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    sabasavasabasav

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    sabasavasabasav

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    坊ナナの日記念でした。
    坊ちゃんが仲間になるの、コウユウが助けを求めてきた後なのですが……ちょっと入れ替えています。ご了承ください。
    出会ってからそこまで時間が経過していないので、坊ちゃんはまだ格好いい先輩でいようと意識をしている。そんな設定。

    #坊ナナ

        ▽        ▽


    「本当にいいんですか?」
     リアンの声が頭に響く。見覚えのあるバンダナが視界にちらちらと過る。
    「ああ。リーダーが不在では何かと不便だろうし、ビクトールらも行くと言っているしね。僕は同盟軍に属する人間ではないから、本拠地に残っていても怪しまれることはないだろう」
    「なら良かったです。すみません。態々トランから来てもらったのに、ここで待機だなんて言ってしまって。でも、マクドールさんがいればナナミも少しは落ち着くと思うので」
     勝手に決めないでと、伸ばした腕では布の端すら掴めそうにない。俊敏性に欠けるこんな動きでは武器は持つことはおろか、弟の足手纏いにしかならないと理解はしている。それでもナナミは、異を唱えることしか出来なかった。
    「二人して、酷いよ。これくらい、大丈夫だもん。だから──」
    「ほら、大きな声出していないでちゃんと布団を掛けなさい」
     肩を軽く押され、ナナミの身体がそのままベッドに沈む。その隙に布団をかけられてしまうと、態々それを引き剥がしてリアンの元へと駆け寄る気力も無くなってしまった。
     身体を横たえると、先程まで意識が向かなかったというのに、少し怠い気もするし、頭が重い感覚もしてくる。
     それでも気持ちは未だに踏ん切りがつかず、ナナミは扉を抜けていくリアンに手を振る、ティアの背中を恨めしそうに見詰めた。


