You Had Me From Hello 今日は珍しく二人で早起きをした。
いつも寝起きは、ぼんやりとしているユウナなのに。
これも珍しいことに、先ほどから一生懸命動き回っている。
「やっぱり、こっちの方がいいかなぁ?」
ユウナがパタパタと小走りで寄ってきたかと思うと、先ほど却下したはずの淡いピンクのワンピースを、再び体の前に掲げてティーダに意見を求めてきた。
「どっちも可愛いッスよ」
と、言いかけて、それがユウナの求めている答えではないことに気づき、慌てて呑み込む。
ソファに沈ませていた体を、起こして思わず身を正し、自分なりにユウナが今着ている白のワンピースと、左手に持っているピンクのワンピースを吟味してみる。
ちなみに同じことを、つい十五分前にもやっているのだが……。
「んーっと、やっぱ、オレは白い方が好きかな。そのリボンが可愛い」
「そう、だよね」
ユウナは満足げに、えへへと笑うと、
ティーダの指摘した胸の下で結んである紺色のリボンにそっと触れる。
そして、リボンと同じ色でレース模様の刺繍が施されているワンピースの裾を嬉しそうに見つめて、
また再び決心が付いたようだった。
「じゃぁ、キミの言うとおり、こっちにするね」
「うん」
「あと、髪の毛、ちゃんとしてくる!」
そう言うと、ユウナはまたバスルームの方にパタパタと戻って行ってしまった。
その後ろ姿を見送りながらティーダは、今のままでも十分可愛いのにな、と苦笑する。
今日は、ベベルで式典が行われる。
バラライが、新エボン党の「新しい一歩」を踏み出すために設けたものだ。
「僕の周りの人達は、こうして形を作って後ろから背中を押してやらないと、中々自分では前に進めないから」と言うのがバラライの言い分で。
「たまにはオシャレして、おいしいものでも食べに行こうか、ってくらいの気分でいいから来てくれると助かるよ。僕は友達が少ないから」
そう言って、ユウナとティーダの二人分の招待状を、わざわざ本人がビサイドまで来て置いていったのが、つい一週間前のことだった。
「どうする?」と訊くと、ユウナは意外にもノリ気で、「おいしいもの、食べに行こうよ」と笑顔で答えたのだった。
もうすぐ、ベベル行きの連絡船が出る時間だということに、ティーダは気づいていた。
おそらく、あと五分以内にはこの家を出ないと定刻の出発時間に間に合いそうにもない。
しかし、だからと言ってユウナを急かす気にはなれなかった。
(どうぞ、ごゆっくり)
心の中でそう呟いて、慣れないネクタイの絞め付けから自分を開放するため、
右手で無造作にそれを引っ張っる。
そして、ソファから立ち上がりバスルームへと向かった。
出発の時間を告げるためではなく、「オシャレ」に奮闘する可愛いユウナを眺めるために。
* * *
ティーダがバスルームを覗くと、ユウナは丁度、髪の毛を一つに結い上げたところだった。
鏡越しにティーダの姿を発見したユウナが、慌てて謝罪の声をあげる。
「ごめんね!もうちょっとだから!」
「うん。大丈夫ッスよ」
「でも、そろそろ出ないと連絡船、出ちゃうよね」
「じゃぁ、次のに乗ればいいよ」
「それだと遅刻しちゃう」
「いいよ少しくらい。どうせ、おいしいもの食べに行くだけなんだしさ」
「……そう、だよね」
髪の毛をいじる手を止めて、ユウナはくるりと振り返り、少女のように無邪気に笑った。
出会った頃と変わらぬままの、ユウナの笑顔。
纏っている服の色が、同じ白だったせいもあったのか、
懐かしいとは、まだ、到底言えない強い想いが、ティーダの中に色鮮やかに甦る。
