【空蝉日記 短編】心が晴れない人によってはロマンチックに、あるいは物寂しく見えるものだろうか。例えるならば、ストレリチアのような温かみのあるオレンジが空を染めていた。
ふと窓から目を離すと、母から帰宅を急かすLINEが送られてきた。ハッと溜息を吐いた僕とは裏腹に、弾けるように明るい声が耳元へ届いてきた。
「光葉〜!叶夜くん達がね〜、美味しいタピオカで出来たお店があるんだって〜!」
友人のティアナだった。一瞬、不可解な彼女の言葉を脳内で解読する。
恐らくは『美味しいタピオカのお店』と言われて建物自体がタピオカで出来ているか何かだと思ったのだろう。
だがしかし僕は、「ごめん、今日は家で親戚が集まるみたいだから早く帰らなきゃ。」とその誘いを断わり、叶夜くん達と楽しんでくるよう帰り際に言い残して学校を後にした。
*
「はぁ……傘を持ってきて正解だったな。」
──教室を出て玄関口へ向かうまでの僅かな間に、先程までの夕焼けが少し淀み、僅かだが雨が降り始めていた。通り雨らしいが、酷くなる前に帰らなくては。
漂うぺトリコールの香りと雨粒が傘を打ち付ける音が、僕の心の中に疼く不安と苛立ちを明瞭にさせていた。
本当は親戚の集まりになんて行きたくない。彼らは皆、僕が父さんと同じ医者になると、まるで刷り込まれたかのようにそう思っている。
僕がいくら本当の夢を訴えても、それが"彼らの中にある理想の僕"でなければ全ては解釈違いとして切り捨てられるらしい。
『画家になりたい』たったその一言を、父さんと母さんは許してくれなかった。
たったの、一言だったのに。
僕は今まで二人から浴びせられる幾つもの言葉を飲み込んできたのに。
こんな憂鬱なことを考えてしまうのは、先程までは綺麗だった夕空がすっかり曇ってしまったから?
(はは……この雨じゃあ、タピオカ店には並べそうにないだろうなぁ。
─────行きたかったのに。)