あのこになりたい 棗巳波は大いに不満を抱いていた。この自分の隣にいる男、もといメンバーの狗丸トウマに対してだ。そんな巳波の不満などつゆ知らずにトウマは自分の家のソファーに座って巳波の隣ですっかりリラックスした様子で映画を観ている。自分で観たいと言い出したくせにあくびを噛み殺している。不満の原因はトウマの今の態度が出会った頃の自分に対する態度が違うことだ。
「狗丸さん、わたしのこと好きですか?」
出会った頃と態度が違ってしまっているのは当然だ。なぜなら、かつてのトウマは巳波を誤解していたからだ。巳波はトウマに心配されるような真面目で悪影響を受けるような人間ではない。優しくておっとりしている理想のミナなど本当はいないのだから。
「え!?」
トウマは巳波からの突然の質問に目を見開いて驚いた。
「そりゃ、好きだよ」
少しだけ間を空けて答える。驚きに見開かれた目は細められ、照れくさそうに笑った。その眼差しは大切なグループのメンバーに対しての愛情だとわかる。
その「好き」のニュアンスは巳波がトウマに求めた答えとは違う。
失望にわざとらしくため息を吐いた。もちろんトウマへの無言の抗議だ。
「な、なんだよ」
思わぬ巳波の態度にトウマはたじろいた。
「狗丸さんが好きなのは私ではありませんものね」
「何を言い出すんだよ……」
巳波の急な言いがかりに呆れたような表情をするトウマに対して「どうせめんどくさい人間ですよ」と不貞腐れたくなる。トウマが好きなのはあくまで出会った当初に抱いていた幻想の姿をした巳波が好きなのだ。
おっとりしていると言い出したのは貴方の方でしょうが。
だから巳波の欲しい言葉をくれないその憎たらしい唇を塞いだ。間近で視線がかち合う。トウマが二、三度瞬きをした。
「ミナ……なんで?」
「貴方の理想の姿を演じて差し上げますから」
巳波はそう言うと状況を飲み込めずにぼけっと間抜けな顔をしているトウマを押し倒した。腑抜け状態になっていたトウマはいとも簡単に押し倒されてしまった。巳波に見下ろされてますます困惑を隠せない。
「私と寝てくださいませんか」
「はぁ!? 何言ってんだよ!! そんなの駄目だろ!!」
いくら鈍いトウマでもこの状況でその言葉の意味を理解できないわけではない。自分が何をされようとしているのかようやく状況を飲み込めてきたトウマが巳波を押しのけようとする。
「何がいけないんですか?」
「問題しかないだろ! 付き合ってもないのに、そんなの不誠実だろ」
「貴方がここでうんと頷いてくれれば同意になるでしょう」
「言わねえよ……」
トウマは苦虫を噛み潰したような顔をした。その表情には明確な拒絶がありありと現れていてそれにますます巳波は腹を立てた。
「だいたい理想のミナってなんだよ?」
巳波の方がトウマへの気持ちに気がついた今になったら既にトウマからの幻想が壊されていたのは皮肉なものだ。そもそもその幻想が間違いなので、巳波が壊したと言われると理不尽だが。
「貴方言っていたじゃないですか?ミナはおっとりしているから心配って」
「おう?」
「真面目だから安心するって」
「そんなこと言ってたっけ?」
「……でももう知ってしまったでしょう? 私がそんな人間じゃないってこと」
「うーん、まあミナが真面目に仕事してんのは変わんねえと思うけど」
トウマは巳波ののしかかられたまま思案するように眉を寄せた。
「別にミナがどういう奴かわかったからってミナのこと好きなのは変わりようがねーよ」
「でも……前の方がよかったんじゃありませんか?」
「そんなことねーよ、ミナが実は激しいところがあるのいいと思うぜ」
「激しいって」
「今とかかなり激しいと思う」
そう言うとトウマは今更赤面した。それに釣られて巳波も自分の行動に恥ずかしくなってくる。巳波はこう見えてカッとなりやすいのだ。
「その……まあ、ゆっくりお付き合いから始めようぜ」