     ティント近辺で奇怪な現象が見られるとコウユウから報告を受けたのは数日前のことだった。ハイランド軍が攻めてきたとコウユウは言うが、それは一般兵ではなく、一見人のようではあるが言葉も意思も持たず傷を受けても倒れることのない者が徒党を組んでいるという。
     ネクロードだ、と男が叫んだ。死体を意のままに操る者しかすることのできない所業に、ビクトールは拳を作る。とはいえ、策がないままに乗り込んでも軍隊に負傷者が出るだけであの吸血鬼には逃げられてしまう。一先ず少数でティントへと赴き、周辺地域の偵察をすることとなった。
     そしてその偵察に、ナナミも勿論参加すると息巻いていた。
     様子がおかしくなったのは昨夜、皆で夕食を摂った後のことだった。
     解放軍のリーダーをしていたというティアが、同盟軍ではなくリアン個人に手助けをしてくれることになった。シュウの反対を押し切り、歓迎会を兼ねてハイ・ヨーのレストランを貸し切って食事会を執り行っていた。どの料理人よりも上手いと自称する腕は確かで、仲間達と共に舌鼓を打っていた。
     その中で、ナナミは思うように箸が進んでいない様子だった。訝しむアイリにお腹が空いてないの、と口にした。
     一番に気が付いたのは、リアンだった。言葉も無く近付くと、直ぐさまナナミの額に手のひらを当てた。
    「ナナミ。今すぐホウアン先生のところへ行って」
     リアンに促されるがままにホウアンの元へと訪れ、診察され──巷で流行している風邪であることが判明した。
     引き始めは大したことはないが後に高熱が出るという流行病は、例にも漏れずナナミにも同様の症状を齎した。普段は元気に起きてくるはずのナナミがベッドの中で呻いているのを見、本拠地で休むよう伝え、今に至る。
     ナナミの願いは虚しく、リアン達が立ち去り鎧の擦れる音が聞こえなくなると、周囲は鳥の声すら聞こえてきそうな程に静まり返った。一兵卒はそのまま待機しているとはいえ、ナナミ達が滞在している居住区にまで彼らが入ってくることはほぼ無く、多くの人を受け入れている城とは思えないほど静寂に包まれていた。
    「リアンもティアくんも、酷い」
     普段よりも僅かに声を潜めて、ナナミは口を尖らせた。近くにあった木製の椅子を手に戻ってきたティアは笑みを浮かべている。
    「お姉ちゃんだから、ずっとリアンの傍にいたいのに、駄目だなんて言うし」
    「調子の悪いナナミが近くにいたら、リアンはずっと心配してしまうだろう? 君を気にかけていたら、もしかすると敵の攻撃への注意が疎かになってしまうかもしれないし」
    「そんなの、薬飲んでたら治るし、私がリアンを守るから大丈夫だよ」
    「そうかな。いつかは治るけど、こうして休んでいるほうが早く良くなる。長く苦しむよりも早く治して元気な姿で再会できたほうがリアンも喜ぶと思わないか?」
     その顔があまりにも穏やかで、だらだらと文句を並べ立てているこちらが子供のように見えてしまう。
    「……ティアくん、酷い」
     ナナミは再び、恨めしい目でティアを見た。然程気にしていない様子で、ティアはナナミの額からタオルを取ると、サイドボードに置いていた水桶に漬して絞る。そっと戻されたタオルはひんやりと心地良く、ナナミは自然と目を瞑った。
    「……嘘。酷いだなんて思ってない。ごめんね」
     躍起になって目の前にいるティアに絡んでしまうのは、言われていることが全て事実であり、追及されたくない事情でもあるからだ。
     こんなところで我が儘を言って呆れられたらどうしようと、少年が腰掛けているだろう方向へと向き直ると、予想に反して目を丸くしているティアの顔が見えた。しかしそれも一瞬のことで、先程までの温和な微笑みに戻る。
    「……ナナミは優しいね」
    「優しくなんかない。リアンもティアくんも心配してくれてるのに、一人で怒って文句ばっかり言っちゃった」
    「それは責任感があるからだよ。ナナミは、リアンを守りたくて傍にいるんだね」
    「……そう、そうなの。私、リアンを守りたい。リアンとジョウイを、守りたいの」
     ナナミは思わず口許を抑えた。漏れ出た声が震えてしまっていて、まるで泣きじゃくっているように聞こえたからだった。慌てて目元を擦っても、濡れた感触はない。
     抑えているはずの胸の内が言の葉に乗って泉のように溢れてしまうのも、体調を崩しているからなのだろうか。調子が悪いと心も不安定になると、ゲンカクじいちゃんが言っていた。だから、体調には注意しなければならないと、言われていたのに。
     弟を守りたい気持ちに偽りはない。それと同じくらい、ハイランドの皇王になってしまった幼馴染みも守りたい。
     二人の背中を見詰めてばかりであることに、これ以上は耐えられない。
    「だから、早く治したいんだね。なら、良い方法がある」
     そう呟いたティアは立ち上がると、ベッドへと片手をついた。少しだけ沈み込む頭部に、ナナミはどこか朧気に捉えていた声の主が傍にいたことを自覚した。
    「風邪はね、誰かに移すと治るらしい。その風邪を、僕に移してしまえばいいんだよ」
     今、ここで。
     ナナミを見下ろしたティアの目が、細められる。その顔は先程までの先輩然としたものではないように見えた。
     ティアの顔を間近に見詰めることなど、これほど至近距離に寄られることなど、今まで一度もなかった。
     普段は達観した言動や行動を取るから大人びているだけで、こうして見るとティアの顔立ちはリアンと同じくらいの年齢に見える。宿している紋章の効果で歳を取らないと聞いてはいたが、数歳年上であることを踏まえるとその事実がしっくりと来てしまう。
     琥珀の色をした瞳が、ずっと、ナナミを捉えている。
     ゆっくりと顔を近付けてくるティアの影が、そのまま重なりそうになる直前で。
    「だ、駄目ーっ!」
    「……えっ?」
     ナナミは思いっきり、頭部に置かれていた枕の一つを取ると、ティアの顔目掛けて押し付けていた。力の入らない腕で振りかぶった枕。振り解こうと思えば簡単に出来るだろうに、柔らかい壁を取り払うことなく、ティアは未だに顔を埋めている。
    「駄目! そんなこと、駄目ったら駄目!」
    「わ、分かった、分かったから! 無理強いはしないよ……そんなに拒絶されると僕だって悲しくなる」
    「だって、そんなことしたら、ティアくんに風邪が移って苦しむってことでしょ? そんなの嫌だよ! リアンとジョウイを守りたいけど、ティアくんを苦しめていいわけじゃない!」
     呆気に取られた顔をしたティアは口を何度か開閉しながらも、そこから声が出てくることはなかった。次いで忙しなくあちこちに視線を移したかと思うと、ゆっくりとため息をつくとともに頭を抱えてから、突然ナナミの手から枕を取り上げてきた。それを布団の上へと下ろしつつ、更にベッドへと乗り上げてくる。
    「……そうか……君は、僕のことも案じてくれたのか」
    「当たり前でしょ! ……なんで笑うの?」
    「いや、だって。ナナミはやっぱり優しいなと思って」
    「また言った。優しくないよ」
    「そうかな?  僕は……ナナミにそんなに思ってもらえる二人が羨ましいけれど」
     言いながら、ティアはいやにあっさりと寝台から降りた。
    「薬と水を貰ってくるよ。あまり長く話していると君が眠れないし、これ以上戯れていると僕が困る。治るものも治らなくなりそうだ」
     ナナミの頭を撫でると、ティアは扉の方へと向かった。ナナミは慌てて起き上がろうと身を捩るが、身体の重たさには勝てずベッドの上で身動ぐだけに終わる。
    「……っ、ティアくん!」
     伸ばしたところで掴めるはずがないと知りながらも、ナナミは遠ざかっていく背中に手を伸ばした。虚空を切った腕を下ろしてから、胸元で握りこぶしを作る。
     どこか逃げ出したかのようにも見えたティアの後背を見送りながら、誰もいない部屋で一人呟く。
    「リアンやジョウイだけじゃなくて……ティアくんも守りたいって言ったら、欲張りかな」
     それを伝えたら、彼はどんな顔をするんだろう。
     穏やかに微笑んでいる顔しか見たことがなかったから、先程のティアの顔はナナミにとって酷く新鮮だった。あのような皆に見せない一面をもっと見てみたいと思ってしまった。
     あの、寂しそうな背中に抱き着いて傍にいることができたら、もっと見ることができるのかもしれない。
     ナナミは目蓋を閉じた。すっかり篭った熱を逃がすために、手のひらで頬を覆う。
     一人になって冷静になってくると、途端に気恥ずかしさが込み上げて来る。リアンとジョウイ以外の男の人を、あんなに間近で見詰めたことはなかった。それに、見詰められたこともなかった。
     風邪を移せとティアは言った。あれは、熱で茹だった頭が見せた幻覚ではない。
     なら、それは一体、どうやって?

     ──今は眠ろう。彼が戻る前に眠ってしまおう。
     顔に灯る熱が冷めやらぬなら、そうするしか方法がない。

     頭を覆うように大きく布団を被ったナナミが、弟や幼馴染ですら見たことのない顔をしていたことを、幸か不幸か、誰も知ることはなかった。


        
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