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    らいむ

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    仗露道場2024/12/4「苦い」(2023/3/2お題) ぜひ会いたいと連絡すると、当たり前のように「いつでもいいよ」と即レスが来る。微妙に感覚が麻痺しているが、相手が二十年来愛読している作品の著者であることを考えると、なかなかにそら恐ろしいことだった。推しとLINEでつながってるなんて普通はありえない。
    「露伴先生!」
     カフェに入ってきたその人を見とめて、康一は軽く腰を浮かせた。
    「やあ康一くん、元気そうだね」
    「お久しぶりです。先生こそ」
     昔は毎週のように、ここで最新話の感想を伝えていたものだった。いまや康一も気楽な学生ではなく、顔を合わせる機会はめっきり減っていたが、目の前の人はほとんど変わっていなかった。
     ピンと伸びた背すじ。トレードマークのヘアバンドとイヤリング。艶のある黒髪。いきいきと鋭いきらめきをたたえた、グリーンとブラウンのの瞳。巷では時の流れを感じさせない容姿をかつての主要キャラクターになぞらえて、実は吸血鬼なんじゃあないかと冗談まじりにささやかれていたりする。しかし一つ屋根の下で暮らしたこともある康一は、この天才が生身の人間であることを知っていた。
    「お忙しいのにお呼び立てしてすみません」
    「全然かまわないよ。他ならぬ親友のお誘いだからね」
     いや、変わった部分もある。まず表情がやわらかくなった。それに服装も、相変わらず奇抜だが、こと露出度に関しては変わったと言えるだろう。年齢をわきまえて、などという性格ではないし、体型だって昔のままだ。理由が他にあることは明らかで、康一にはそれもうすうす察しがついた。
    「別ミ読みました! そのことを、どうしても直接お伝えしたくて」
     集○社発行の少女漫画誌に、露伴が読み切りを描いたのだった。り○んよりはお姉さん向けの雑誌とはいえ、少年漫画家としても容赦のない作風で知られる露伴の意外すぎる新作発表は、次号予告の段階でSNSでのバズりっぷりがネット記事になったほどだった。
     岸辺露伴がラブストーリーを。最初のその驚愕は、「岸辺露伴に胸キュンなんか描けるのォ〜?」「どーせめちゃくちゃエグい話なんだろ」などといったぶしつけな猜疑に変わり、最後には嵐のような感嘆となった。
     どこにでもいる女子高生と転校生の男の子。みずみずしくも不安定な想いがすれ違う王道展開はどこからどう読んでも少女漫画で、それでいて紛れもなく「岸辺露伴」だった。初恋の甘さ苦さが彼らしくこれでもかと描き出され、片時も目が離せない三十二ページの末に、ついに心を通じ合わせた二人の未来を暗示して物語はさわやかに幕を閉じる。
     おぞましいものを描けば「生理的にキモチ悪い!」とまで言われる圧倒的画力は、誰の心にもある美しくも気恥ずかしい思い出を、唯一無二のリアリティで描ききった。少女漫画とか少年漫画とか、そんな区別がそもそも無意味なのかもしれなかった。
    「すごく良かったです‼︎ 最後に空港で再会できたところとか、ちょっぴり泣いちゃいましたよォ、ぼく」
     両手を拳に握りしめた康一に、露伴は満足げにほほえむ。
    「そんなふうに言ってもらえると、作家冥利に尽きるね」
    「いやあ、いい歳してお恥ずかしい話なんですが」
     後ろ頭を掻いてから、康一はぐっと身を乗り出した。
    「ところで、どうして別ミだったんですか?」
     LINEで済ませなかったのは、そこが知りたいのもあった。康一はだいぶ怖がりで、どちらかと言うと好奇心は控えめなほうだと自認しているが、初めてのジャ◯プ系列以外の出張先に少女誌を選んだ理由は気になっていた。しかも作品の内容が内容だ。
    「依頼されたから」
     しかし、露伴の答えは拍子抜けするほど簡潔なものだった。
    「昔の担当で押しの強いのが、今は別ミにいるんだよ。そいつが『恋愛漫画を描いてくれ』って言うもんだからさァ」
     それで「あれ」かぁ……と、康一はふと遠い目になる。片や露伴はいたずらっぽく笑ってみせた。
    「最初は君のことを描こうと思ってたんだぜ」
    「え、ええッ?」
    「だって、ぼくが知る最高にお熱いカップルって言ったら君んとこだからさ」
    「いやあ、そんな……ハハ」
     確かに、交際初期にはいろいろあった。誘拐されたり軟禁されたりあげく失禁したり電気椅子にかけられかけたり。だがそれ以降は平和なものだ。由花子は今なお時にやりすぎなぐらい康一を愛してくれるし、康一は彼女のそのものすごくタフな性格が好きだった。たまに善良な同僚から「なあ、おまえほんとに大丈夫か……?」などとおそるおそる尋ねられたりするが、康一にも彼女がはっきり言って異常なことはわかっている。だが康一は彼女のそういう性格こそをいいと思っているのだから、何も問題はないのだった。
    「けどそれじゃあリアリティに欠けるだろ。ぼくは君たちの恋愛の、いい部分しか知らないんだから」
     コーヒーをひと口飲んで、露伴はつと視線を右上方に投げる。
    「いや、もう時効だから言うけど、ケンカしてるのを見かけたこともあったっけな」
    「ええッ⁉︎」
     康一にしたら聞き捨てならない発言だったが、いくら問いつめても露伴はのらくら笑うばかりで、それ以上を教えてはくれなかった。
    「ま、でも一ペンだけだしね。そんなのはおとぎ話になっちまう」
     だから、露伴は「あれ」を描いたのか。
     キャラクターやシチュエーションは、もちろんまるで違っている。しかし主人公の少女の、幾度も往生際悪く打ち消しながらも否応なく惹かれていく感情や胸がかきむしられるような気持ちの揺れは紛れもなく、康一が長年見てきた露伴自身の恋だった。生血がしたたるようなそれを描き尽くした筆力に感嘆しつつも、作家というのはここまで己を腑分けしてみせねばならないものなのかと、うすら寒さを覚えたのも正直なところだ。
     康一の顔色に何を察したか、露伴は安心させるようにほほえんでみせた。んー、と思案顔をつくり、すらりとした人さし指を唇に当てる。
    (う……うわー)
     露伴が最も変わったのはこんなところかもしれない。もともと独特の魅力を備えてはいたが——いつの頃からか、えも言われぬなまめかしさまで醸し出すようになったのだ。二十年来の付き合いの「親友」に色気を感じてしまうなんて、と康一はうしろめたさに冷や汗をかいた。露伴自身や仗助もさりながら、万が一にも由花子にバレたらと想像するだに恐ろしい。
    「漫画家として描かなきゃってより、描き残しておきたかったんだろうな、ぼくが」
    「……」
    「だって、二度とない貴重な体験をしたんだぜ。これを描かない手はないさ!」
     一転子どものように顔を輝かせた露伴に、康一は思わず苦笑いした。そんなところは昔から変わらない。イカレ漫画家の面目躍如だ。
    「どうせあいつは読まないんだし、何を描こうと問題はないだろ」
     フフンとしたり顔した露伴に「そうですね」と合わせながら、いつか仗助くんにも読ませてみたいなあ、と康一はひそかに考えた。
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