ジューンブライド 諏訪がホテルのロゴが入った大きな紙袋を下げて帰ってきたのは、テレビのゴールデンタイムも終盤に差し掛かった頃だった。
「おかえり、意外と早かったな」
そう言って荒船は諏訪を出迎えると、引き出物が入った紙袋を受け取る。最近ではパンフレットから好きなものを選ばせる物も多いが、袋は皿でも入っているのかという重さがある。諏訪が今朝手入れしていった靴を脱ぎ、上着を脱ぎながらハンガーにかけ始めると「風呂も沸いてるぜ」という荒船に「助かるわ。すぐ入っていい?」と律儀に聞いてくる諏訪にいいよと伝えた。
諏訪が風呂に入っている間に引き出物の袋を見分すると、有名なロゴが入ったペアのマグカップと、とバームクーヘンに紅茶のティバッグのセットだった。当たり障りのないシンプルなデザインなのでこれなら貰った方も困らないだろう、という意図を感じる。諏訪も次の夏で三十路を迎えるから既婚者の出席者も増えているのかもしれないと、数年前から殆ど同棲という暮らしをしている荒船は他人事のように思った。
「引き出物なんだった?」
マグカップを元通りに仕舞い直していると、諏訪がタオルで頭を拭きながら風呂場から戻ってきた。
「ペアのマグカップとバームクーヘンとティバッグのセット」
「ふぅん。使えそう?」
「まあな、今の奴もだいぶ長いしマグは新しいの使ってもいいんじゃね?」
話ながら仕舞いかけた引き出物を卓袱台の上に出すと諏訪は「そうだな」と言って冷蔵庫まで行くと缶ビールとグラスを出してから戻ってきた。寝巻にしている草臥れたハーフパンツに首元が緩いTシャツは、帰宅時のスーツ姿とは雲泥の差だ。缶ビールを開けてトポポといい音を立ててグラスに注ぎそれをうまそうに呑むと「あ~やっぱ家が最高」としみじみと言う。
「なんで?大学時代の友達の結婚式だろ?久しぶりで楽しかったんじゃねえの?」
荒船が言うと諏訪はゴクゴクと喉を鳴らしてグラスを空にすると、残りのビールもすぐ注いだ。
「まあな、楽しかったけどよ。なんつーかまあ繊細な年頃だからな」
ふー、と息を付いてグラスを持つとベランダに向かう。
荒船が部屋に居つくようになってからいつの間にかベランダが諏訪の喫煙所になってしまった。荒船としては諏訪がどこでタバコを吸おうと気にしないし咎めたこともないのだが、諏訪はいつまでたっても荒船の三年先輩のままだ。たぶんこれからもずっと。闇夜の中でカチカチと安っぽいライターで火を起こし煙を深く吸い込んでるのを窓越しに見る。
世間では、大きな変化の後結婚をする者や出生率が上がったりするらしく、三門市に住んでいるとそれを荒船は肌で感じることが多い。この先荒船の知人や友人もそうやって結婚式を挙げて荒船を招くかもしれない。そして悪気なく結婚の予定を聞いてくるのかもしれなった。
荒船は卓袱台に出した二つの黒地に白いロゴが入ったモダンなペアのマグカップを持つベランダへ出る窓脇にある流しに行ってさっさと洗った。プレゼント用の箱を潰して、バームクーヘンもティバッグも片づけてしまうと、空になったグラスと共に一本吸い終わった諏訪が部屋に戻ってきてマグカップが二つ並べて置いてあるのを横目でちらりと見た。
「なー諏訪さん、俺と結婚します?丁度六月だし」
「丁度ってなんだよ」
「六月は結婚と出産をつかさどる女神が守護する月だから、花嫁は幸せになれるらしい」
「変なこと知ってるんだな」
「今朝テレビで言ってた」
「なんだテレビかよ」
諏訪はそう言いながら洗面所で歯を磨いた。
「なあ、結婚する?」
荒船は洗面台に行くと口を濯ぐ諏訪を背中から抱きしめて耳元で囁いたが、諏訪はやりにくそうに体を身じろがせえて笑うだけだ。
「入籍届出すってこと?」
「もちろん出す」
「どっちの籍いれんだよ。別性?」
「俺が諏訪さんちに入ろうかな」
「だめだな、俺んちの母親お前びいきだから俺が恨まれる」
「なんでだよ。いいじゃん諏訪哲次」
「なんか物足りない」
ひでえなと言いながら、口の中ですわてつじを転がしてみるが諏訪の言う通り、なんだかなにか物足りなかった。
「俺はまだいいかな」
濡れた口元を拭いて諏訪が振り返って言った。
「今んとこ守護されなくてもまあまあだし」
お互い脂肪が少ない体を抱き合いながら、なんとなく口を吸った。
「まあまあかよ」
釈然としない荒船を他所に、諏訪は疲れたからもう寝ると言って寝支度をはじめた。電灯が消えて部屋が静まり返ると同じ布団で寝ている諏訪に「ならジューンブライドにあやかってもう少し広い部屋に越すってのはどう?」と声を掛けると、とっくに寝ていると思っていた諏訪が「それなら賛成」と即答したので、荒船は笑いながら諏訪を抱きしめて熱烈なキスを送った。
終わり