お誕生日おめでとうきらめく真紅。
濃厚な甘い香り。
少し硬めの果肉に歯を立てると潰れた部分から甘酸っぱい果汁があふれる。朝早く出かけた市場で、人々に配布されていた苺は随分と美味かった。
貴重な果物を無料で配るなんて、変わった人間もいるものだと彼と話をした。
買ってきた食材で彼が今日は腕を奮うと言うので、ソファでくつろがせてもらう。
誕生日だからと、サイドテーブルには僕の好きなワインと先ほどもらった苺が数個。
至れり尽くせりだ。
◇
「ぱぱ、おいしい」
少し舌足らずな喋り方、どうしたって可愛い声。愛娘の柔らかくふくふくとした手には苺。
私が何年もかけて改良を重ねた新品種は、コロニーでの栽培に特化したものだ。コロニーごとに少しずつ違う環境にも適応できる、強い品種だ。
硬めの果肉は傷みにくいので運搬にも強いし、勿論味は申し分ない。濃厚な甘さだけでなく酸味もしっかりとある。ケーキ、特に生クリームを使ったバースデーケーキに合うように改良を重ねた自慢の品種だ。
愛しい娘の口元についた果汁を拭ってやる。彼女がここにいる奇跡に感謝する。
シャアの反乱と呼ばれる戦争で地球には隕石が落ちた。そのせいで落下地点周辺の環境は激変した。
その頃は社会全体がざわざわと落ち着きがなく日々のニュースに一喜一憂していた。様々な思想が行き交い、討論され、何が正しくて誰の言葉が真実なのかよくわからなかった。それでも生きていくためには働かなければならないし、そんな難しいことをゆっくり考える暇もなかった。それに加えて、妻は妊娠中。娘が産まれる事だけに集中できない居心地の悪さと歯痒さはたまったものじゃなかった。明日への不安と焦燥感。そんな時に彼女は産まれた。
今でも目に焼きついて離れない光景がある。長く続く陣痛の最中に、信じてもいない神に祈りを捧げるために一瞬だけ窓から空を見上げた。その空は緑色のオーロラに包まれていた。あり得ないと思った、その瞬間に産声が部屋に響いた。
生まれた我が子は信じられないほどに柔らかかった。弱々しく見え、とても小さいのにも関わらず、胸を上下させながら、大きな大きな力強い声で泣いた。
命なんてそこら中にありふれていていて、普遍的なものだと思っていた。でもそれは間違いだったのだ。
ただそこに一つしかない、間違いなくそれは奇跡そのものだった。
もう一度空を見上げ、信じてもいない神に感謝をした。
彼女が産まれてからほどなくして、あの緑色の光は実はオーロラではなかったという話を耳に挟んだ。娘の名前をあの神秘的な夜空からとったこともあり、私は詳しく調べることにした。
結果的に言えば、世の中には知らない方がいいことが沢山あるのだと知った。それと同時にこれだけ人口が多ければ、調べようと思えばいくらでも調べられるものなんだということもよくわかった。
そしてあの日の緑色の光のもとには何が起こっていて、誰がいたのかを知ることとなった。
アムロ・レイ。
ニュータイプ論というものが世間を騒がせ、劣勢であった連邦政府軍を勝利に導いた少年兵がいた。若干16歳ながらニュータイプ能力を駆使し、数々のMSや戦艦を沈めたという連邦軍の英雄だ。
一年戦争についてのテレビ番組でよく流れていた映像の中の彼はごく普通のありふれた少年で、どちらかといえば内気で優しそうに見えた。沢山のジオン兵を倒したようには見えなかった。
その彼が、娘が生まれたあの瞬間に宇宙に、オーロラの光の元に居たというのだ。地球に堕ちようとする小惑星アクシズを、敵味方問わず共に力を合わせ押し出したとかなんとかで、その時の謎の発光現象光があのオーロラの光だったとか。
こんな嘘のような話を信じるものもいれば、ありえないという人間もいる。私はというと、前者だ。
さて、話を新品種に戻そう。
彼の存在がなければ、今の私たちはいないし娘も当然産まれていない。いわば彼は命の恩人なのだ。
そんな彼への恩返しにと、わたしは彼の好物だと噂の苺の新品種を作ることにした。
そして完成したそれを彼の誕生日にさまざまな場所で配布をするのだ。
毎年続けていればもしかしたら宇宙の果てのどこかで彼が食べてくれるかもしれない。そんな願いを込めて今年も配布をした。
品種名は、Nov 4th,とした。随分と安直だが、気に入っている。
彼の手には届いただろうか。
産まれてきてくれてありがとう。
心からの感謝と祝福をあなたに。