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    くるしま

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    くるしま

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    雑土WEBオンリーに合わせてアップロード!
    雑土が過去ちらっと会っていたら系捏造話。

    出会った話 それは、もうかれこれ十年以上も前の出来事だった。
     その頃の雑渡は組頭ではなく、全身を覆う火傷も傷跡もなかった。若く丈夫な身体を存分に使い、忍者として頭角を表していた。
     その時に振られた忍務は、どこぞの屋敷に入り込んで情報を取って来い、というものだったと思う。幾日もかけて内部に潜り込む、根気のいる仕事だ。
     それは本来、先の忍務で負傷した同僚のものだった。仕事は諜報のみで、雑渡が出向くには少々軽いものだった。だがもちろん、行けと言われれば行くしかない。
     くれぐれも面倒事は起こすな、と何度も注意されて、少々うんざりしたのを覚えている。
     忍務は無事に終わり、帰路に着こうとした時だった。
     尾行されている。
     雑渡がそう気付いたのは、勘に近かった。
     視界の範囲に、怪しいものはない。ただ時折、視線を感じた。
     歩きながら、相手を確認する。雑渡と同じ方向に進む人間は、幾人かいた。尾行者を確認する方法はいくつもあり、その中のいくつかを試して、雑渡は尾行者を割り出した。
     何気ない顔をして歩きながら、そっと雑渡を窺っている若い男。服装は、他の農家の人間と似たものだ。農作業帰りを装った、簡素で汚れた姿。顔を隠すように頰被りをしている。人相を確認しようにも、その顔には泥がこびりついていた。
     歩きながら思い返すと、屋敷を出た辺りで、似た体格の若者とすれ違った。おそらく、同じ男だろう。ただ、服装は違う。着衣を変えての尾行。恐らくは、同業者だ。
     すれ違った時の体格と印象を思い出すと、十代の後半から二十歳ほどだろうか。ひょろりと細いが、背丈はそこそこあった。
     尾行の腕は、まあまあという所だ。少なくとも、タソガレドキ忍軍の見習いや若手よりは上だろう。無論、雑渡の目を誤魔化せる程ではないが。
     雑渡はそのまま予定の道を歩き、やがて日が暮れてきた。道は段々と細くなっていき、もうほとんど山道になっている。
     男の姿は、もうとっくに雑渡の視界からは消えていた。だが、尾行がなくなった訳ではない。
    雑渡を見失わないギリギリの距離を取って、ずっと着いてきている気配がある。撒くのは簡単だったが、雑渡はそうしなかった。
     大きな木の側まで来た時、そこまで一定の速度で歩いていた雑渡が、突然ふらりと揺れ、姿を消した。
     尾行者はその場へ足早に近付こうとして、立ち止まる。罠を警戒したのだろう。ゆっくりと、雑渡の消えた場所まで歩いてきた。
     見失った気配に、尾行者の男が眉を寄せた刹那。
     飛んできた何かが、男の足に絡んだ。細く小さな分銅鎖は、彼の動きを一瞬止める。
     間髪を入れずに、竹の水筒が男の頭に向かって投げつけられた。
     彼はそれを腕で弾く。が、その反動で、身体のバランスを崩した。
     普通ならば倒れる所を、彼は倒れなかった。身を捩って、側面から現れた雑渡に対峙しようとする。
     素早い判断だ。
     相手が雑渡以下の忍者だったなら、時間くらいは稼げただろう。
    「……ッ!」
     相次ぐ攻撃に、隙が生まれた男の首を、雑渡の左手が掴む。気道を塞がれて意識を失うはずだった彼は、雑渡の意図を察したようだ。いつの間にか手に持った苦無で、首にある雑渡の手を狙う。
     それを弾き返した雑渡の右手は、そのまま男の両手首を掴む。雑渡よりもかなり細い身体を、地面に押し付ける。これで勝敗は決した。
     首と両手首を拘束され、雑渡の足で身体の動きを止められた男は、静かになった。暴れるでもなく、黙って雑渡を見ている。今の状況が良くないものと分かっているだろうが、諦めてはいない。雑渡を見上げる目は、必死でこちらを観察しようとしている。
     男を見下ろす雑渡は、目元から下が布で覆い隠されている。歩きながら身に着けたものだ。間近で人相を確認させてやる必要はない。
     唯一、隠されていない両目が男を見下ろし、観察する。
     若いな。
     至近距離で彼を見て、まずそう思った。組み敷いた身体は、思った以上に薄かった。少年の変装をしている訳ではない。本当に少年だ。
     小慣れた身のこなしから、もう少し年嵩かと思っていた。このまま成長すれば、さぞ腕の良い忍者になるだろう。
     味方ではない。明らかに敵である。しかし、このまま殺してしまうのは惜しい。そう思ってしまった。
     そう思ったからこそ、今消してしまうのが一番良い。ただ、雑渡はそういう短絡的な正解を選ぶタイプではなかったし、面倒厳禁の忍務中である。
    「何か喋る気はあるか?」
