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    kirino_miya

    作品のまとめ、ちょっとした落書きなど

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    kirino_miya

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    第32楽章と33楽章の間のイメージで作りました。ピロロがいなくなってしまってからの学寮での一幕です。
    グレシェルというよりはグレートからシェルへの思いといった感じです。
    この2人は恋愛というより、現段階ではブロマンスの印象で描いています。

    #グレシェル
    #ハーメルンのバイオリン弾き
    hamelinFiddler
    #シェルクンチク
    shekunchik

    月光と針正直言って、初めて会った時はなんて夢見がちな世間知らずだろう、と思った。

    カチコチ、と時計の針の音が聞こえる。
    今時こんなアナログな時計を設置しているあたり、ここが魔法学校たるゆえんだろうか。
    太陽がとうに沈んだというのに、窓からの月の光で室内は異様なほど明るかった。
    グレートの耳は先ほどから、その秒針がせわしなく動く音と、同室の少年のか細い息遣いばかりをひろっている。

    「・・・・・・ッ・・・ぅ、・・・・・・ぐ・・・」

    スフォルツェンド魔法学校は、特殊な土地の上に建設されている。
    最寄駅から視界に入る全ての土地が、この学校の所有地なのだという。
    その見た目から監獄のようだと例えられるように、入学したら卒業までの数年を、生徒達はその敷地内で過ごすことになっていた。まるでひとつの町のように。生活するに足りる様々な施設がそこには整っていた。
    ゆえに、校内に外部の人間が入ることはめったになく、夜になり校則の就寝時刻を過ぎれば、宿直の見張りでもない限り、学寮の中を出歩く者はほぼ皆無と言ってよかった。

    カチコチカチコチカチコチ・・・・・・―――
    静寂の中で、その音はやけに大きく響いた。
    さっきまで心地よい微睡みの中にいたグレートは、しかし今はもう完全に意識が覚醒してしまっていた。それでもじっと目をつむり、枕に頭を押しつけているのには理由がある。できれば耳をふさいでしまいたい。このまま寝たふりを続けて、再びあの眠りの中に落ちてしまいたい。なんにも気づかないふりをして。

    「ぁあ・・・・・・痛・・・・・・ぃ・・・・・・」

    うっすらと目を開けた。今はっきりとシェルが『痛い』と言ったのだ。
    最初は気のせいかと思った。淡い微睡みの中、小さな悲鳴が聞こえた。意識が浮上するにつれてそれはグレートの聴覚をはっきりと刺激し始め、やがて音の正体に気づく。気になってしまうともう眠れなくなった。
    グレートがベッドの中で目覚めてからかれこれ30分近く、少年の声はずっと苦痛をうったえていた。呻き苦しみ身もだえながら、それでも息を潜めて同室のグレートに気づかせないようにしていた。

    ――ああ、クソ。
    思わずグレートは歯噛みした。
    シェルの心がわかるからこそ、できれば気づかないふりをしてやりたかった。結局自分には何もできないのだから。その痛みを与えたのは、他でもない自分自身なのだから。

    ガバリとベッドから身を起こす。シェルがハッと息を飲んだのが音でわかった。
    ゆっくりと視線を向ければ、シェルはベッドの中で丸まり、胸を押えるような格好で顔だけを毛布から覗かせていた。その瞳は痛みで眇められながらも驚愕している。それからすぐに申し訳なさそうに歪んだ。
    「ご、ごめん・・・・・・起こしちゃった、ね・・・・・・グレート」
    困ったように眉を下げて苦笑する少年の表情を、グレートは苦々しい思いで見た。
    これを見るのが嫌だったのだ。

    「痛むのかよ」
    「えっ・・・」
    「ピロロがいないから、また痛むんだろう。俺が、ぶち抜いたその・・・胸んとこがさ」

    トントンと自分の胸を指差しながら問うと、シェルの顔がさらに青ざめた気がした。
    あの妖精がこの寮を出ていってしまってから、早数日。グレートが扉越しにシェルとピロロの過去を立ち聞きしてしまってから、それだけの日数が経っていた。

    頑なに人前で服を脱がない、ルームメイトの自分の前でさえ着替える姿を見せないシェルの秘密。それを知ってしまったグレートだったが、盗み聞いてしまった手前、シェル自身にもクラスメイトにもそのことを打ち明けることはできなかった。シェルが隠したいのであれば、このままこの話は墓に持っていこうとさえ思っていたのだ。

    だが、ピロロの姿が見えなくなってからというもの、日に日にシェルの様子が変わっていった。気落ちしていることは確かだったが、それに加えてだんだんと顔色が優れなくなっていったのだ。妖精の鱗粉がいかにシェルの体の痛みを抑えていたのか。その事実が明白となった。シェルが気丈に振る舞っているせいで、彼の体調の変化に気づいているのはルームメイトの自分か、あるいは察しの良い兄のリュートくらいのものだったが。もしかするとあの司聖官あたりは、シェルの過去も含めてとっくのとうにお見通しなのかもしれない。

