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    kariya_h8

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    kariya_h8

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    #主明
    lordMing

    貢ぎ癖のある男 しまったと思ったときにはもう遅い。空にはたちまち暗雲が垂れ込め、冷たい風が頬を撫で、しまいには遠くの方からゴロゴロと雷の音さえ聞こえてくる。嘘だろ、今日は雨降らないって朝言ってたじゃないか。恨みがましく天気アプリを立ち上げると、朝には晴のち曇りのマークだったはずが今では立派な雨マークに置き換わっていた。急いで帰るべきかそれとも引き返すべきか。迷っている間に空からぽつりと死刑宣告のように大粒の雫が落ち、足元に大きな染みを作った。
    「おい、やべえぞ!」
     モルガナの焦り声と同時に地面を蹴る。もう迷っている暇はない。とりあえず雨から避けられる場所に入らなくては。次から次へと白亜紀の終わりを告げる流星群の如く大粒の雫が自分たちに襲い掛かる。周囲から悲鳴のような声が上がった。直接肌に当たるといっそ痛みさえ覚えそうなほどの強烈な雨に、ますますモルガナが情けない声を上げる。眼鏡レンズにばちりと雫がぶつかり視界がぼやける。拭っている間も惜しくて、走りながら眼鏡を外す。伊達メガネで良かった、外したほうが視界は良好だ。
     息も絶え絶え駅に転がり込んだ時には、駅前広場はそれはもうバケツをひっくり返した、という形容がぴったりなほどの土砂降りとなっていた。同じように駅という名の避難豪に逃げ込んだ人々で、改札付近はあっという間にごった返す。人の熱気と湿度で不快度数が急上昇し、蓮は眉根を寄せた。
     さあここからどうするべきか。
     雨の中走った距離は短いはずなのに、すでに前髪はしっとりと濡れ、弄ってみると指に水分が移る。この雨だと四茶まで移動できたところで、ルブランまでの道のりで確実にびしょ濡れになってしまう。モルガナの心配もあるが、今日はまだ週の頭。替えの少ない制服を濡らしたくはない。ではそこらの売店で傘を買って帰るとするも、見渡せばこの急な雨で飛ぶように売れ、ワンコインのビニール傘は残っていない。運は無いもので、この時期なら折り畳み傘を鞄の奥底に忍ばせておいているのだが、先日傘を忘れたと言うかすみに貸してしまって手元には無い。周りの人たちもどうすべきか考えあぐねているのだろう、自分と同じように眉間に皺を寄せてしばらく晴れそうにもない雨雲を恨みがましく見上げる。どこかカフェにでも入って時間を潰すか、それともいっそのこと千円オーバーの売れ残り傘でも買って帰るべきか。潤っているとは決して言えない財布の中身を思い出しながら前髪を弄っていると、「雨宮君?」と最近聞きなれた声が耳に届いた。
    「ひどい雨だね。君も雨宿りしているクチかな?」
    「明智……」
     人の間をすり抜け、雨の気配も人々の熱気も一切感じさせない清涼さを纏って彼は蓮の前に現れた。
    「まあ……そんなところだ。傘無いし、四茶まで帰ってもびしょ濡れになるから、ここで時間を潰すか傘を買うか悩んでいた」
    「ああ、急だったもんね」
     ゲリラ豪雨の時期にはまだ早いはずだが、相当の雨量に明智は納得したように頷いた。そういう彼も傘を持っているようには見えず、まさかその硬質なアタッシュケースの中に折り畳み傘を忍ばせているとも思えなかった。思わず彼を見つめていると、その視線の意図に気付いたのか彼は小さく笑う。
    「まあ、僕も似たようなものなんだけど」
     天気予報は毎朝欠かしてなかったんだけど、流石にここまで急激な天気の崩れは予想できなかったなあ。眉を下げて肩を竦めてみせた。
    「けどここにいつまでもいるわけにはいかないよね。混んできたし……雨も吹き込んできそうだ」
     視線を駅の外に投げかけると、遠くから次々とこちらに向かって走って来るのが見える。改札を抜けるわけにも行かず、かと言って引き返すことも出来ない。だが留まっていては人の邪魔になるしそもそも満員電車の如くの混雑は御免こうむりたい。
    「カフェにでも入って雨が止むのを待つ? けど皆同じこと考えているよね」
     そう視線を投げた先にはすぐ近くのファーストフード店。ここから見える範囲ではあるが既に店内は満席。だがレジカウンターの前には何人もの列が形成されていた。あの店だけではない。恐らく駅構内のカフェや安価なファミレスは似たようなものだろう。雨が降り出した時点で店に駆けこまなかった、その判断の遅さがこの敗北である。
     さあ君はどうする?
     試す様に明智の瞳が細められる。君ならどうこの状況を乗り越えて見せる? ただこの場で何もせず事態を受け入れるだけの君ではないだろう? そう言っているように思えた。
    小さく息を吐く。
     別にいつだって世の中に噛みついているばかりじゃない。疲れるし。なんならぼうっと何もせず何も考えず、雨が落ちる様を眺めているのも好きな方だ。
    だが彼が期待をしているのであれば、どうしたって応えないわけにはいかなかった。その程度の男だと諦められたくないし、舐められたくもない。
    それにだ。
    ちらりと明智を盗み見る。彼は挑戦的な視線は崩していなかった。まるで休み前の子供みたいだ。
    先日得てしまった情報もある。知りませんでした、で通してもいいけれど、どうにもそうはしたくない情報が、ひとつ。
     最後に蓮はひとつ大きく溜息を吐き、モルガナ入りのバッグを抱え直した。
    「こっち。来て」




