革命前夜 手袋を外し、ツカサの左手を取った。反対の手を己の背に導く。
「さすがに基本のステップは分かりますね?」
「ああ、一応。上手ではないだろうが」
緊張しているのか、背に添えられている手に力がこもる。
「左手は、そう、伸ばして……目線はそちらに。足元は見ないで」
「……踏んでしまわないか!?」
「踏まないためにステップが決まっているんですよ」
今日ばっかりは踏んでも構いませんけれど、と笑う。ツカサは威勢よく「ああ!」と返した。
「……踏む気ですか!?」
「故意じゃないが、もしそうなったらスマン!」
言いながらも、ツカサはがちがちに緊張して、決してルイの足を踏みつけないように気を付けている。
誠実な人だ、と思う。
こんな権謀術数に巻き込んでしまうのが、いっそ憐れなほど。
今、自分の指にやさしく添えられているそれを、明日には振り払わねばならない。
無骨な手だ。骨ばっていて、爪は短く揃えられている。鍛錬で剣を幾度も振るい、肉刺ができては潰れるのを繰り返した掌は皮が分厚くなっている。武人の手だ。きっと、命の重みを知っている。
ペン先で人の生死を分かつルイの幽鬼のような生白い指とは大違いだ。
自分の手が、途端に汚いものに思えた。手袋を外さなければよかった、なんて後悔したところで仕方ない。
ターン。
一瞬ツカサの手から離れ、伸ばした指先が宙を掻く。そのまま一歩、二歩と下がり、ないドレスの裾を摘まんで優美に礼をした。
「十分お上手ですよ。あなたは身体の使い方をよく分かっているし、何より覚えがいい」
「そうだろうか」
「きっとあなたに教えた人が上手くなかったから、あなたが下手だなんて勘違いをするはめになったんです」
「そうか。……あまりこういったことに縁がなくてな。だが、陛下よりこの地を預かっている身だ。ダンスの一つも踊れない粗忽者だと笑われては困る」
「あなたを笑うことができる者などここにはいませんよ。……それに、あの森の民の娘は、あなたがこんなもの踊れなくたって気にやしません」
「……気づいていたのか」
「気づかないわけないでしょう。皆気づいています。何も言わないだけです」
「お前は彼女のことを、森の民のことを、どう思う」
試されている、と思った。
将校の黄金の瞳は眇められ、ルイの出方を窺っている。だが、同志を望む希望も滲んでいる。駆け引きにとことん向いていない人間だ。腹の探り合いなんてする必要がない正道を歩んできたのだろう。
ルイは目を細め、人好きのする笑みを浮かべた。
「私があなたにダンスを教えたように、彼女にも教えてさしあげればいい」
ツカサは形のいい眉を顰め、少し上にあるルイの金色を真っ直ぐに見た。低い声で問う。
「それは、彼らに、街の民(我々)に同化しろ、と?」
「いいえ」
ルイは首を振る。
「あなたも彼女から、森の民のダンスを教わるんだ。……そうして、私に、彼らのことを教えてください」
そのような未来はないと承知していた。
卑怯な指が線を引くから。こちらが味方、あちらが敵、と。己の意思で、己の正義のために。
それでも。その言葉に嘘はなかった。
いつか本当になれば、と。
将校は目を輝かせ、ああ、と頷いた。
「誰も分かってくれなかったんだ。だが、聡明なお前なら理解してくれると信じていた」
ツカサが、ルイの手を握る。
大きな手に包まれた生白い指は、死んだ魚の腹のように思えた。この世で一番卑怯な人間な気がする。
ありがとう、と一きわ噛みしめるように言ったツカサが手を放す。
その熱が僅かに名残惜しく、しかしこれ以上汚さずに済むことにひどく安心した。