初めてユウナと会ったとき、初めてこの笑顔を見たとき、なぜだか、まるで自分の家に帰ってきたような、そんな安堵に襲われて。
最初の一瞬で、ユウナはオレを丸ごと全部包んでしまったから。
優しく、全部……。
自分でも驚くほど簡単に理解した。
あぁ、オレ、この子のこと好きになるんだなぁ、って。
ずっと前から、知っていた。ずっと、ずっと探してた。
やっと見つけた、たった一人の特別な、人。
ユウナがそっと、再び鏡の方に向き直したのをきっかけに、ティーダは意識が戻る。
ユウナは洗面台に置いてあったシルバーのネックレスを取り上げ、首の後ろに手を回して、つけようとしていた。
「かして」
そう言って、ティーダは一歩前に踏み出し、ユウナに代わってネックレスの金具を止めてやる。
ユウナの白い肌に落ちたシルバーの鎖を、指でなぞりながら、無防備に晒されている首筋に、吸い付けられる様に口づけを優しく落とす。
ティーダが、無意識に唇にほんの少し力を入れた瞬間、ユウナの体に力が入り悲鳴が上げられた。
「あ、痕つけないでね……!」
「そんなことしないッス。ユウナのえっちー」
「だ、だってキミ、いっつも……!」
「あーあー、今は、全然そんな気なかったのになぁ」
本当にそんなつもりがなかったので、こちらも思わず拗ねた声を出す。
「本当に、ダメなんだからね!」
「だからぁ、そんな気ないってば。信用ないッスねぇ」
「…………じゃぁ、信じるっす」
ユウナは、しゅん、として下を向いてしまった。
日頃の行いを考えると、ユウナの今の反応はひどく当然なわけで……。
ティーダは思わず苦笑して、そのままユウナを後ろから抱きしめ、謝罪の言葉を右の耳に忍び込ませる。
「ごめん」
ユウナの体が、一瞬ピクリと正確に反応する。
「だって、ダメだって言っても、キミ……いつも聞いてくれないんだもん」
「あははは、うん、ホントにいっつもごめんなさい。今日は絶対にしません」
「……うん」
その返事と共に、ユウナは自分の肩越しに回されてるティーダの腕を両手でぎゅっと握り締める。
ユウナが握っているのは腕のはずなのに、ティーダはその熱が胸の奥深くにまで流れ込んでくるような錯覚に落ちてしまう。
その甘い熱にうなされる様に、ティーダはユウナの首筋に自分の頬を柔らかく押しつけた。
そうしてしばらく、ゆったりと流れる時に身を任せる。
「どうか、した?」
動こうとする気配のないティーダを不思議がって、ユウナが問い掛ける。
「んー、別に」
「何、考えてるの……?」
「ユウナと、初めて会ったときのこと、思い出してた」
「初めて会った、とき……?」
「オレさぁ、ユウナに……一目惚れ、だったんだよな」
「え?」
ティーダの不意の告白に、ユウナは勢いよく顔を上げて、鏡に映っているティーダを色違いの瞳で射抜く。
「ダメ。今ちょっと格好悪いから、見るの禁止」
そう言いいながらティーダは無駄の無い動きで、自分の右手でユウナの両目を素早く覆う。
抗議の声を上げられるかと思ったが、
意外にもユウナはそのままティーダの言葉に従って、おとなしくしてくれた。
おかげで、ティーダもその後の言葉を続けることができる。
「ちゃんと、言ったことなかったろ?」
「…………うん」
「本当はさ、初めてユウナ、……ユウナの、笑った顔見たときから、もう、好きになってたんだ」
「ホント、に?」
「うん」
「でも……全然、そんな感じじゃなかったよ」
「んーだから、それは……なんつーか、その……ほら、オレあんときいっぱいいっぱいでさ。早くザナルカンドに帰らなきゃ!って、そればっかり考えてたから。だから、好きになっちゃいけないよなーとか思ってたわけで……」
「ん……」