    「明智。ブラックと微糖、どっちがいい?」
    「え?」
     差し出したのは、通りがかりの自販機で購入したジャックフロスト印の缶コーヒー。雨に打たれたせいで少々肌寒いのでホット一択だ。
     目の前に突き出された2つの缶を見比べ、明智は何度か目を瞬かせた。
    「え、っと、それじゃあブラック頂こうかな」
     そう言うので右手で持った缶を差し出すと、彼は両手でそれを受け取った。それぞれの缶を持って少し進むと目的地が見えてくる。
     銀坐線と井ノ上線を繋ぐ連絡通路。壁一面のガラスには雨が叩きつけられ、集まり、川のような筋がいくつも出来上がっている。ぼやけた視界から雑踏を見下ろすと用意がいいのか購入したのかいくつもの傘も見えるが、半数は慌てたようにスクランブル交差点を走り抜けていった。
    「ここ?」
     手すりに手をかけ、ガラス窓の方から振り返ると明智は少しばかり驚いたように目を瞠った。それに小さく頷いて隣に促す。彼は戸惑うように隣に立ち、自分と同じようにガラス窓から雑踏を見下ろした。
    「ビルの一部だから空調は効いてるし、座るところも無いから混雑もしていないし……なるほど、悪くないかもね」
     彼は口に手を当てて小さく笑う。
     連絡通路のガラス窓側。ちょうどスクランブル交差点を正面に捕らえたこの場所は。
    「いいのかよ。こいつをここに案内して」
     もにゃもにゃとバッグの中から非難の鳴き声をあげるが、聞こえなかったことにした。彼の言わんとしていることも分からないではない。何せここは少し前までの怪盗団アジトだ。怪盗が敵にアジトを教えていいのかよ、とモルガナは恨みがましく細い鳴き声を上げるが、今はもうアジトじゃないし、なんとなく彼をここに連れてきたい気分だったのだ。
    「長居してても咎められることもないし、雨宿りにはちょうど良い」
     まだ熱い缶を開けて一口含む。ルブランコーヒーのほうが勿論舌には合っているのだが、こんな風に人に紛れて雨音に耳を傾けるのには缶コーヒーや安いチェーン店の味が合う気がする。
     目立った個性も無いコーヒーを飲み下し、手すりに上半身を預けて目の前の風景に目をやった。雨は先ほどよりも強く打ち付け、厚い窓ガラス越しにも関わらず、強い雨の音が耳朶に響いた。これはまだ暫くは止みそうにない。
     明智も蓮に倣って手すりに片手を預け、同じように缶コーヒーを傾ける。何かを口に含んでいる瞬間だけは彼の饒舌は鳴りを潜め、訪れる僅かな静寂は悪いものではなかった。
    「そういえばこれいくらだった?」
     これ、と缶に視線を落としたが、蓮は首を小さく振った。
    「いや、いい」
    「え?」
    「奢りだ」
    「ええ?」
     大げさなほどに目を瞠って、何ならちょっと後ずさりすらされる。
    「いや、悪いよ。そんなつもりなかったし。ちゃんと支払うって」
     言って財布を取り出そうとする彼の手を、缶を持っていない逆の手で掴んだ。
    「いい。いらない」
    「……どうして?」
     動きに合わせて髪がさらりと零れる。真実を見抜こうとする瞳が、僅かに赤く光った。
     だって安いし、という答えにはたぶん納得しない。だったら払うよ、と多めの小銭を握らされる。
