【空蝉日記 短編】サバイバーズ・ギルト「ふぅ〜……作詞作業、終わりました〜!」
「おっ、お疲れ様〜!」
大きく背伸びをする私に対して、画面越しからそんな労いの言葉が飛んでくる。
今日は同じバンドメンバーであり私たちのリーダー、雨音 冬斗さんと通話を繋いで同時進行で作業をしていたのだが、どうやら冬斗さんよりも先に仕事が片付いたようだった。
「疲れただろうし、澪ちゃんももう上がっていいよ〜。僕もMix終わったらまた連絡するね〜。」
「はい、お疲れ様でした!」
そう言って通話を切ると、私は席から立ち上がりひと仕事終えた自分へのご褒美に暖かい紅茶とお茶菓子でも用意しようかとキッチンへ向かった。
昔はほとんど学校にも通えず、両親ともとても仲が良いとは言えなくて、いつもどんよりと息苦しい家で一人生きてきたこんな私でも、今は優しい仲間達と共に楽しく音楽を続けられている。
もちろんお仕事が大変な時もあるけれど、昔の私の精神状態に比べれば何十倍もマシだろう。
学生時代の私は本当に酷かった。
何も出来ない癖に救われたいと願う自分が嫌いで、この世の全てから敵対視されているような感覚で心身共に包まれていた。
実際には、たった数人からの何気ない言葉に大袈裟に傷ついただけなのに。
……ああ、そうだ、その人達は今は、もう……。
[次のニュースです。昨夜未明、〇〇県〇〇市〇〇中学校にて、男子生徒2名、女子生徒1名が同クラスの男子生徒による暴行に遭い───]
キッチンへ向かおうとした私が思わず踵を返したのは、点けっぱなしにしていたテレビからそんな物騒な言葉の羅列が聞こえてきたから。
学校で起きた、暴行事件……ニュースによると、被害者と加害者の方々はみな同じ部活の仲間で、普段は誰が見ても仲の良いグループだったという。
……仲の良し悪しなんて、第三者の物差しでは測れない。嫌でも仲良くしているように見せなければならない時もあるのだろう。あの人が、本当は私のことを良く思っていなかったように。
お陰で、中学の頃に私が巻き込まれた……いや正確には、巻き込まれていたかもしれなかった"演劇部の大量殺人事件"を思い出す。
私は結局あの人達の輪に完全に入る事は出来ないと、そんなことは許されないのだと悟った直後に退部したから、あの事件のことは全部後で知った情報しか持ち合わせていないけれど……。
時折、どうしてこんな不出来な私だけが死ななかったのだろうと、罪悪感に近い後ろめたさを感じることがある。
ぼんやりと、そんな昔のことを思い出してナイーブになっていた最中、次に私の気を引いたのはスマホから鳴り響いたバイブ音だった。
画面を開くと、そこには中学の頃、私にとても良くしてくれていた数少ない友人であり先輩───そして、あの演劇部で唯一生き残った「花園 美乃璃」ちゃんからの連絡が来ていた。
【澪ちゃんお疲れ様!今週末、急遽予定が空いて暇になっちゃったのだけど、もし澪ちゃんが大丈夫なら一緒に買い物でも行かない?もちろん仕事が忙しそうだったら大丈夫よ!】
彼女は今でもこうして、時々私を誘っては一緒に遊んでくれる。彼女も中学の頃、同じように人間関係で悩んでいたようだから、私に仲間意識や同情のようなものがあるのだろう。
……だから、だから多分私は、私だけは、殺されなかったんだ。
ああ、また昔の仲間達の顔が蘇る。
『何、のうのうと加害者と仲良しこよししてんだよ』
そんなあの人達の声が、聞こえてくるような……気がした────。