「探偵」 探偵小説の悪影響といえば、近界民が襲来する以外のごくごく普通の毎日さえそれが侵食しているということだ。例えば刑事ドラマを見ていれば犯人を無意識のうちに先読みしてしまう。ああいったドラマというのは大抵の筋書が著名な小説や映画からのオマージュも少なくなく、トリックや犯人への道筋がとても分かりやすく、子供の頃はその推理をよく考えもせず披露しては母親をがっかりさせた。
その度に「ああいうのはね、自分で推理する人もいれば道中の道筋なんかどうでもいいっていう視聴者もいるんだから、例えあんたが前者でも、なんでもかんでも口に出せばいいというものじゃない訳。おわかり?」と本当に面白くなさそうに言うので、諏訪はほんの数回の失敗で母親の楽しみを奪う事はなくなった。
話は逸れたが、とにかく喫煙所から戻った諏訪の目の前にはメモ紙が一枚隊室のテーブルの上にこれ見よがしに置いてある。諏訪隊は現在待機中の為、隊室はにぎやかだ。
けれどもだれもテーブルの上のメモを気にするものがいない。率直に言うと不気味だった。
『夜行く』
文字が書かれた面が上を向いている以上、この内容は隠ぺいするつもりはないのだろう。
ならば何故、誰が、隊員の誰もが目にする確率が高い諏訪隊隊室のミーティング用テーブルの上に置いて行ったのか?という疑問だ。諏訪隊の隊室は隊員以外の麻雀同好の士や、常設している貸出自由の本棚からマンガやら小説やらを借りに来る輩もすくなくない。だれがいつやってくるかもわからない机の上に秘密を記したメモなどは放置しておくのには向かないという事だ。
とりあえず諏訪はあたりを見まわした後、机のメモ紙に手を伸ばすとパンツのポケットに入れることにした。
次にすべきは差出人に一言告げなければならない。
あくまでも自然に部屋を出て行こうとすると、堤が声を掛けた。
「すぐ戻ってくださいね」
「分かってる。なんかあったら呼んでくれ」
平静を装って諏訪は廊下を出るとトークアプリでメッセージを送った。すぐさまメッセージに既読がつくと折り返すまもなく呼び出し音が鳴った。
『よく俺だって分かりましたね』
電話口の声は実に楽しそうに言った。
諏訪は黙る。ネタバレはおいそれとすべきではないのだ。だが、電話の主は諏訪の母親の忠告を知るはずもないので『なにか買ってく物とかありますっけ』等と無邪気に諏訪を煽った。
「別にないと思ったけど」
『けど?』
「お前のクセ字特徴ありすぎるし、隊室から持って行ったディスク返しに来たなら言伝にしたって良かっただろ」
諏訪が苦々しく言うと電話口からくすくすといじわるそうに笑う声が響いた。
『さすが名探偵。諏訪さんが俺と付き合ってんの隠そうとしてるのがいじらしいからなぁ』
「荒船、テメェセリフがまんま悪役だからな」
荒船はひとしきり笑うと電話を切った。
諏訪は溜息を洩らしたが、メモの説明を要求されるだろうと思うと何とも面痒く何とも言えない気分だった。
終わり