見つけた時のように、それと少しだけ頬に色を乗せて。嬉しそうに、ふにゃりと笑った。