【空蝉日記 短編】幼心に甘える「だからさっきからそう言ってんじゃん!」
「お前が説明しなかったんだろ!」
──放課後、部活や委員会等で席を外す生徒達に紛れ、人気の少なくなった教室に二人の男子生徒の声が響き渡った。
片方は長い金髪を三つ編みにした中性的な少年「輝 憂記」、もう片方は夕焼けのような赤い髪をした少年「星月 叶夜」の声だった。
「もう落ち着きなさいよあんた達、男子小学生じゃないんだから。」
そんな彼らにやれやれといった視線を向けるのは、クラスメイトの女子「日見 カサネ」。
決して委員長キャラでもない、むしろ他人をからかって楽しむ類の人間である彼女ですら、今の二人の口喧嘩には辟易としていた。
キッカケは些細な事だった。
叶夜から、放課後にプリントを回収するので覚えておくよう言われた憂記だったが、途中クラスメイトと長時間話し込んでしまい、結果、教室に居る叶夜の元へプリントを渡しに行くのが遅れてしまった……という、ただそれだけだ。
無論、憂記の記憶力は並外れているので、決して忘れていた訳ではない。本当にただ、先延ばしにしていただけだった。
「お前だけ遅れたから僕が先生に急かされたんだよ!」
「別に今日中に渡したんだからいいんじゃん!本当にネチネチとしつこいなぁ。」
「あ〜もう、うっさいわね……。」
憂記も叶夜も本来は温厚な性格だが、二人一緒になると毎回こうだ。いい加減カサネもこの幼稚な喧騒にウンザリしてきた所で……横から新たな声が現れた。
「なになに〜、またやってんの〜?」
「あっ、先輩!聞いてよ、叶夜が酷いんだってば〜!」
「ちがっ……お前、またそうやって自分の意見だけ突き通しやがって!」
憂記達の先輩である「悠川 龍希」だった。
彼は慣れた様子で声をかけると、教室へ入ると共に駆け寄ってきた憂記をなだめた。その様子を見たカサネは、後は龍希に全て任せようと、そっと自分の席に座り溜息を吐いた。
普段はエキセントリックで食えない男だが、なぜか憂記と叶夜のことだけは特別に気に入っているように見えるからだ。
「ハイハイ、分かった分かった。この後、二人共奢ってあげるから機嫌直しなよ。」
まるで幼い子供に言い聞かせるように、龍希は笑いながら言う。
叶夜は、以前はこんな風に大人気なく怒るようなタイプではなかった。憂記もまた、彼らと出会った当初は本心を隠すのが得意な人間だった。
だが今では……特に龍希相手では、年相応の一面が顔を出すことが増えた。
幼くして両親を亡くした叶夜は一人で大人にならなければならず、憂記もまた家族の為に自分を犠牲にしてきた。
二人にとって悠川 龍希は……たとえどれだけその笑顔の裏に狂気を秘めていたとしても、「頼れる先輩」なのだろう──。
(……龍希先輩、意味も無く後輩に奢るような人だったかしら?)