ただの一言「烏、久しぶり」
「…おう」
「髪、短いね」
「おい色男、嘘でも可愛いとか綺麗とか言えや」
「それ、」
「ん?」
「指輪。なに、それ」
「目ざといなぁ」
「聞いてないんだけど」
「そもそも言うが義務ない」
「…相手、氷織?」
「ちゃうよ」
「ユッキーとか、だったり…しないの」
「しないなぁ」
正真正銘、馬鹿な男が目の前に居る。いつものやる気のなさそうな彼は何処かに行ったらしい。まるで被害者みたいなふうに震えた声、酷い顔、傷付いた顔でこちらを見やる。
*
学生の頃からの付き合いのある男は、手に負えない程の女好きだった。泣いて彼の元を去った女の子や怒って彼に平手を浴びせた女の子が何人居ただろう。
「それ彼氏? なんか女殴ってそう」
出会ってそれほど経ってない頃。横から勝手に割り込んできた乙夜は一言そう放った。別に彼氏を紹介なんてするつもりはなかったのに、勝手にだ。
それにしても、まさか誠実の正反対を行くこの男が烏の男関係に意見するとは。
お前が言うなと一蹴するも、その男はやめろの一点張りで口うるさい忍者。痺れを切らし半分、彼氏との間にあった亀裂から別れることにした。
別れたことを知った日には馬鹿が上機嫌で「男紹介してやろうか?」と話しかけてきた。誰のせいだと脇腹に肘を入れてやったのをよく覚えている。
それからというもの、味を占めた乙夜は烏に恋人が出来そうになると難癖を付けるようになった。
「誠実さがない」「軟弱そう」「烏の方が年収高いじゃん」「顔が烏のタイプじゃない」
御託は様々あった。悪質なイチャモンレベルのものもザラにある。
それでも、奴と友達を辞めなかったのは、烏自身の選択でもあった。
実際、烏に男を見る目があるかと言われたらNOである。助かったことがないことも無いかもしれない。しかし、割合にして一割程度だ。圧倒的に邪魔なことが多かった。
「うっっさい! お前は誰だったら首を縦に振るんや!?」
一度だけ、本気で怒ったことがある。乙夜が付ける難癖の根底、真意を何となく察していたから。
「…………俺のお眼鏡に叶う男、じゃないとダメだかんな」
そんな男居ないくせに。自分じゃないと納得出来ないくせに、この男はそう宣ったのだ。
*
ただ一言。お前が一言、俺にしろ、って。そう言えたのなら、今日は180°変わっていた。
「烏、」
「その姓ももうすぐ終いや」
いつまでもお前の烏では居られない。お前の恋はお前のものだから、俺にはどうしてやることも出来ない。ただの一言でもあったら何もかも違ったかもしれないが。
「誠実で、優しくて、軟弱じゃない、年収だってそう。顔だって好みの男、捕まえた」
「!」
「ほんで? これでもまだ、俺の人生にイチャモン付けられるか」
「……根に持ってんね」
「おいおい、人を悪い女みたいに言うなや」
恨めしそうな顔。そんな顔する権利、自分にあると思っているのがまた可愛らしい。
「もちろん祝ってくれるよな? 俺、お前に口説かれたことなんて、人生で一度たりともないんやから」