ポカぐだ♀「お嬢!聞いてくれ!新たな事業を思いついたんだ!」
食堂の入り口からの馬鹿デカい声にビクリと肩が跳ねた。
神の声っていうのは、畏怖を抱かせ従わせる力があるのではないかと思わされる。だからいくら機嫌が良さそうな声であっても、耳にしてしまえば体が強張ってしまうんだろう。……ミクトランでの対峙を体が覚えている、というのも多分にあるだろう。
声をかけられた当人は「んー?」と気の抜けた声を上げてレタスを頬張っているが。
男はフジマルに駆け寄ると彼女の正面の椅子にどっかと腰掛けた。断りも告げず、我が物顔で。
きっと神だから許可はいらないとか、許されると思ってるんだろうな。
……いやいや、許す許されるじゃないんだよ。他のサーヴァントたちのリアクションが怖いんだよ。現にあの男がフジマルの前に座っただけで食堂の空気がピシリと張り詰めたワケで。
執着心の強いサーヴァントたちの刺すような視線が一箇所に集中している。……当人たちはまったく気にしていないけれど。僕の方が胃が痛んでくるんだが。
サッサと昼食を平らげてしまおう。僕はこの居心地の悪い空間からひっそりと退散することにした。とばっちりはごめんだ。
アステカの神は殺気だった周囲の視線なんてものともせず事業計画を語り出した。通る声なもので、聞きたくなくても耳が拾ってしまう。
「今度の品は需要がかなり高い!市場調査をしたが潜在顧客は意外と多かったんだ。
とりあえず購入へのハードルを下げるために初回パックは値段を抑えるつもりだ。その代わりアフターサービスと購買意欲を煽るオプションを後発販売して、カネを稼いでいくって算段だ。
その後の展開もすでにオレの脳裏に描いているんだが……ふ。さすがに何度も同じ失敗はするまい。まず堅実に、目の前の計画を成功させなくてはな。
工房と職人は既に押さえてある。初期投資はちとデカいが……なに、軌道に乗ればすぐに回収できるさ。
今回こそ大成功間違いナシ!おまえさんはカネさえ出してくれればいい。共同経営者として利益折半で……」
男は抑揚をつけて朗々と語る。視界の端で金の髪を揺らし大袈裟な身振り手振りも見てとれた。
なんだ、コレ、アレだろ?詐欺の手口じゃないか?
本人は騙そうと思ってないかもしれないが、どうせ失敗するんだ。詐欺みたいなものだろ!大金失って、デイビットみたいにすっからかんになるぞ?
僕はフジマルに念を送った。
ちゃんと断れ。断るんだぞ?穏便に、しかしハッキリと!
「ん。いーよー。」
フジマルウウウウ!!!
僕はフォークをギリギリと握り込んだ。アイツ……!のほほんとリスキーな契約を結ぼうとするな!!
止めにいこうとテーブルに手をついた。しかし立ちあがる前に男の慌てた声が聞こえてきた。
「いや待て。オレは即答を求めてはいない。話は最後まで聞けよ?そういう姿勢はダメだ。良いように騙されちまうだろ。
あとで事業計画書と契約書を渡すからちゃんと読んでくれ。読んでから決めればいい。
……いや待て。ちゃんと端から端まで熟読するんだぞ?わからないことがあればちゃんと確認するように。」
あんなに調子のいいことを吹き込んでいた男の小言が始まった。彼の言うことはもっともだ。あの男、お人好しのフジマルを唆して大金を騙し取るつもりなのかと思っていたが、本当に下心はないらしい。ホッと息を吐き、背もたれに体を預けた。
よかった。これがタビデ王やシバの女王ならばいいカモにされるところだ。
フジマルも後で契約書をしっかり読み込めば、冷静になって保留するだろ。
「はぁい。
でも、べつにいいのに。」
せっかくの忠告を受けてもフジマルはカネを出すことに乗り気のようだ。くすくすと、やわらかい笑い声が聞こえる。
「テスカトリポカが楽しそうにしてると、わたしもうれしいから。
お金のことは気にしないでチャレンジしてみて。」
「お嬢……!」
ガタと椅子が乱暴に滑る音がした。
「んっ!」
「ああーッ!」
「ちょっ!」
近くにいた清姫の叫びと沸き上がる怒気に思わず体が竦み上がってしまった。
え?なんだ?
清姫やこの世の終わりのような顔のゴッホの視線を辿る。そこには見つめ合うフジマルとアステカの神がいた。
男はフジマルが腰掛ける椅子の背もたれに手を置き彼女の顔を覗き込んでいた。フジマルは驚きの表情で、男の方はサングラスで表情は読めないが口元には笑みが浮かんでいる。
え?何があったんだ?
