Bedtime story「今日はどんなお話をしてくれるんですか?」
期待を胸に問いかけると、彼はまた?と言いたげな表情をする。
「グルーシャさんのお話がないと、眠れません」
「…仕方ないな」
観念したようにため息をつけば、私を抱き寄せるためにぐっと力を入れた。
さらさらの長い髪が頬に当たって少しくすぐったい。
でもこの体勢だと彼の心臓音がよく聞こえるから、眠る時のベストポジションだ。
「じゃあ、今日の話は……」
準備ができると、グルーシャさんは落ち着いた物言いで静かに話し始める。
こうやって、一つだけ物語を話してもらいながら眠りにつくようになったのは、彼と同棲を始めてからすぐのこと。
好きな人と一緒のベッドで寝るという行為自体に緊張して眠れなくなった際、グルーシャさんが自分の故郷の話をしてくれたのがきっかけだった。
一度も足を踏み入れたことのない場所の話はすごく面白くて、余計に眠れなくなりそうだと思っていたけれど、だんだん瞼が落ちてきて眠気に襲われる。
原因はきっと彼の体温と、いつもより低くて優しい声のせい。
せっかく話してくれるのだから最後まで聞こうと眠気に抗おうとするけれど、いつも完敗している。
だけど、眠る直前に落とされるおやすみとおでこへのキスが、この上なく幸せを感じる瞬間だった。
それは一度味わうと止められないほどの中毒性で、毎晩話をするよう強請っている。
今日は何の話をしてくれるんだろう。
この前話してくれた星座に関する神話や伝説の続きかな?
それとも昔訪れたことのある街の話?
意外と物知りでたくさんのことを教えてくれるけれど、いつかグルーシャさんのポケモン達と出会った頃のお話も聞いてみたいな。
ふふ、わくわくが止まらない。
そんな期待を胸に今夜はどんなお話をしてくれるのか、彼の腕中に収まると聞く体勢に入った。
***
「うーん、どこに置いたっけなぁ…」
ダンスや机の上を探してみても、ひかるおまもりがどうしても見つからない。
今日はグルーシャさんと一緒に、色違いのポケモンを探しに行こうとしているから必要なのに。
諦めてサンドウィッチをいっぱい食べて頑張る?
…でも学生時代に、ジニア先生からもらったものだからちゃんと見つけたいしなー。
確かにこの前ここらへんに置いたはずが…。
「こんなときは、思わぬ場所に落ちている可能性もあるから、いろんなところを探るべし…か」
この前テレビで話されていた失せ物探しの極意をふと思い出す。
今はネモから受け取った孵化したてのニャオハを育てているから、もしかしたらおまもりで遊んでいる間にどこかに飛ばしちゃったのかも!
クローゼットや収納ラックの中と順に見てまわってから、ベッドの下を覗き込んでみると…。
「あ、あった!」
奥の方できらりと光る星形のチャーム。
手を伸ばしたら届きそう…!ってあれ?他にも何かあるな。
うんうん唸りながら一生懸命おまもりと、近くにあった紙袋を掴んだ。
袋越しに触ってみると本みたい。
ここは元々グルーシャさんの部屋だったから、もしかして…。
「ええええっちな本!?
…本当にベッドの下で隠しているんだ」
噂では大体そこに隠すらしいとは聞いていたけれど、まさかグルーシャさんも持ってたなんて!
あ、でも男の人だから持っていても不思議じゃない…のかな?よくわからないけれど。
なんか重いし、複数冊はあるな。
こういうものはマナー的に見ちゃダメってことはわかってる。
でも人間というものは、ダメと認識すればするほど好奇心が湧いてくるもので…。
知りたい。
グルーシャさんの好みがどんなものなのか。
もしかしたら今後のヒントにもなるかもしれないし…。
とたんに早まる鼓動。
じっと数分間見つめた後、意を決して紙袋から中身を取り出した。
「アオイ?そろそろ出る時間だけど、おまもりは見つかっ…何してるの?」
じっくり本を読んでいる間、話しかけられてふと我にかえる。
声が聞こえた方向を見れば、扉付近でアルクジラと一緒にグルーシャさんが部屋を覗き込んでいた。
そして不思議そうな顔で近づいてきたけれど、私が手にしている本を見るとさっと顔色が変わった。
「グルーシャさん、これ…」
恐る恐る本の表紙を彼に見せる。
そこに記されたタイトルは、【星座から知る神話の世界】と書かれていた。
中身は前にグルーシャさんから聞いた内容のお話そのままで、紙袋の中には他に他地方の旅行雑誌なども入っていた。
「もしかして、夜に話してくれていたのってこれらの本の内容ですが?」
「いや、その…」
今まで見たことないくらい動揺するグルーシャさん。
その様子をじっと見つめていたら、観念したように息を吐く。
「…ごめん。本当はぼくの故郷の話をした二、三日後にはもうネタ切れだったんだ。
だからその…本の内容を必死で覚えてアオイに聞かせてた」
「なるほど」
そう短く返事をすればグルーシャさんは罰が悪そうな顔をしながら目を泳がせていて、ちょっと挙動不審な主の姿を見たアルクジラが隣で首を傾げていた。
今まで寝る前に聞いてきた内容のほとんどが、この数冊の本からの情報だったという真実に、静まり返る寝室。
そんな中、ふつふつと沸き起こってきたのは…
何とも言えない愛おしさだった。
話すネタもないからこうして本を集めて暗記して…。
ちょっと得意げにお話ししてくれていたけれど、あれって結構頑張った結果だったんだ!
なにそれ。
それってすごく…。
「かわいい」
「は?」
ぽつりと呟いた一言に、グルーシャさんは目を見開いている。
持っている本を胸の前でぎゅっと抱きしめると、彼に対して笑いかけた。
「私のために、ありがとうございました!」
「アオイが毎晩楽しみにしてたから、別に…」
「はい!それも嬉しかったですし、一生懸命隠そうとしてたのが、すっごくかわいいです!」
「か、かわ…!?」
可愛いと言われて絶句するグルーシャさんをよそに、私のテンションはシビルドン登りで止まらない。
「なら今晩は読み合いっこしましょう!」
「むむ。別にいいけど…さっきの可愛いは撤回して」
そんな真顔で言ってきたお願いに対して、私はきっぱりと言い切った。
「やです!」
だってだって、今までは年上らしいスマートでクールなところしか見せてくれなかったんだから、そう思わずにはいられませんよ!と言えば、そのイメージのままでいてほしかったとぽつり。
いろいろとかわいさの限界に達した私は、本を脇に置くと彼のところへと走って抱きついた。
グルーシャさんて、こんなにもかわいかったんだ!
新たな発見に、私の心はかつてないほど盛り上がった。
終わり