追加アクション横濱市街の傍の森で鈍く重たい音が断続的に鳴り響く。
貧民街に程近いこの森に人影はない。夜の闇に紛れている可能性もあるが、人どころか動物ですらその音の発生源に怯えて逃げ隠れしている中、わざわざ身の危険を顧みずにそれを見に行く者はいないだろう。武器弾薬がおもちゃのように手に入る横浜で、それより恐ろしいのは異能力者だ。
「だりゃあ!」
そんな掛け声に合わせて少年の拳が中原の顔面を狙う。それを軽いく払いのけると、中原はお返しとばかりに同じように拳をその頬に当てる。その衝撃で少年の体は吹き飛び、背後の木へと叩きつけられる軌道を描くが、直前で減速すると体制を整えへ幹へと着地した。しかし、その時には追いかけていた中原が既に目の前に迫ってきており、それを視認する間もなく幹を上へへと走り、中原の背後へと飛ぶ。次の瞬間、先ほど着地していた太い木の幹が中原によって圧し折られていた。
断末魔のような無情な破壊行動へ抗議をするかのように音を立てて倒れた木を見て、少年は乾いた笑いを一つ零す。
「なんだぁ?手加減してやってんのにビビんなよ」
中原の言葉に少年は口をへの字へと曲げる。
「ビビってんじゃない!ただ、手加減してもその威力って、我ながら重力エグイなって思ったんだよ」
それって本気だったら一瞬で気が木っ端みじんになるんだろ、と続けられた言葉に成程と中原は地面に落ちていた大き目の木の破片を手に取った。
「まあ、こんな感じだな」
手にした木片を、重力を使い浮かせると、次の瞬間、空中で粉砕する。素手ではなく、重力を使ってだ。少年はその様を見てやや腰が引けているそれは中原に恐れを抱いてというよりも、純粋に力の威力に対してであった。
「先生が言ってた力の怖さ、ちゃんと理解できた気がする」
少年は一つそう呟いて呼吸を整えると、中原に向かい腰を落として構えをとる。力試しは継続のようだ。中原は笑みを浮かべると、宙に浮かせたままだった期の破片を正面に持ってくる。
「続きだな」
言うな否や、破片が重力の加速を受けて銃弾の速さで少年に襲う。それを走りながら避けると、少年の背後に立っていた木々に木片が刺さった。それを確認する余裕もなく、避け切ることができずに追撃してくる木片を、同じく重力を使うことで地面に払い落す。重力使いとしての差か、中原の放った木片の重さと威力に払った手に痺れが走った。
「馬鹿力ってこういうこと言うんだよっなっ」
走った勢いで正面の木へ飛び、幹に両足と手を着くと少年はそのまま中原に向かって飛び出す。真正面から飛んでくる木片は、少年の纏う重力によって勢いが相殺し大人しく本来の地球の重力に従って地面へと落ちていき、草の上に巻き散らかされた。中原は正面から飛んでくる少年に一瞬、意表を突かれた顔をしたが直ぐに好戦的な笑みを浮べる。
「そう来なくちゃな」
全身を使って勢いを増した少年は、そのまま正面から中原に衝突した。
鈍い音が響き、次いで静寂が訪れる。
音の発生源はと視線を向ければ、少年が突き出した右手を中原が左で受け止め、また、中原が突き出した右手を少年が左手で受け止めていた。
「正面から来るってえのは嫌いじゃねえよ」
「馬鹿力だけじゃないのかよ」
余裕のある笑みを浮かべている中原に対し、少年は耐える様に奥歯を噛んでいる。額に汗を浮かべながらも口がきけるのはさすがというところか。
この頃の自分はどうだったかと、中原が思考を逸らせると両手から伝わってくる重さが一気に増した。
見れば少年が重力をけしかけてきたのだ。
それを受けて中原の足元が地面に沈む。いや、沈むどころか何十頓もの思い鉄球が地面に落とされたかのように、中原を中心に地面に亀裂が入り窪んでいく。少年の目はどこまでも真っすぐで、力を純粋に開放しているだけだ。だが、だからこそその力は中原へと余計なものに邪魔されることなく襲い掛かってきた。
掛かってくる重力が、倍に。その倍に、更に倍にと秒ごとに二乗されていき、その都度、音を立てて地面が沈む。しかし、それを受けている中原は平然とした顔をしていた。何なら既視感を覚える状況だ、などと呑気な思考すたしていた。
「軽いんだよ」
告げると、中原は逆に少年の重力を倍にて返す。
「ぐっ」
少年の足元の地面が割れるのと同時にその喉から鈍い声が零れた。それでも中原の重力を受けて、膝をついて耐えているのは流石というところだろう。更に言えばその目から闘志は消えていない。中原の放つ重力に耐えながらも、反撃の隙を伺っており、この辺は遺伝なのかと妙な親近感が湧いた。そうはいっても中原も手を緩めるつもりはない。軽い手合わせではあるが、重力使いの厄介さは自分が良く知っている。更に重力を掛けたところで、その先の重力を掛けるべき少年から重さが消えた。
己の重力圏から逃れた少年を見て中原は驚愕に見開いた目を、直ぐに鋭くさせる。
重力は質量に比例する。
これは全ての物理法則に則った定義だ。
中原の重力に自分の重力で勝てぬと判断した少年は、己の質量を限りなく軽くすることで、中原の放つ重力の空間歪みを利用してその重力地場の外へと吹き飛ばされる選択をしたのだ。
「おお。頭良いな、手前」
「ちゃんと考えて行動しろって先生にいつも言われてる」
「いい先生に恵まれてんだなあ」
そう言いながら中原は先ほど思考を飛ばしていた自分が少年の年頃だったころを思い出す。そもそも、研究所から突然放り出された中原は常識どころかまともな知識も持ち合わせていなかった。それを拾い一から教え育ててくれたと考えれば、羊に拾われたのは運が良かったのだろう。それでも浮浪孤児の集団でしかなければ、得られる知識や教養も限りがある。中原は重力や先頭に関しては経験と本能でこなしていたことを考えると、少年のように思考を巡らせて力を使うというのはなんだか新鮮に感じた。
「で、続きはどうする?」
肩で息をしている少年に問えば当然というように返事が返ってくる。
「続ける!一発くらいは入れないと気が済まない!」
「おー。んじゃ、来いよ」
少年の意気込みに中原は笑いながら答えるのだった。