仗露道場2024/12/2「爪」(2023/2/28お題) 露伴がソファで背中を丸めている。大きく脚を開き、前かがみになって、一心に取り組んでいるのは両手の爪のヤスリがけだった。
おれなら短くなるまで爪切りでパチパチ切っちまって、ヤスリは仕上げに使うだけだ。だが露伴は違った。いかにも高級そうなヤスリを何本も使い分けて、根気よく形を整え磨き上げていく。
「あれ?」
漫画を描く手を露伴はとりわけ大事にしてるし、それでなくてもこだわりの強い男だ。神経質に指先ギリギリまで削っている様子を眺めていると、ふと違和感に気がついた。
「あんた、昔はマニキュアとかしてたよな」
「は?」
露伴は手を止めて顔を上げた。何年経っても露伴がこっちを見てくれると、おれは無条件でうれしくなっちまう。
「なんだよ、藪から棒に」
「いや、すっげー爪短くしてっから。机とかにカチカチ当たんのがイヤなんかなーって思ったんだけどよ」
それどころか、長く伸ばした爪を色とりどりに塗ったくってた時期もあった。女みてェって洩らした億泰を「若いくせに、頭も固ければ美意識も低いんだな」とせせら笑ってたっけ。
あれはいつのことだったろう。確かおれたちは制服だったから、それなりに昔の話のはずだ。あそこまでのはいっときのマイブームだったが、それでもちょっと前までは、ここまで深爪するタイプじゃあなかった。
露伴はしばし無言だった。筆みてェなので指先を丹念に払っている。
「傷つけたくないから、かな」
やがて、ひとりごとのように洩らした。
「傷……」
おれはしばらくわけがわからなかった。思い当たって、カーッと頬が熱くなる。
おれを——その、そーいう意味で受け入れるために、露伴には準備が必要だ。身体の中でもとりわけ繊細な部位に指を挿し込み、ナカの粘膜に触れる。
そりゃあ、ケアは必要だよな。言われてみれば確かにおれも、心おきなく露伴にさわれるよう、右手には細心の注意を払っている。
そっかー。おれと、えっぴするために……グッとくるじゃあねーか。
「スケベ面でニヤニヤしてんじゃあないよ」
ぽすん、と鼻先に丸めたティッシュが当たった。露伴がわざわざ箱から引き抜いて、みごとなコントロールで投げつけたのだ。
「自分は治せないくせに」
「?」
露伴が言ってたのが、無我夢中でしがみついた時におれの背中に作ってしまうひっかき傷のことだと聞かされたのは、翌日の朝のことだった。