(ふむ……)
コーヒーのおかわりを用意するつもりでリビングへ下りた私は、机に向かうモクマさんの背中を見つけた。忙しなく手が動いている。書き物かと思いながら手元が見える位置へ歩き進めた。
モクマさんが下手な鼻歌を奏でながら千切ったメモ用紙を三角形に折っている。
太く逞しい指が紙の上を滑る。三角形の両端を内側に折って台形へ。その端をまた外側に折る。
(あァ、耳か)
四隅の角を折り込んでひっくり返せば、カクカクしているものの動物の顔に見えた。
「〜〜にん、じゃじゃーん♪」
モクマさんの鼻歌はハミングから完全に歌唱へと移り変わっていた。
完成したのかと思いきや、モクマさんはメモパッドに備え付いている黒のボールペンを握り出した。
ニンジャジャンの歌が三番に移る。最近公開された劇場版で歌詞が追加されたと話題のそれだ。
愛しきボスが興奮ぎみに歌詞とそこに含まれる劇場版でのシーンと想いを熱く語ってくれたことを思い出す。
私はあの三番を聴くとヴィンウェイまでひとり追いかけてきたモクマさんの顔を思い起こしてしまうのだけども。
そのモクマさんの手が紙から離された。
今度こそモクマさんによるアートが完成したのだろう。
気配を消さずに背後へ近づく。とうに彼には自分の入室がバレている。
「それ、なんです?」
案の定、私の突然の声掛けにもモクマさんは驚かない。声がかかるのを待ってましたとばかりのしまりのない笑みで「えへへ」と笑った。
「なんだと思う?」
目の前へ見せびらかしながら、質問を返される。
動物の顔だと思ったアート作品はやはり何かしらの動物のようだ。広い顔部分には両側に三本線、下三角が2つ――恐らく目だ、真ん中にゆるい線で描かれたWの文字――これは口だろう、そこに舌のようなUの字がくっついている。
「……ネコ、あるいはキツネでしょうかねえ」
「お、ビンゴ! ネコちゃんでーす」
モクマさんが自身の顔の前でネコをかたどった紙を左右に揺らしてみせた。「にゃーん」と下手くそな鳴き真似付きだ。
「随分とたくさんのネコちゃんを生み出したようで」
モクマさんが作業していた机の上には同じような作品が大小様々に転がっている。折り方を間違えて失敗したのか耳があらぬ方向へ飛び出してしまっているものもあった。
「あはは、次にやる公演さ、チャリティイベントなんだけど、子供たちに喜んでもらえるようなプレゼントと飾り付けに出来ればと思って練習してたんだよね」
ちなみにこれね、オリガミっていうんだけども。
モクマさんの手が新たな紙を引っ張り出す。一枚の四角い紙がモクマさんの指によって形を変えていく。
二組の台形が組み合わさって風車のような形になった。
「今度はニンジャさんの武器――シュリケンと。器用なものですねェ。そして先程のネコよりも手慣れている」
「まあね、一番折り慣れてるからかな。子供人気も高いんだよコレ」
ほい、とモクマさんがシュリケンを手渡してくる。しっかり折られた角は尖っていて指の腹で撫でると少し痛い。
それよりも私は先程から気になって仕方ないものがあった。机の上に横たわっているネコのオリガミアートをつまみ上げる。
「あ……」
モクマさんが短く声を上げた。
ネコの顔は漏れなくモクマさんの手で表情が描かれる。私の手の中にあるネコのオリガミも例に漏れずモクマさんの手で命を吹き込まれていた。
その命の形が問題である。
「コレ、まさか私とは言いませんよねェ?」
大きな口にペロリと上がった舌。決め手はくりっとした左目の横に散る花びらのような意匠。
普通の描写ではまず選択されない模様の書き方に意図を感じるなと言う方が無理な話だ。
「……怒った?」
恐る恐るこちらの表情を伺うモクマさんへ私は「いいえ」と首を振った。
「ペンを拝借」
「あ、」
私はのっぺらぼうのネコのオリガミを手に取った。その上からボールペンでザッザッザッと線を引いていく。
固唾を呑んで見守っていたモクマさんの口から緊張が解けた吐息が漏れ出た。
「あははは、それ、おじさんのつもりかい?」
ちょいと渋すぎやしないかい?という問いに、私も言い返した。
「私もこんなに可愛くありませんよ」