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    くるしま

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    くるしま

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    短め雑土。半子さんネタ。
    ショートショートを目指したけど2000文字突破してしまい、敗北感。

    ※雑土WEBオンリーに合わせて加筆訂正

    短い雑土の練習【好きなすがた】[chapter:]
     夕方というには少々遅く、夜というには少し早い。そんな時刻だった。
     山田伝蔵こと伝子が、土井半助こと半子の唇に紅を差そうと筆を取った。目を閉じた半子の唇に、筆が乗る直前、その手が止まる。
    「女人の化粧を覗くだなんて、感心できませんわね」
     それは、「伝子」の声としては鋭すぎるものだった。目を閉じていた土井が、何事かと瞼を開ける。すると、
    「申し訳ない。声をお掛けするタイミングを逃してしまいました」
     低い声と共に、暗闇から人影が降って来た。
    「ざ、雑渡さん」
     土井が驚き、山田はため息を吐く。
    「まったくもう。天井裏から何のご用ですの?」
    「学園長が、山田殿に来てもらいたいと。言伝を頼まれました」
    「ちゃんとした用件なら、ちゃんと廊下から来て下さいな」
     山田は土井に筆を渡して、立ち上がる。
    「では私は行ってきますわ、半子さん。曲者さんには、早めにお引き取り頂くように」
    「はい」
     土井が素直に頷く。目の前でそんなやりとりを見せておきながら、山田は平気な顔で雑渡を見る。
    「それでは」
    山田が雑渡へ一礼して出て行くと、
    「では、曲者さんはお引き取り下さい」
     座ったままの土井が、雑渡を見上げる。
    「つれない方たちだ」
     残念そうに言いながらも、雑渡は立ち去る気配がない。
    「それで、お二人が揃って女人になって、どちらへ行かれるのです?」
    「雑渡さんには、関わりのない話ですよ」
    「冷たい事を言う。昼日中ならともかく、夜に着飾った女装でどこへ行くのか、気になるのが普通でしょう」
     忍務ならば、土井は口を割らないだろう。が、恐らくそこまでの話ではない。雑渡に山田への言伝を頼んだのは、学園長なのだから。
    「教えたら、帰って頂けます?」
    「ええ」
     では、と土井は話し出した。
     学園長の知己がやっている料理屋で、酒宴が開かれるという。それ自体は良い。参加者も、特に問題がない者ばかりだ。酒が入らなければ、という条件付きで。
    「酒乱の集まりですか」
    「結果的に、そうなってしまっているようです。で、酒が深まると周りに……特に若い女人に絡むので、皆さん困り果てているそうでして。店主が、学園長に泣きついてきたようです」
    「……土井殿たちが、その酒宴で接待をする、という事ですか?」
    「少し違いますね。酒が深くなった頃に、接待している女性たちと私たちが入れ替わるのです」
     似たようなものだ。
    「山田殿と土井殿が、その役目を?」
    「ええ」
    「他には誰が?」
    「女性を除いた教師陣の何人か、と言っておきましょうか」
     つまりは男性教師陣が女装して、若い娘たちと入れ替わるという訳だ。
    「客人たちの酔いが覚めるのでは」
    「それはそれで良いでしょう。余興ですよ」
     酔いどれたちにお灸を据えたいという事か。想像すると強烈すぎて、逆に見てみたい気持ちが湧いてくる。
    「覗きに行ってもいい?」
    「いい訳ないでしょう。まったく、他人事だと思って」
     軽く睨む土井の側に、雑渡はしゃがみ込んだ。そして、土井の手にある、紅がついたままの筆を取る。
    「雑渡さん?」
     怪訝な顔の土井に、雑渡は笑いかけた。
    「私に紅を引かせてもらえない?」
    「は?」
     土井は、あからさまに嫌な顔をした。
    「そんなに嫌ですか」
    「嫌ですよ」
    「こう見えても、私は器用ですよ」
    「でしょうね。でも、お断りします」
    「どうして」
     土井はじろりと、雑渡を睨む。どこか拗ねたような顔で。
    「あなた好みの化粧をした私を、他の男たちの元へ送るのですか?」
     言われて、雑渡は想像する。
    「ああ……。うん、それは嫌だね」
     雑渡は手に持った筆をくるりと回して、土井へと返した。
     筆を受け取った土井は、そのまま大雑把に紅を引く。
    「もっと丁寧にやらないと、伝子さんに怒られるのでは?」
    「どうせ怒られますから、いいんです」
    「女装は不得手ですか」
     土井は変装が得意だ。姿形を変えるというより、その場に馴染むのが上手い。なのに、女装だけは例外と見える。
    「……まあ、そうですね」
     含みのある言い方。しかし、今はそこを追求する時間はなさそうだ。
    「半子さん、もう行きますよ」
     外から、山田の呼ぶ声がした。
    「はーい」
     返事をしながら、土井が立ち上がる。
    「雑渡さんも、もうお帰りですよね」
    「ええ。送りましょうか?」
    「やめておいた方がいいかと。下手したら、女装に巻き込まれますよ」 
    「私がですか。それはそれで、楽しい事になりそうだ」
     全員の酔いを覚ませる自信がある、と言えば、土井は呆れた顔をする。
    「物好きな。そもそも、雑渡さんは女装の経験があるんですか?」
    「前に一度、殿に命じられて。しかし、それきりですな。残念ながら、お気に召さなかったらしい。今度、お見せしましょうか」
    「結構です」
     土井はきっぱりと断る。残念だなと軽口で返そうとしたが、土井が言葉を続ける。
    「私は、今の、普段のあなたの方が好きなので」
     紅で赤く染まった唇が、柔らかく、艶めかしく弧を描く。その微笑みが意図してできれば、女装が下手などと言われないだろうに。
    「ちょっと、半子さーん?」
     なかなか出てこない土井に焦れたのか、山田の声が飛んで来る。
    「すみません、曲者の方がなかなかお帰りになってくれないんです!」
     土井の言葉に、雑渡は「やれやれ」と呟いて、ようやく立ち上がる。
    「では曲者は退散致します」
    「ええ。それでは」
     立ち去る土井の姿は、どうにか女に見えなくもない、という所か。あれはあれで興味深いが、雑渡としても、土井と同じ気持ちだ。機会があれば、伝えるとしよう。
     連れ立って歩く二人の背中を見送りながら、雑渡は小さく微笑んだ。
     私も普段のあなたの方が好きだな。
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