ぼくの女神様/グルアオ『グルーシャさん、挑戦者がジムテストをクリアしましたので、ご準備をお願いします』
「わかった」
通話を切ると、スマホロトムはぼくの周りを何周かした後、ポケットの中に戻っていった。
腕を回したりだとかの軽いストレッチを済ませると、ぼくの相棒達がボールの中で待機する機器の前に立つ。
「…今日も頑張ろうか」
ぼくの言葉に応えてくれるようにガタガタ震えるのを見て、みんな気合十分だなと感心した。
少し上がった口角を隠すためにマフラーを巻き、ボールをベルトにつけると控室を出た。
果敢に挑んでくる挑戦者の実力を試すために。
それがぼくの、ジムリーダーとしての大事な仕事だから。
バトルコートに出ると、ぼくらの勝負を見るため 既に多くの観客が集まっていた。
そして向かい側には、緊張しているけれどどこか勝気な性格を思わせる挑戦者が立っている。
いい顔だ。
いつも通り、あんたの力を見せてくれ。
二年前までは思いもしなかった言葉を、心の中で相手に投げかける。
ここはぼくの居場所じゃない。
だけどどうにかしてこの雪山に留まるには、ジムリーダーの仕事をやり続けるしかないんだと。
そんな本音を隠して表面上は真面目に、だけど心の中では ぼくの人生を転落させた場所にいつまでも固執しながら、何の感情もなく ただ目の前のことを機械的にこなすだけだった。
勝っても負けてもどうでもいいと思いつつも、いつかまた理不尽な目にあってここすら追い出されてしまうんじゃないかと怯える日々。
何のために生きているのかもわからなかった。
そんな、無意味で無価値な暗いぼくの世界を一変させたのは、一人の小さな女の子。
あの子と出会って二回も完封なきまでに負けて、ぼくは久しぶりに悔しいと、もっともっと強くなりたいと心の底から思った。
そんな気持ち、あの事故以来消え失せてしまっていたものだったのに、あの子が…アオイがもう一度蘇らせてくれたんだ。
ただの一トレーナーとしてもっと強くなって、あんたに勝ちたい。
そのためにも、今の自分とちゃんと向き合って、ジムリーダーとしての仕事を全うしないと。
そうじゃないと、ぼくはあんたの隣に立つことなんてできないんだ
「いけっ、ケケンガニ。最後のジム戦だから、頑張ろ」
挑戦者が先発ポケモンを出したのを見て、こちらはモスノウを繰り出した。
「モスノウ、おいかぜ」
ポケモンバトル開始の合図と同時に、わざを指示する。
相性的に少し分は悪いけど、ぼくだって簡単には負けてあげないよ。
挑戦者のソウブレイズがひんしの状態になり、ボールの中に戻っていく。
とくせいがくだけるよろいだったから、途中相手のすばやさが勝って予定より苦戦してしまった。
なんとか三体目を倒せたけど、今日の相手はタイプ相性だけでゴリ押しせずに、ぼくの戦い方を分析した上 対策をよく練ってきている。
だからこそ手強い。
久しぶりに押されているな。
ツンベアーの体力も少ないけれど、相手はあと三体万全の状態で控えている。
おそらく一筋縄ではいかないだろうな。
いけるか…?いや、それでもぼくは…!
「グルーシャさん、頑張ってください!!」
突如耳に飛び込んできたのは、アオイの声。
驚いて声が聞こえた方向を見れば、観衆の中に混じって握り拳を突き上げながら声を張り上げる彼女がいた。
時々勝負を仕掛けにここまで来るけど、今日も来てたんだ。
そしてあの子がぼくを応援してくれている。
その事実が嬉しくて、マフラーの中で笑みが溢れた。
「ツンベアー、まだいけそう?」
その声かけに、彼は強く頷く。
まだポケモンも頑張ろうとしてくれているんだ。
どれだけ不利でも、彼の…ツンベアーの力を信じたい。
それに、アオイがぼくの勝利を信じてあれだけ大声を出しているんだ。
きちんと応えないと!
四体目が出されたのを見てツンベアーと目配せすると、タイミングを合わせて指示を出す。
ギリギリで粘った結果その四体目も倒してくれて、次の五体目で力尽きた後 ハルクジラと交代しそのまま勝利を掴むことができた。
負けて肩を落とす挑戦者に近づき、とても強くて途中まで押されていたことを正直に伝えると、涙を流しながら悔しがっていた。
そして強くなってからもう一度挑戦しにくると真っ直ぐな目で宣言し、一礼すると帰っていく。
その姿が見えなくなるまで見送った後、アオイが駆け寄ってきた。
「すごい戦いを見せてもらいました!
あんな不利な状況で、ツンベアーが四体も倒すだなんて…。
やっぱりグルーシャさん達は強いですね!
あ、ポケモン達が元気になった後、私とも勝負してください!」
興奮した様子で捲し立てて話すアオイに、耐えきれずに声を上げて笑った。
あんたは本当にポケモンバトルが大好きなんだな。
突然のことにきょとんと不思議そうに見上げる彼女を見ながらひとしきり笑うと、手持ち達の回復を待っている間お茶をしようと誘った。
「アオイからは逃げないし、少しゆっくりしてから戦おう。
お菓子もあるからご馳走する」
ぼくがなぜ笑っていたのか検討つかないまま怪訝な顔をしていたアオイは、その言葉を聞いて一瞬で笑顔になると元気よく頷いた。
…ポケモンバトル以外については、そこら辺の女の子と全然変わらない。
けれど彼女が、ぼくに勝負の楽しさをもう一度思い出させてくれたんだ。
ポケモン達からの信頼と、アオイがぼくの勝利を心から願ってくれているのであれば、ぼくはどこまでも頑張れる。
「…大切なことを思い出させてくれて、ありがとう」
隣で歩く彼女には聞こえないように、小さく感謝の言葉を呟いた。
終わり