ポカぐだ♀カルデアマスターに強敵が立ち塞がる。今まで何度も決戦を乗り越えてきたが、今度こそ生きて帰れないかもしれない。それほどの敵であった。
「くっ……勝つ!勝ちたいけど!……一か八かか……!」
カルデアのマスター、藤丸立香は表情を険しくし奥歯を噛んだ。彼女の額には脂汗が浮いている。足は力強く大地を踏みしめているが、肩で息をしていて満身創痍であった。
ここに至るまでボス級の敵が何体も襲いかかってきたのだ。なんとか切り抜け決戦の地へと辿り着いたが、すでには令呪二画を消耗していた。
6騎いたサーヴァントも殆どが敵を屠りマスターを守りそして撤退してしまっていた。いまや隣に立つ男ひとりきりを残すのみであった。
立香はその隣の男……アステカの全能神であるテスカトリポカを振り仰いだ。彼こそがマスターの相棒とも言える、強い絆と絶大な力とを持つサーヴァントであった。
立香はまるで睨みつけるがの如く力強い眼差しを彼に向け、声を張り上げた。
「ねぇ!お願いがあるんだけど!
いい?わたし、悔いを残して死にたくない!」
「許す。望むままを言うがいい。」
請われたテスカトリポカもまた、平時であれば怖気付きそうなほど瞳をギラつかせ、低く短く答えた。戦いを前に気が昂っているようだ。目は血走っていて、瞳孔が開いている。
立香はテスカトリポカの答えを聞き男と向き合って立った。テスカトリポカが何事かと怯んだ隙に彼の両の手を取り、自分の胸元へと引き寄せる。
彼女の胸元に導かれた指先からは少女の鼓動が伝わってくる。トクントクンと、生きているのだと告げていた。
何度も瞬く湖面色の瞳を見上げ、立香は眼差しを緩めにっこりと微笑んだ。
「テスカトリポカ、今までありがとう。
あなたのことが大好きです。」
頬を染め、春の日差しのような笑みを浮かべ、先ほどの腹に力を入れた声から一転、小鳥のさえずりのように愛らしく、彼女は告げた。
「は……?」
テスカトリポカはそれきり言葉が続かなかった。想定外の愛の告白に呆気に取られ、瞳を大きくし固まってしまった。
その間に立香は彼と繋いだ手を離すと紅潮した頬を誤魔化すようににっかと笑った。すっきりとした晴れやかな笑顔だ。
「よーし!もういつ死んでもいい!
覚悟決めて迎え撃つ!」
テスカトリポカの前に立っていた立香は彼の隣へとターンした。肩を並べ、自身の頬を叩き気合をいれた。
深く息を吸い、一画を残す右手を敵へ向かって突き出す。腹に力を込め力の限り叫んだ。
「テスカトリポカ!迎撃準備!」
常ならば、威風堂々、泰然とした声が応じてくれるのだが、彼から言葉が返ってこない。
訝しんでテスカトリポカを見上げた立香はであったが、彼の表情を窺い背筋を凍らせ恐れ慄いた。
彼は強敵を前にした先ほど以上に険しい表情で彼女を見下ろしていた。青い瞳がギラリと光り、射殺さんばかりだ。
「……この後みっちり問い詰める。ぜってぇ死なさねぇぞ……?」
押し潰されそうなほどの威圧感を溢れさせ、彼は地を這うような低い声で告げた。
はやまっただろうか。立香は少し後悔したが、すぐにその考えを改めた。彼への気持ちを伝えず死ぬほうが、きっと後悔する。
怒りに近い波動を撒き散らすテスカトリポカに向け、立香は口の端を上げ不敵に笑った。
「生きて帰ったら、もっといっぱい聞かせてあげる!」
「…………チッ!」
テスカトリポカは顔を歪めたと思えば舌打ちを残し、前方の敵へと駆けて行ってしまった。まるで立香から逃げるかのような素早さである。
舞い上がった旋風に驚き、立香は腕で顔を覆いった。空気を裂くような強い風を防ぐ。風が止み腕を下ろすと、前方にゆっくりと戻るテスカトリポカがいた。
彼は時を経ずに敵の首を片手に得意げに戻って来たのだった。
カルデアへ帰還後、居た堪れない思いを味わったのは、好意を聞かされ続けたテスカトリポカか、どういうつもりかそれだけでいいのかと詰問された藤丸立香か。それとも両者共にであったか。それをもってどのような決着がついたのか。
それを知るは当人たちのみである。しかしマスターの部屋での「密談」は数日に及び、出てきた彼らを見るにそれ以上の何かがあったことは明白であった。