     雑渡が尋ねても、少年は微動だにしない。
    「ふむ……何も教えてくれないなら、このまま死んでもらうしかないのだが」
     少年の顔に、動揺が走る。だが、すぐに消えた。少なくとも、表情からは。
     彼の身体からは、力が抜けている。抵抗はないが、といって、降伏する意思はなさそうだ。隙を与えれば、逃げるだろう。
     雑渡は、拘束を緩めなかった。ただ、彼を見る雑渡の表情から、厳しさは消えつつあった。
    「抵抗はしないの?」
     面白がるような声に、少年は無愛想に答えた。
    「私が何をしようと、あなたには通じないでしょう」
     確かにそうだ。ここから彼が挽回できる手はない。
     しかし、諦められては、つまらないのだ。
    「力比べ以外にも、やれる事はやった方が良いとは思わない?」
    「例えば?」
     少年は興味なさげに尋ねる。それは本心なのか、虚勢なのか。どちらにしろ、まだ幼ささえ感じられる容貌とは裏腹に、彼はちゃんと「忍者」だった。
    「例えば、そうだなぁ。愛想良くして、私に媚びるとか?」
    「なるほど」
     無感動な声で言った少年が、口の端を上げる。生意気そうな笑顔は、雑渡の目の前で優しげなものに変わる。
     ふわりと、穏やかな微笑み。
    「……この状態とは合っていないな」
     自分でやらせたも同然なのに、雑渡はつまらないという感情を隠しもしなかった。彼に言う事を聞かせたというのに、思ったより楽しくない。
     少年が不満そうな声を上げる。
    「あなたが言った通りにしたんでしょう」
     声と表情が、冷ややかなものに戻っていた。こっちの方が、まだマシだ。彼の本心に近い。
    「そうだけどね。見たいものとは違っていた」
    「見たいものとは?」
    「そうだなぁ……君、怯えてくれない?」
    「嫌です」
     すげなく言いながら、こちらの様子を伺ってくる。
     問答無用で殺されなかったのだから、何かあるのだと考えているのだろう。しかし、残念ながら、雑渡が彼を捕まえたのは興味本位でしかない。彼の思案は、丸ごと無駄だ。
     そう思うと、少し楽しくなってきた。
    「つれないね」
     言いながら、雑渡は自分の中の感情に気付く。どうにも自分は、彼の素の感情が見たいようだ。
     年齢に見合わない腕を持つ年若い忍者が、どんな言葉にどんな顔をするのか、気になって仕方がない。
    「君は、つついたら面白そうだ」
    「は?」
    「つまり私は、君に興味がある」
     少年は相変わらず警戒心を解かなかったが、その警戒の方向が少し変わったようだった。
    「君は? 私に興味はある?」
    「……ありますよ」
     ない訳がない。今、彼が生きるか死ぬかの選択を握っているのは雑渡だ。
    「良かった」
     雑渡の口調からは子供扱いが抜け切らない。しかし、彼の首を撫でる手付きに、ほんの少し色が混じる。びくりと身体が震えたのは、一瞬だった。
    「怖がらなくていい」
    「…………」
     強い瞳が、少し曇る。色事について、まったくの無知というわけではなさそうだ。
     雑渡は、彼を力付くで蹂躙するつもりはない。そうしたら彼は心を閉ざし、何の反応もしなくなるだろう。それでは、つまらない。
    「名前は?」
    「忍びの名など聞いて、何の意味があるのです」
    「もっともだ」
     複数の名を持つ忍者は多い。本名は教えてもらえないだろうし、いつ捨てるか分からない仮の名など、聞いた所で意味はない。
    「では、顔を見せてくれ」
    「もう見ているでしょう」
    「変装を全部解いた、素顔を見せてくれと言っている」
     言いながら、そっと片手の拘束を解く。少年は少し驚いた様子だったが、解放された片手で頭と顔を覆っていた布を取った。そのまま、荒い動作で自分の顔を拭く。
     長い髪が顕になり、土と泥にまみれた顔から汚れが落ちる。その下から、存外白い肌が現れた。
     やはり、幼い。少年である事はわかっていたが、予想よりも数歳は下に見える。
     まだ幼さが残っているが、整った顔立ちだ。
     この年齢の少年が将来どう成長するかは未知だが、このまま育てば良い男になるだろう。雑渡はそう予想した。
    「うん」
     雑渡は両の目を細めて、薄く微笑む。
    「覚えた」
     少年の眉が、ぴくりと揺れる。
     雑渡はもう片方の手も離し、少年の身体の上から退いた。
     途端、少年が跳ねるように起き上がる。
     そしてしゃがんだ姿勢を取って、雑渡と対峙した。
     すぐに逃げなかったのは、良い判断だ。勢いよく逃げられれば、反射的に追ってしまったかもしれない。食者の心理を、よく分かっている。
    「私は今、忙しくてね。今日は見逃すよ。でも、さっき言った通り」
     片手を少し伸ばして、少年の顔を指差す。
    「その顔、覚えたよ」
    「……私も、あなたの目を覚えました」
     彼は負けじと返す。可愛らしい事だ。