「必ずおまえさんに勝利を授けてやる。成功を祈ってくれ?」
男は低く囁き、跳ぶように颯爽と食堂から出て行ってしまった。嵐のような男だ。
フジマルはしばらくしてもぼんやりと食堂の入り口を眺めていた。なんだか顔が赤い。体調が良くないのだろうか?それとも支出金に今更慌てているのだろうか。
「おいフジマル。大丈夫か?」
フジマルに近づき声をかけた。フジマルは弾けるように顔を上げ、僕とわかるとへらりと笑った。
「大丈夫だよ。ちょっと驚いただけ。」
「そりゃ驚くよな。」
僕は腕を組んでうんうんと頷いた。
僕の反応になぜかフジマルは慌てだした。
「え。もしかしてカドック、さっきの見てた……?」
「ここ食堂だぞ?アンタのこと、だいたいみんな見てるだろ。」
「マジかぁ……。うわー、恥ずかしい……!」
顔を覆って羞恥に悶える姿に呆れてしまう。みんなの前でカネの話はたしかに気が引けるだろうが、いや、マスターがどうしてるかなんて、みんな気にしてるだろ。無自覚過ぎないか?
「いいのか?あんな簡単にカネを渡してしまって。」
気になって出資金てやつを尋ねてみれば、フジマルはあっけらかんと大金を告げた。
「まだ事業計画書読んでないけど、だいたい3億QPだって。」
「さんッ!?
そんな大量のリソース、ポンポン出すなよ…….ッ!」
顔を引き攣らせた僕にフジマルはけらけらと笑った。
「いーのいーの。QPはみんなの強化にしか使わないし。今急いで必要なワケじゃないしね。
それに、」
いったん区切ると彼女は食堂の入り口へと目を向けた。
「いつも不敵に笑うあのひとがあぁやって目キラキラさせて夢を語るの、かわいいじゃない?」
そう語る横顔はいつもの元気いっぱいな彼女らしいものではなく、落ち着いた女性らしいもので。思わず見入ってしまう儚い微笑みを浮かべていた。
見たことのないフジマルを前に僕は喉がつっかかるような、気管が締まるような気がして心臓のあたりに手を当てた。ぎゅっと押しつける。
なぜかくるしい。
フジマルはしばらく入り口を見つめていたが、勢いよく振り返っていたずらっぽく笑った。
いつもの彼女らしい笑みだ。
僕はホッ息を吐いた。気がつかない内に息を止めていたようだった。
「ま、QP溶けても、テスカトリポカにはカラダで払ってもらうしね。」
「はぁ!?」
露骨な物言いに驚いて素っ頓狂な声を上げてしまった。それを見て楽しそうに笑うと、フジマルは片目を瞑ってにんまりと笑った。
「扉開けるの、嫌がっても付き合ってもらえるじゃない?
しっかり働いてもらうのよ!」
ケタケタ笑う顔を見ているとドッと疲れが襲ってきた。そうだ。フジマルはこういうヤツだった。
僕は海よりも深いため息を吐いた。
「……アンタ、誤解を招くような発言には気をつけろよ?そのうち身を滅ぼしかねないからな。」
彼女には僕の忠告の意図は伝わらなかったようだ。
フジマルは「えー?なにそれ?」と、いつもの調子でおかしそうにきゃらきゃら笑った。
このフジマルの方がいい。人類の未来なんて、とんでもないのを背負わされてしまっているんだ。戦いのない時はこうやって、可愛らしく笑っていてくれたらいい。
さっき見てしまった大人びた彼女の横顔を頭の片隅に追いやって、僕はいつものように彼女に苦笑を返すのだった。
「ところで新しい事業ってなんなんだ?」
「わたしの部屋1/12スケールを売るんだって。後で家具とかカスタマイズできる小物を売るらしいよ?」
「それ売れるのか……?」
尚、マスターのマイルーム1/12スケールは僕の予想とは裏腹に一部サーヴァントにウケて予約が殺到したらしい。しかしあまりにも精巧に作られたために、セキュリティの観点から発売中止を余儀なくされたそうだ。
やはり今回も彼の事業は失敗に終わってしまったらしい。
***おまけ***
「なぜだ……今回こそは絶対上手くいくと思ったのに……!」
「まぁまぁ。権利関係って複雑だよね?」
「はぁ。ようやくおまえさんを魅惑の高級スパへ招待できると思ったんだが……。」
「気長に待ってるよ。
……ところで、出資金についてなんだけど。」
「……ウッ。製造はもう始まってたから、カネならもう無いぞ!?」
「うん。大丈夫だいじょーぶ。テスカトリポカにはカラダで払ってもらうから♡」
「……………………なんだ。おまえさん、オレを情夫にと望むのか?」
「ん?じょうふ??いや、今扉開けるの半額セール中だから、周回をね……?」
「たしかにこれまでの損失を考えれば相応しい対価と言えよう。分不相応な願いと一蹴はするまい。」
「え?なんか急にねっとり話すね??」
「やさしくする。おまえさんに天国を見せてやるよ。」
「ひゃん!?ちょっ、耳元で囁かないでっ!だから、しゅうか、ヒッ!んむぅー……ッ!」