今夜、いつもの宿で(前編)聖堂機関の執務室で審問官の2ヶ月ぶりの帰還を待つオルトは、そそくさと書類仕事に勤しんでいた。集中力がないのか今日はよく書き損じる。何枚目かになる書き損じをまるめてゴミ箱に放り込むとペンを置き、まるで手につかない仕事を諦めて椅子の背もたれに身をあずけた。そうして半時間ほど過ごした頃、コンコンコンと3回ドアをノックする音が聞こえた。
オルトが返事をする前に「失礼しますよ」と言いながらドアを開けて現れたのは待ちに待った審問官だ。護衛のためにつけた騎士から荷物を受け取り「ありがとう、ここまでで結構です」と言って帰すと部屋に入ってきて来客用の長椅子に腰掛けた。「護衛を荷物持ちに使うな!」と思わず出かけた小言を飲み込み、オルトは久々に顔を合わせる審問官に声をかける。
「テメノス、戻ったのか」
「ええ。今し方こちらに帰還したところです」
「今回は随分と期間がかかったようだが」
「はい。色々と難航しましてね。ところで君は今日サボりですか?」
積まれた書類の束が無造作に置かれた机を見てテメノスがそう揶揄うと、彼はそれには答えずバツが悪そうに次の話に移った。
「・・・週1で届いていた報告書のことだが、もう少し詳しく書いてくれないか」
「おや?情報が足りませんでしたか?」
「あれで足りなくはないが簡潔すぎてそのまま出したら各所から随分と小言を言われたよ」
「そうですか。君が小言を受けるのは可哀想なので次からはもっと詳しく書きましょうかね」
「ああ。そうしてもらえると助かる」
そのような事務的なやり取りを一通り終えたあと「──ところでこれは仕事とは関係ない話なのだが」そう前置きをしたオルトが「2ヶ月離れている間に手紙の1通でも書いてよこしてくれたら良かったのに」などと独り言のように小さく呟いたものだから、テメノスはこの可愛いことを言う恋人に破顔一笑しそうになるのを咄嗟に耐えた。唇を結んで固い顔を作り、わざと素っ気ない態度で話を続ける。
「手紙、欲しかったの?」
「まぁ。近況が聞きたいし、無事か知りたいし、な」
しどろもどろになりながら答える歳下の恋人を見ると更に揶揄いたくなる衝動を抑えられず「手紙なんか書きませんよ。面倒くさい」と突き放すように言い放った。それを聞いたオルトは残念そうに「そうか。」とそれだけ言って小さくため息をついた。
テメノスはオルトのとりあえず受け止めてから考えるスタンスが好きだ。どの程度まで受け止められるのか懐の深さを時折試してみたくなる。諸々困らせている自覚はあるしこれ以上若い恋人の眉間の皺を深くしたくはないのだが、どうにもやめられないのである。
さきほどの残念そうな彼の顔を見てついに愛しさあふれたテメノスは、つかつかとオルトの座る執務机の前に行き、半ば衝動的に顎をつかんで上を向かせそっと唇を重ねた。
「!?」
不意打ちに驚いたオルトがすぐに唇を離す。
テメノスが目で誘う。オルトはその意図を汲む。そうして再びオルトからテメノスへ。今度はオルトがテメノスの頭を抱く形で唇を重ねる。2ヶ月ぶりの口付け。ゆっくりとお互いの唇の感触を確かめ合うような甘やかな温かさに2人して頭が溶けてどうにかなりそうだった。やがて深いキスになる手前でどちらともなく離れる。
──生憎、今は勤務中だ。
上がった息を整える。
見つめ合ったまましばらく沈黙の後、上気して耳まで紅く染めたテメノスが視線を逸らし「今夜、いつもの宿で。」そう言い残し部屋を出て行った。
いつもふらっと来てふらっと居なくなる。
そんなテメノスに振り回されてばかりのオルト。先ほどの接吻で下半身に集まった熱を逃すべく、朝から全く手につかなかった書類仕事を試みるもやはり進捗は更にも増して散々であった。
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