100日後にくっつくいちじろ90日目
「うい~!」
「オワッ!?」
「!」
一郎と二郎は予約したアニメ円盤を取りにアニメストアにいた。
三郎は隣にある本屋に行っているというので、二人はさっさとレジで引き換えを済ませ、店の外で三郎を待っていた。そんな時。二郎の肩に誰かが腕を回したのだ。急に背後から来られたので二郎は驚き、声を上げ、一郎も目を丸くして驚いた。振り返ると学校の友達が二人。二郎が辟易した声を漏らす。
「お前なあ……ビビらせんなよ」
「ごめんって!つい姿が見えたから。一郎さん、こんちはっす!」
「おう、元気だなあ」
聞けば友人二人はこれからカラオケに行くらしい。二郎も誘われたがこのあと三人でファミレスに行く予定なのでまた今度、と丁重にお断りをした。「行ってきてもいいんだぞ」と言う兄に「バスブロの邪魔なんて出来ないっすよ!」と友人二人が遠慮して首を横に振る。
「あ、そうだジロちゃん」
「ん?」
「つい昨日聞いたんだけど、ジロちゃん、また告白されたってマジ?」
「え……」
ほら、〇〇さん。 と、先日、放課後に引き留められて告白をしてきた彼女の名前を挙げられ、二郎はドキッとした。二郎は考えていることが顔に出やすい。友人二人はその表情を見ると「やっぱり本当だったんだ」と呟いた。
「ジロちゃんそういうの言わないからなあー」
「そりゃそうだろ……言いふらすようなもんじゃねえし」
「俺だったら自慢するけど」
「可哀想だろ、そういうの……」
「こういうトコがモテるんだろうなァー」
くそー、と悔しがる友人。二郎はそれよりも隣にいる兄の反応が気になっていた。
「じゃあ俺達そろそろ行くわ。じゃあなジロー」
「おう、またなー」
二人はカラオケへ向かって去って行った。残された一郎と二郎。
……何を言おうか。二郎がグルグルとそう考えていると、一郎が何の気なしに笑いながら言った。
「相変わらずモテるなーお前」
「っお、俺……」
「?」
「俺、ちゃんと断ったよ」
二郎はパッと顔を兄へ向け、目を見つめて真っすぐそう告げた。
「ちゃんと断った」ってなんだよ。「やめてよ」なんて照れたような反応を想像していたのに。思いがけぬ二郎の反応に一郎は目を丸くする。
「お、おう……」
「うん、その場でゴメンって断った。いい子なんだけどね」
「そ、そっか」
二郎が女の子にモテることは一郎も(そして三郎も)よく知っていた。二郎が自慢するわけではないが、なんとなく今みたいに他人から情報が入ってくるのだ。その度に断っていて恋人がいない、ということもなんとなく分かっている。
しかし今度の反応は何だ?まるで誤解のないように訂正するような。普通、兄貴にそんな報告いちいちする必要ないだろう。
「……なあ、何でそんな報告するんだ?」
一郎は思わず聞いた。
だって「モテるな」と言っただけで「オッケーしたのか?」なんて質問はしていない。
友人と話をしていた文脈的にお断りしたことはなんとなく察しがいったし。それなのに、二郎が妙に真剣な面持ちで訂正をするものだから、その真意が気になったのだ。
二郎は少し間を開けて、買ったばかりの円盤を抱え、兄から視線を逸らしてこう答えた。
「兄貴には、誤解されたくないから」
……だからどうして、そう、期待させるようなことばかり言うんだ。
そう思った一郎だったが、その実、「自分には誤解されたくない」という言葉を深読みすればするほど、嬉しくなって頬が緩んだ。どうして俺には誤解されたくないんだ、深く聞きたえしたかったけれど、こんな天下の往来、アニメストアの前でするような話じゃない気がして。一郎はとうとう「、そうか」とだけ返して黙って、二人して無言のまま三郎の到着を待ったのだった。
2025.1.25