拾 毛色の違う美丈夫が二人。
店の奥のボックス席に向き合って座っているのを見てモンゴメリーは、面事が尽きない職場だと探偵社の虎を思い起こす。
「ご注文は」
珈琲を二つと答える太宰をよそに、その連れの男を不躾に上から下まで眺める。
どうせ真っ当な人間ではないだろうと気にしないでいれば、男が少し面食らったように苦笑した。
「彼女も探偵社の社員かい」
「彼女はこの店の看板娘ですよ。探偵社員ではありません」
「そうなのか」
「元組合員ですからね。今は仲良くしてますが」
「ああ、なるほどそれで」
モンゴメリーの一般的な女性の対応との違いを思っているのだろう。納得したような面持ちで頷く男に太宰はた温め息をつく。
「それでなんのお話ですかヴェルネイルさん」
「弟に関する話だと伝えた筈だが」
「弟、ね」
太宰の言い方にヴェルネイルは少しだけ首を傾げた。
「お義兄さんと読んでくれても構わないのだが?」
その発言はきれいに聞き流して、太宰は珈琲を運んできたモンゴメリー礼を言う。その様子に彼女の呆れを一切隠さない表情はいつものことながら可愛らしくとも強烈だ。そこに浮かぶのは「男ってどうし馬鹿なのかしら」というところ。 将来、いい女と呼ばれる女性になること間違いないな、とおもいながら太宰は珈琲に口を付けた。
「それよりもあなたが出てくるとは思いませんでした」
「ポートマフィアとしては一切動けない案件だろう」
「否定はしません。私としても気にはなっていますが、当の本人が大人しくしているといっているのでどうしたものかと思ってましてね」
「軍が噛んでいるとなると、 君も今の巣を守るために下手に動けないだろうその点私なら」
「既に死んだ人間だ。動いたところで大して問題が起こることはないさ」
「貴方が生きていることが表立つほうが大問題になる気もするんですけどね」
「そこはそこ。 元諜報員としての手腕の見せ所だ」
「それで、私のところに来るということは良くないことですかね」
「異能が使えない分、できることが限られてしまったが。 いっくかの情報は入手できた」
「今度はTだそうだ」
「Nが異能をメインとした研究者であるのに対しTは遺伝子情報の研究に特化していたらしい。つまりは器の方の研究者だ」
「第二実験場は異能をメインとした研究であり、そのオリジナルと思われる個体の保有をしていた。 対しTが保有していたのは受精卵だ」
「俺が確認できたのはここまで。 ただ、先日。防犯カメラに犯人と思われる少年の姿が写っていた」
「警察は気付かなかったのですか」
「俺が気付いたのは、その外見を知っていたからだ。 管轄の警察官はその外見を見たところで何も思わないだろう」
「白い中也」
「アルビノだろう。 面立ちは初めてあったころより少し幼いかな。 ぱっと見た限りでは髪や目の色が違うから気付くことはない」
「森さん達は」
「彼らは動いては居ない。そうだろう?」
涼しい顔をしてコーヒーを飲んでいるがその腹の内はどうなのだろうかと様子を伺う。
嘗て己の相棒を殺しても弟の開放を行った男だ。今回のことに関して、異能が使えるままであったら十五年前、もしくは六年前の様に大暴れをしていたのかもしれない。そう考えると彼から異能が消えたのはこのヨコハマにとってこの上ない幸運だろう。
「我思う、故に我在り」
「デカルトがどうかしましたか?」
「いや、先日。Tからそんなメッセージが届いてね」
「は?」
「Nもそうやって連絡をとってきただろう?俺が探っているのがわかったらしい」
「それで、そのメッセージがなにか?」
「言葉で自己について考えている以上、俺たちも間違いなく人間らしい。話してみるとなかなかに面白いご婦人だった」
「それで?」
「人言の定義について少々議論が弾んだ。ヒトゲノムに則っているのだからヒトつまりは人間である、とのことだ」
「それは否定できませんが、だいぶ大雑把じゃないですかね」
「心理学、あれは教育心理学かな?その観点から言っても人間で間違いないらしい」
