春一番🍃春が来たと告げる南寄りの強風。
一般的に「春一番」と呼ばれるそれは、パイロットにとってはなるべく避けたい現象だ。
着陸時に吹いていたら最悪だ。ただでさえ気を遣うのに、あまりの強風にゴーアラウンドになれば、さらに慎重にならざるを得ない。
着陸時に煽られてバウンドすればお客様も恐怖を感じるし、機体にも負担を強いる。
向かい風なら台風でもなければ大丈夫なつくりだが、横風にシップは強くない。
カニのように機体を横にしながらの着陸を試み、ここぞ! という時にしっかり機体を着地させる。
パイロットの腕の見せ所――ではあるが、できるだけ穏やかな天候を願うのが人の心というものだろう。
「はあ……」
展望デッキから空を見て、嫌だなあとため息をついていると、背中を強くドンとたたかれる。
「いっ、て」
「何してんの」
「一松!」
顔を上げると、私服の一松が立っていた。
「今日は、休みじゃなかったのか?」
「そうだけど、勉強」
家だと集中できないから、と続ける。
整備士の一松は、現在一等航空整備士資格を得る為に日々勉強している。
もともと手先が器用で、職人気質の男だから、大変だと言いつつまじめに取り組んでいるようだ。
「お前は何してんの」
「フッ、ブルースカイに華麗にはばたくイメージトレーニングを……」
「今日風強いね」
「えっ」
聞いてきたから答えたのに……と思いながら、一松の視線を追って再度外を見る。
こいのぼりのような吹き流しが、時折ぴんと張った状態で風に吹かれていた。
しばらく無言のまま、シップが数機、離陸していくのを見送る。
「心配?」
「え?」
ぽつりと聞こえた言葉に顔を向けると、存外真剣にオレを見つめる一松の顔があった。
「着陸はいつも神経つかうのに、風も強いから、心配?」
「そうだな。どんなに経験を積んだベテランでも、風はコントロールできないから」
過去に、着陸時の風によって事故が起きた事例もある。
天候によっては、降りられずに別の空港に変更したり、最悪引き返すことだって起こる。
どれだけ技術が発達したところで、自然には逆らえない。
うつむいた背中を、再度叩かれてさすがに苛立った。
「一松、そう何度も叩くなよ」
「辛気臭ぇ顔すんなよ」
そうして、窓の外を見たまま淡々と続ける。
「お前が全部やらなきゃなんて傲慢なんだよ。安全に航行できるようにスタッフ皆がバックアップしてんだから、お前はお前の仕事に専念しとけば」
「一松……」
「大体、不安ですって顔してるやつよりも、おれにどんと任せとけって顔してるやつに操縦してほしいでしょ」
少し分かり辛いが、これは激励してくれてるんだろう。
一松は基本的に優しいから、不安なオレの気持ちを軽くするために言ってくれたんだ、きっと。
「一松、ありがとう」
拳を握って差し出すと、驚いたような顔をしつつも、ポケットに入れていた手を出して、コツンと拳同士を合わせてくれた。
「なあにやってんだ、お前ら」
ハッと振り返れば、半目でこちらをにらむ機長の姿があった。
「二人の世界みたいになってるけど、機長は俺だから! 操縦すんのもメインは俺!」
「おそ松、どうしたんだ」
「お前が戻ってこないから、探しに来たんだよ!」
「あっ、ごめん」
そうか、ブリーフィングの時間か。
「行ってらっしゃい」
またポケットに手をしまった一松に、そっと耳打ちした。
「帰ってきたら、デートしような」
頬を赤くした一松に手を振っておそ松に駆け寄る。
「おそ松、今日のオレは一味違うぜ」
きっと見送りに来てくれた恋人のためにも、オレの華麗な操縦を披露しなければ。
「はいはい、訓練通りでいいから、ちゃんとお仕事しようねぇ」
気合を入れるオレを、おそ松が呆れたように笑った。