「絶対、本気になる自信あったから」
「そう、なんだ……」
「はい。そう、なんです」
なんだか自分の物凄い弱点を、晒してしまったような気分にティーダが陥りかけたとき、
ユウナはするりと拘束を解いて体を反転させると、ティーダの胸に顔をうずめた。
「わたしも、ね……ずっと、好きだったよ」
「あー、それはバレバレだった」
「ど、どうせ……! もう、ちゃんと真面目に言ってるのに!」
ユウナは一瞬キッっとティーダを可愛く睨み上げたが、またすぐに元の位置に顔をうずめる。
「あはは、ごめん」
「もういいです!キミには絶対、教えてあげないんだもん!」
そう言ってユウナはティーダの胸の上で、ぷいっと顔を横に向ける。
「何を?」
「だから、私がキミのことっ……」
「オレのこと?」
「教えてあげないって、言ったでしょ!」
「ユウナはオレのこと、いつから好きだった?」
「知りませんっ!」
ムキになっているユウナの顔を覗き込むために、少しだけ体を離してティーダは自分の顔を傾ける。
「教えてほしいなぁー」
「ダメです!」
「絶対ダメ?」
「わたしの機嫌が直るまでは、ダメ……」
「じゃぁ、どうしたら機嫌直る?」
「……知らないっす」
再び、ぷいっと横を向いてしまったユウナの顔を、ティーダは両手で掴み、そのままやや強引に上を向かせると『ユウナの機嫌を直すため』に唇を塞いだ。
本当は、欲望のままにユウナの唇を味わいたかったが、それでは逆効果にもなりかねないことはわかっていたので、昂る気持ちを必死で抑えて、優しく熱を落とすだけのキスを心掛ける。
未練を残したままユウナの唇から離れて、ティーダは自分の努力の結果を確かめる。
「機嫌、直った?」
「……わかんない」
「じゃぁ、もう一回」
「だ、だめ!」
「どうして?」
「だって、機嫌……直っちゃう」
ユウナの素直すぎる答えを聞いて、ティーダは思わず声を殺して笑い崩れてしまい、その勢いでユウナの鎖骨に額を押し付けた。
「も、もう!」
「だ、だって、だって! ユウナっ……! 可愛いっ、可愛い過ぎっ……!」
「そ、そんなこと、ないっ!」
「あるって! もー本当にオレ、どーしたらいいのかなぁ……! ユウナ、大好きっ!」
「やっ、ダメ…! んっ…!」
拒もうとするユウナの両手首を握り締めて、強引に唇を合わせる。
さっき我慢した分まで取り戻そうと、今度は思いっきり自分のしたいようなキスをした。
二、三度舌を絡ませた後、ユウナの体から抵抗する力が抜けたのがわかった。
それを機に、再度ユウナの右耳に言葉を吹き込む。
但し、今度は謝罪ではなく、自分のありのままの欲望を。
「ごめん、したくなった。ベットいこっか?」
「ダ、ダダダメ!! 連絡船出ちゃうよ!?」
「つーか、もう出ちゃったッスよ?」
「えぇ!?」
ユウナは驚愕の声と共に、リビングにある時計の方に勢いよく顔を向ける。
「次の連絡船まで、たっぷり一時間以上はあるから、ユウナのご機嫌を直すために、オレ、頑張っちゃう!」
「わたし、機嫌直ったから!」
「じゃぁ、さっきの続き、ゆっくり聞かせてもーらおっと」
「今、ここで、言うから!」
「もったいないから、ダーメ!」
「もったいなくない!」
「じゃぁ、オレの告白の続き、聞きたくない?」
「え?」
「ユウナのこと、本気で好きだって気づいたのはいつだったとか、実はこのときこんなこと考えてましたとかさ、聞きたくない?」
「………………聞きたいっす」
「だろ?」
ティーダは思わずクスリと笑って、今日三度目のキスをユウナに贈る。
一度目よりも熱く、二度目よりも優しく、そんなキスを、ユウナに心囚われたあの瞬間を想い出しながら。