花粉症🤧庭で薬草を干していると、遠くの空から大きなくしゃみが聞こえてきた。
「ぶえーっくしょ!」
「あ?」
振り仰げば、豆ほどだった影はみるみるうちに近づいてきて、よく知った男の姿になる。
ドラゴンの背に乗った兄は、ふわりと庭に降り立った。
「いぢまづ、来たぜ……っくしゅ!」
涙目で鼻の頭を赤くして、それでもカラ松はへらりと笑って見せた。
以前、こいつが足を失う大けがを負った時、何があっても、死んでもおれの所に帰ってこいと啖呵を切ったことがある。
ドン引きのトド松や呆れた様子のチョロ松、ニヤニヤ笑うおそ松兄さんや穏やかに笑う十四松。
そして一番訳が分かっていなさそうなカラ松は、勢いに押されたように頷いた。
それ以来、ちょくちょく来るようになったのは良かったけれど、たまにおれは分かってるんだぜみたいな顔をされるようになったのはムカつく。
閑話休題。
「鼻水拭けよ」
「すま……っぐしゅ」
「今年はもう来ないのかと思ってたけど」
ズビー、と鼻をすするカラ松を家に招き入れながら言う。
ドラゴン研究家のカラ松には、渡りの時期に毎年観察している群れがいる。
顔を覚えてもらうのに大分苦労していたようだが、無事に関係を築けたようで、ここ数年は毎年渡りに付き合っている。
そのドラゴンの種が好むシーダという草が、アレルギーの原因になるため、ドラゴンたちに同行する少し前に大量に薬を注文してくる。
今年はとっくに取りに来ていたので、もう終わったものだと思っていたのだが。
「今年は、シーダが大量に生えてて……ふぇくしゅ! 渡りを見届けるまではギリギリもったんだけど……」
「座って」
来客用の椅子にかけさせ、額を合わせてみたが特に熱はなさそうだ。
渡している薬は、長期服用することで症状は大分軽くなるはず。
それでもあれだけくしゃみが止まらないとなると、別のアレルギーを発症したのかも。
間近で見る顔が少しぽやっとしている……のは元からか。
白目が充血している。かゆみもありそうだ。
いつも渡している薬より、薬効が強めの薬を煎じることにする。
薬棚からいくつか薬草を選び出し、鍋に入れ煮立たせた。
「薬ができるまで時間かかるし、その間に風呂入ってきたら」
「そうさせてもらおうか……っくしゅ!」
ふらふらと立ち上がり、風呂場へ消えていく背中を見送る。
しばらくすると、薬の独特のにおいが部屋に広がっていった。
戻ってきたカラ松は、露骨に嫌そうな表情で元の椅子に座る。
「すごいにおいだな」
「その分効くよ」
「背に腹は代えられないか……」
煮詰まった液体を濾して、とりわける。
目の前に置かれたコップを、少しずつカラ松は飲み干した。
嫌そうだった割に素直に飲んだのは、あんなにくしゃみばかりしていると、観察対象のドラゴンからも警戒されるからだろう。
「しばらく続けないと意味ないよ」
「分かってるさ。期間は?」
「……十日、くらい?」
本当は、一週間くらい続ければ良くなるところを、少しだけ長めに伝える。
こんなことでもないと、世界中をあちこち飛び回るこの男はすぐに居なくなってしまうから。
嘘がきまり悪くてうつむくおれの、テーブルに置いた手に、ふと傷だらけの手が重ねられた。
「――分かった。じゃあ、十日はここでバカンスにしよう」
たくさん話したいことがあるんだ、と笑うカラ松に、重ねられた手の指先をぎゅっと握る。
「じゃあ、聞いてやる」
「そうだな、まずは――」
穏やかな声に耳を傾ける。
願わくば、十日以上、一緒に居られればいいと思いながら。