    グレートはベッドから立ち上がると、そのまま横たわるシェルに近づいた。歩く度にミシ、ミシ、と床が鳴る。それほどに今夜は静かだった。わずか数歩の距離を詰めると、月光のおかげでありありとシェルの姿が見えた。眠る時はさすがにあのトレードマークの帽子は外すのか、ボサボサになった髪がよけいに少年を哀れに映していた。

    「見せろよ」
    「え?」
    「その、痛むところ」
    そっと手を伸ばせば、シェルの体がぎくりと跳ねた。
    その傷はふさがっているのか、今どんな状態なのか。グレートは確かめたかっただけだが、シェルは自分の体を見られることそのものに恐怖を感じるようだった。
    寝間着の胸の部分をグシャリと掴み、顔を強ばらせながら少年は首を横に振った。
    「だ、だめ・・・大丈夫だから」
    「シェル、お前さ。なんでそんなに隠すんだよ」
    本当はこんな風に問いつめたくはなかった。ただ、あまりにシェルが苦しそうな様子を見ていられなかっただけなのだ。
    だが、グレートの言葉を聞いてシェルの瞳が大きく揺れた。
    いつも穏やかに凪いでいる栗色の双眼が、まるで波のようにゆらりと揺らめく。

    「お前が、俺や、みんなの前で体のこと隠してるのは何となくわかってる。でも、俺はさ。お前がどんなだっていい。お前は魔王化した俺の姿を見ても離れなかった。だったら俺だって同じだよ。お前が・・・お前のその服の下がどんなだって、そんなことはもうどうだっていいんだ」
    わかるだろ、とグレートは囁いた。

    しばらく沈黙が続いた後、逡巡したシェルがポツリと呟く。
    「ごめん・・・グレート。それでも、今はまだ・・・嫌なんだ・・・。君には見ないでほしい・・・・・・グレート、が、見ても」
    「俺が見たってどうにもならないか」

    しまったと思ったが、遅かった。声に非難するような色が混ざってしまった。シェルに拒否されるのが自分には思いの外堪えるようで、なんとなく悔しくなる。

    シェルはそのままベッドの中で動かず、黙りこくったままだった。
    グレートはというと、ベッドの前で立ったまま、どうしたものかと頭を掻いた。
    この少年のことを傷つけたいわけではない。むしろ大切にしたいと思っている。なのにどうして自分はうまくできないのだろう。

    ――何もできないのか?
    グレートの心に冷たい重りが落ちてくる。これほど苦しんでいる友人の前で、結局何もできない。ただ傷を与えるだけで、誰かの迷惑になるだけで、自分は何もできない。

    いや。違う。
    グレートの頭の中で、何かがはっきりと拒否した。回復魔法なんてものの才能は自分にはない。故郷にいる母のような、癒やしの力はグレートには一ミリも受け継がれなかった。
    しかし自分にはバイオリンがあるではないか。

    思い直したグレートは踵を返すと、ベッドの横に立て掛けてあるケースに手をかけた。
    パカリと蓋を開け、手慣れた仕草で弓を持つ。

    「グレート…何を…?」
    そんなグレートの姿を不思議に思ったのか、シェルは少しだけ起き上がって弱々しく首を傾げた。
    グレートは思わずふっと笑いかける。

    「眠れないお前に、極上の子守歌を聞かせてやる」
    「えっ…!そんな、こんな真夜中に」
    「大丈夫だ」

    言うなり、グレートの指は動き出した。

    不思議だった。
    バイオリンから奏でられる旋律は甘く優しく包み込むような曲で、シェルはホッとするのと同時に涙が出てきそうになった。
    はじめて聞いたはずの曲なのに、どこか懐かしい。

    耳はたしかにそれを音だと認識しているのに、音楽が、直接心に入ってくるような、感覚を絡め取られるような…まさしく魔曲だった。
    なるほど、これを聞いて眠りを妨げられたと思う者はいないだろう。深い安堵が心を支配して、かえってよく眠れるかもしれないとさえ、シェルは思った。

    「やっぱり、グレートは魔法使いだ……」

    月明かりを背後に、自分のために曲を弾き続けるグレートの姿を見つめながら、いつしかシェルは痛みさえ忘れていた。

    グレートが一曲弾き終わると、室内にはあの時計の針の音と、シェルのあえかな寝息だけが残る。
    よかった、とグレートは息をついた。
    もう一度シェルのベッドのそばに近づくと、グレートは膝をついて少年の寝顔を見た。年は近いはずだが、童顔のせいか自分よりもずいぶんと幼く見える。指先で頬に触れると柔らかく温かかった。人間の肌だ。

    「そう…人間だよな、俺も、お前も」

    ひとり呟く。
    まるで自分自身のように大切に思える誰かができるなんて、入学前には思っていなかった。
    ひとしきりその寝顔を眺めてから、サラリとした髪を掬うと、ようやくグレートは自分のベッドへと戻った。

    窓の外は相変わらず月の光が眩しい。
    カチコチカチコチ・・・と鳴る、機械的なリズムを耳にしながらグレートは目を閉じた。

    翌朝、学校長から呼び出しがかかり、昨晩魔曲を弾いたことについて小一時間説教を食らうことになるとは、今はまだ知らずに。
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