「ただただ人間だと言うのではなく、ヒトを研究した成果を並べてその定義に当てはまるのだから人間だと言われるのはなかなか面白かったぞ」
「人格形成に関する見解も含めて彼女は異能生命体ではなく人間として認識しているらしい。そんな女性が関わっているとなれば、日本での研究への影響も大きかっただろうな」
なんともまあ、楽しそうに話すことだと太宰は目を細めた。
人か否か。
それは表に出すことはないが中原にとって内包する命題であろう。あの日、躊躇わずに飛び立った中原であり、ポートマフィアを拠り所としているからこそ、普段は考えずに住む。
「それで、女性との有意義な時間を過ごせたのは羨ましい限りですが、それを自慢しに来たわけではないでしょう」
「Tからの伝言だ」
「どちらを選ぶかは任せる」
「それはどういう意味でしょうか」
「そのままの意味だ。このまま放置しても、そうでなくてもどちらでも構わないということだ」
「放置できないと判断した場合は、どう売るんですかね」
「頭のいいご婦人だ。わかった上で鼓動しているだろう」
「貴方が手放しでそう褒めるとなると、警戒したくなります」
「さて。俺には判断がつかない。ただ、彼女からすると男は子供のまま馬鹿な結末を選ぼうとするもの、らしい」
「なかなか手厳しい」
思わず苦笑を浮かべてしまうのは、口には出さずとも男は馬鹿だと認識していそうな女性に複数心当たりが有るからだ。そんな女性には太宰と言えども頭が上がらぬし、最上級の敬意を持って対応せざるを得ない。
「何も無ければ彼女も行動を起こすようなことはなかっただろう。荒覇吐を外に出すのには相当な理由が必要だ」
「それは同意します」
つまり、今更になって異能生命体が外に出て活動をしている。語られることのなかったその理由こそが、今回の事件の肝になることは確か。
「俺が得た情報は今、渡そう」
「お願いします」
江東での情報の受け渡しはデータを残さないからこそ、こういった場合には有効である。最も双方に正確に情報を処理する能力が有ることが前提になるが。
うずまきは武装探偵社のお膝元。
ごく一般的な防犯カメラはあるものの、頭頂盗撮の類は排除されている。また、一番奥のボックス席は店内配置と観賞植物によって完全に死角となっており、こうした内々の会話をするのに使用していた。店主たちもそこは理解しており、込み入った話をしているときは他の客を周囲に案内したりもしない。武装探偵社がこの喫茶店を愛用しているのはそうした信頼関係も有るからだ。
そうして聞いた話に太宰は一人、残された席で空になった珈琲カップを眺めた。
情報を精査し、どう動くべきか。
そうしていると、目の前に新しい珈琲が置かれあ、顔を上げると呆れた表情のモンゴメリーが立っていた。そのまま彼女は遠慮なく太宰の正面に座り、賄いであろうか、軽食のサンドイッチを摘む。座るさいにボリュウームのあるスカートの裾が大きく広がったのが視界に残った。
「その珈琲はマスターの奢りですって」
「気を使わせてしまったかな」
知らないわよ。それよりもお宅のトラ猫ちゃんが心配そうに見ているけど良いの?放っておいて」
見れば入口近くに腰をおろした中島と谷崎の姿。心配というか、気遣しげにこちらを伺っているのはまれによく見る光景で。苦笑して手負けきすれば二人は素直によって来る。
「大丈夫だよ。古い知人だから」
そう告げる太宰にモンゴメリーが盛大に溜息を吐いてみせた。
「そう言えば先程の会話で男は子供のままだって言われたというのが出てねえ。モンゴメリーちゃんもそう思うかい?」
「そうね。大人の男性だと思っても近づいて見れば結局は子供のままって言うのは事実ね」
つん、と大人ぶって答える少女に中島は首を傾げる。
「太宰さんも?」
「そうよ。この男だってそうじゃない。ただの頭がいいだけの子供よ」
勿論、貴方達も言わずもがな、と続ける少女に太宰は大声を上げて笑いたくなった。
自分では大人になったつもりではあったのだが。
思わず宙を仰ぎ、顔を覆ってしまうのだった。