    「では、私を見つけてみるといい」
    「ええ。避けるために」
    「つれないね。せいぜい私に見つからないように、がんばって」
    「次、あなたに見つかったら、どうなります?」
    「状況によるが……」
     そうだなぁと考えながら、彼を見る。
     もう暗くてよく見えないけれど、視線が真っ直ぐこちらに向かっているのは分かった。
    「使える忍者になっていたら、うちにスカウトしようかな」
    「お断りです」
     少年の答えは短い。嫌そうな様子を隠しもしない。嫌われたようだ。殺してもいいところを無傷で逃してやるというのに、薄情な事だ。
    「では」
     彼は雑渡へ、僅かに頭を下げた。
     そして、静かに闇に消えた。
     雑渡は追わなかった。
     縁があれば、次に会う機会があれば、もう少し話せるだろうか。
     そう思いながら、雑渡はタソガレドキに戻った。
     若い忍者に尾行された事は報告したが、撒いてきたと伝えた。元々が大した忍務ではないから、誰もそれ以上は聞いて来なかった。
     だからあの少年との出来事は、雑渡一人の胸の内に仕舞われた。




     その記憶を、後生大事に抱えていた訳ではない。
     普段は忘れていて、ふとした瞬間に思い出す。そんな数ある出来事の一つだ。
     あの少年はまだ生きているかなと、時々思う。それだけだった。
     年齢にしては達者な立ち振る舞いだったが、どれほど腕の立つ忍者でも、タイミングが悪ければ簡単に命を落とす。
     生きてまた会えたとしても、もう記憶も曖昧だ。覚えたと言い切ったものの、会った所で分かるかの自信はなかった。もし会ったとしても、敵であれば相手に気付かぬまま殺してしまう可能性さえあった。
     で、あるのに。
     一目で分かった。
     見つけた、と思った。
     表情も気配もまるで違うのに、よく分かったものだと自分でも思う。もう忘れかけていた記憶の中で、唯一忘れきれなかった、一番印象的だった瞳。
     彼のその大きな瞳を見た瞬間に、記憶の蓋が開いてしまったのだ。
     かつては、なす術もなく雑渡に組み敷かれた少年。彼は雑渡の予想した通り、良い男に育っていた。
     あれから、彼の人生がどう転がったのかは分からないが、再会した彼は忍術学園の教師となっていた。
     再会は、一方的なものだった。
     あの時の少年だと思い出してからも、雑渡は彼へ、土井半助へ声をかけなかった。
     土井の方も、雑渡に何の反応もしなかった。
     忘れているのか、知らんぷりをしているのか。それとも、雑渡が覚えていないと思っているのか。
     土井が雑渡を、雑渡との過去を無視する気持ちも、わからないではない。彼にとっては、良い記憶ではないだろう。
     しかし、忘れてやる気はない。
     あの少年は、思った以上に面白い男になっていた。明るい雰囲気を持つ教師となって、腕の立つ忍者になっていた。怜悧さは影を潜めていたが、まるっきり消えた訳ではない。冷たく細められた目で、生徒の敵を見る。
     雑渡は約束通り土井をスカウトして、土井はあの時と同じように断ってきた。
     断られてからも、雑渡は土井へ声を掛けた。
     そして段々と、親しくなっていった。あの時の事は言わないまま。
     急ぐ必要はない。あの札を使うのならば、一番効果的な場面が良い。
     雑渡が知らないふりを続ければ、土井の警戒は少しずつ解けていくだろう。雑渡はそれを待つつもりだった。
     あの時とは違う。彼の居場所も、名前も、雑渡は知っている。そして今の土井半助は、居場所も名前も簡単には捨てられないだろう。
     ならばもう、逃す事はない。雑渡はただ、待てばいい。余裕を持って追い詰めればいい。
     とは、思うものの。
    「つれないものだ」
     遠目に見える土井の背中へ、雑渡は呟く。
    「覚えたと言ったのに」
     その声には、拗ねたような響きが混じっていた。
     だって不公平だ。
     雑渡の記憶の片隅に残っていた少年。その淡い関心は、再会した事によって、あっという間に育ってしまった。
     関心から興味へ。そこから更に大きくなって、今では執着になりつつある感情。土井が覚えていようがいまいが、関係ない。雑渡は覚えているのだ。
     ふと、土井が振り返る。雑渡の視線に気付いたのだろう。
    「雑渡さん、こんにちは。何か御用ですか?」
     近付いてくる土井に、雑渡は薄く微笑んだ。
     もう少し土井との距離が縮まったら、手を伸ばそう。もう少しで、咄嗟に振り払えない程度の距離が手に入るはずだ。
    「雑渡さん?」
    「いえ、失礼。学園長はどちらに?」
    「ああ、学園長でしたら今は――」
     自然に隣に並んで、歩き出す。この近さも、悪くはない。
     今はこの距離を楽しもう。過去と今を合流させて、一歩踏み出す、その時までは。
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