     少しだけ、迷った。だってそれにしては随分と時間が経ってしまった。きっと彼も戸惑うに違いない。けれど、そのことを知ってから、その日がもう前に過ぎ去ってしまったことを知っても、何もしない、という選択肢が自分の中にはなかったのだ。仕方ないではないか。
    「誕生日……」
     彼の手を離し、体ごと視線を窓ガラスの向こうに向ける。
    「誕生日?」
    「だっただろ。この間」
    「……誰の」
    「今この場で、お前以外にいるか?」
     え、と子供のように瞬きを繰り返す彼に、今さらながら気恥ずかしくなってきて誤魔化すようにコーヒーを煽った。煽って、煽りすぎて、舌を火傷し、慌てて飲み口から口を離す。
     彼の誕生日を知ったのは偶然だ。クラスメイトの女生徒が雑誌を広げながらそんなことを話していたのを小耳にはさんだだけである。「もっと早く知っていたらテレビ局に行った時にプレゼント渡せたのにね」と彼女たちは残念そうに肩を竦めていた。そのときは聞き流したのだが、その後どうにも胸に引っかかってならなかった。自分と明智の関係性は、所詮数回お喋りした程度のただの顔見知りに毛が生えたものである。その程度なら何もしなくても別段問題もない。そもそもこの年になれば子供の頃のように盛大に祝うこともないし、友人に何か貰えなかったとひがむこともせがむこともない。けれど相手が覚えていてくれたこと、何かを用意してくれたことに、去年までは純粋に喜んだものだ。
     だから、まあ、知ってしまったなら仕方ないではないか。
     遅れに遅れたうえに、自販機の缶コーヒーだけど。
     ……まだ、今年は他の誰の誕生日も祝っていないけれど。
     黙りこくっている彼を訝し気に思ってそっとそちらに視線を投げると、
    「……安上りなプレゼントだなぁ」
     そう、くしゃりと表情を崩した。
    (あ、)
     知らない表情だ。

     音が遠のく。
     窓ガラスに弾かれた雨粒がきらきらと光った。

     普段の芝居がかったものとは違う、張っていた糸が躓いた拍子に切れてしまったみたいな。感情を抑えられなかった幼子みたいな。そんな表情だった。
     くつくつと彼は笑う。目尻を下げて、少し目元を赤くして、肩を小さく震わせて、崩してしまった口元を必死に手指で隠して。言葉とは裏腹に、こちらを見つめる瞳はやわらかくて。

     なんだよ、ちゃんと高校生らしい表情できるじゃないか。
     少しだけ、缶を握る指に力が入った。
     ただのいけ好かない怪しい男じゃなくて、ちゃんと感情が載った自分と同年代の男が目の前にいた。

     もっと色んな顔が見てみたい。
     それはただの純粋な好奇心。あのテレビや他の人に向けるような芝居じみたものじゃなくて、その奥に潜むものを暴いてみたい。立ち入り禁止の扉を開くような、そんな子供じみた怖いもの見たさ。

     また何かプレゼントしたらこういう表情が見れるんだろうか。
     降って湧いた好奇心に心臓を跳ねさせながら、蓮は財布の中身を思い出していた。
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