あと一歩なぁ、その笑顔に俺が何度救われたと思う?
なぁ、どうしたらお前は俺だけを見てくれる?
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「よ!クリプちゃん何やってんだ?」
いつものごとく自分のスペースでハックを弄っていれば、仲間でありライバルであり想い人であるエリオット・ウィットが満面の笑みで立っていた。
「見てわかるだろう。ハックの調整だ。邪魔するなよ」
「あーあ、そんなこと言っていいんだな」
「あぁ?何がだ」
するとどこに隠してあったのか目の前には美味しそうなサンドイッチとコーヒー。
そういえば昨日から何も食べていない。
忘れていた食欲が湧いて腹が鳴る。
「へへっやっぱり腹減ってたんだろ。お前何徹目だよ?目の下、大変なことになってんぜ」
まるで当たり前のように俺の下瞼をそっと撫でてくる此奴に、お前の距離感はいつもこうなのか?と問いたくなる。
初対面で俺がお前の腕をねじ伏せたのをもう忘れたのか。
やれやれどれだけお人好しなのか。
まだ触れられていた手を払いのけありがたくサンドイッチとコーヒーを受け取る。
てっきりそれで退散していくと思いきや、俺の隣にある椅子をひくとそこに座り、どうやら俺が食べるところを見るつもりのようで、なんだがどこかくすぐったい気持ちになるのは仕方がないことだろう。
「いただきます」
「はい、めしあがれ」
両手を合わせてサンドイッチにかぶりつく。
レタス、トマト、ベーコンの入ったマスタード味のサンドイッチ。
マスタードも手作りなのか辛さがちょうどよくとても美味しい。
「美味いな」
思わず素直に声に出してしまうくらいに美味しかった。
ウィットはというと肩肘をデスクについて、嬉しそうに俺のことを見ていた。
あぁ、まただ。
俺をそんな目で見つめるな。
でないと勘違いしそうになる。
けれどそれはきっと俺の願望で、この関係性を崩したくない臆病な俺はウィットの作ってくれたサンドイッチをもくもくと食べることしかできなかった。
コーヒーもドリップしてくれたのかいつも飲んでるインスタントコーヒーが冗談抜きで飲めなくなりそうだ。
「なぁ」
「ん?」
「…いや、また今度作ってくれ。ご馳走様」
両手を合わせて空いたマグとお皿を洗いに行こうと立ち上がる。
すると手を引かれて椅子に逆戻り。
「おい、なんだ?」
「クリプちゃんってば意外と分かりやすいのな」
「は?」
言ってる意味がわからないと考え込もうとしたその一瞬、唇端に柔らかで濡れた感触。
「っな!」
ハッとしてその箇所を抑え、目の前の男を見れば、にやりと笑い赤い舌でペロリと自分の唇を舐めるウィットがいて。
『騙されたな』
試合中にそう言われた時と同じくらい、いやそれ以上に心臓が音を立てて加速する。
「ごちそうさん」
そう言って俺から空いたマグと皿を奪い取ると颯爽と俺の前から去って行った。
俺はというと椅子に座り込んだまま、ウィットの背中を見送ったあと、おそらく真っ赤になっているであろう顔を隠すことしかできなかった。
「っ…なんなんだ、一体」
まんまとやられた俺は悔しくて、けれどどうあがいても上がる口角を隠すこともできず悪態をつく。
「あの小僧、おぼえていろよ」
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(おまけ)
クリプトに口付け?もどきをした後、俺は颯爽とクリプトの前から退散した。
だって本当はそんなことするつもりなんてなかったから。
こんな気持ち墓場まで持って行こうと思っていたのに、あんなに嬉しそうに俺の作ったごはんを食べてくれたり、あんな物欲しそうな熱い瞳で見つめられたら。
そしたら無意識に体が動いていた。
閉めたドアの前にしゃがみ込んで頭を抱える。
頼む、今は誰もこないでくれ。
こんな情けない顔誰にも見せられない。
「何が"ご馳走様"だ。俺の馬鹿野郎」
2人がくっつくまであとー。