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    mya_kon

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    ボロアパートに住む月とその恋人鯉の鯉月です!鯉ちゃんがぐんにゃりしてます

    #鯉月
    Koito/Tsukishima

    最高気温三六度 交際を始めて十月十日。
     初めて恋人の家に呼ばれた鯉登は傍目から見ても浮かれていた。もちろん内心も浮かれていたので普段なら正面から馬鹿正直に噛みつく尾形や宇佐美からの嫌味も全て聞き流したし、一秒も無駄にしないスタイルで業務に当たった。万が一にも億が一にも土曜に仕事を発生させないためである。
     おうちデートやお泊まり会が今まで全くなかったわけではない。月島は鯉登の家に何度も来たことがあるし、その時「次は月島の家だな!」と伝えたこともある。しかしそれは全て「いえ、うちは……」とやんわりと断られていた。
     曰く、鯉登さんちの方が綺麗で立派ですし、あなたが出かけたい先にも近いでしょう、と。職場まで十分のタワーマンションに住んでいる鯉登と、一時間の月島の家ではアクセスの違いは大きい。しかし田舎に住んでいるのならその分広い家に住んでいるのではないか? と鯉登は考える。
     月島は庭で家庭菜園をしている話を聞いたことがある。同じアパートに住む人と共同でやっているが、これがなかなか楽しいらしく、この前はナスがそろそろ収穫できそうです、と嬉しそうに報告をされた。恋人が楽しそうにしているのはとてもいいことだ。いいことなのだがいかんせん何故おいを誘わん、とも思う。
     月島が育てたナスをおいも収穫した! と暴れたい気持ちになったが、そんなことをすれば月島は呆れてしまうだろう。たまにされる年下扱いを鯉登は喜んでいない。月島とは父親の仕事の関係で鯉登が幼い頃からの知り合い故に、どうも未だに十代の青さが残る少年のように見られる。
     だからこそ心の余裕を見せて……と思うのだが、これがなかなかうまくいかない。月島の家に行くのも、結局酒の力を使ってごねにごねた結果だ。渋々了承してくれた月島に感謝の言葉を伝えながら、内心は謝り倒していた。腕の中で月島が「しょうがない人だなぁ」と呟いていたような気がするが、それが現実なのか妄想なのか確かめる術はない。
     そうしてやってきた念願の月島の家だ。鯉登は「ここです」と紹介されて絶句した。
    「月島ぁ……?」
    「私はちゃんと言いましたよ。古くて狭いですよって」
    「庭で……家庭菜園……」
    「ああ、反対側です。外から見ますか?」
     木造二階建てアパートは全部で六室ある。月島の部屋は一〇一号室だ。駐車スペースの奥に玄関があり、月島の家の前には自転車が停められている。写真で見せてもらったことがある、趣味のものだろう。
     ぐるりとアパートの反対側に回れば、確かに庭はあった。畑をやっている雰囲気もある。プランターもいくつか置かれていて、そこにも何かが植えられている。グリーンカーテンでキュウリを育てている話は聞いていたが、確かにそれもある。月島の家はキュウリで、その隣はゴーヤー、その隣はズッキーニを育てているらしい。なるほど、と鯉登は思う。確かに聞いていた話の通りだ。月島は何一つ嘘をついていない。
     だけど、まさか、こんなボロアパートだと誰が予想した? 庭の畑だって区切りはなく三部屋合同で使っているようだ。いやでも確かに共同だと話していた。共同……間違ってはいない……月島の言葉に何一つ嘘はない。古くて狭いアパートに共同の畑。
     足元がぐんにゃりと歪む感覚があった。地面が歪んだのかと思ったが、並んで立つ月島の顔がとても遠くなった上に吸収した熱をためらうことなく排出し続けるアスファルトが近くなったので自分の足が崩れたのだと気づく。
    「鯉登さん?」
     不思議そうな顔をする月島を見上げる。
    「いや、そうだな、お前は間違っていない……」
     気合いで立ち上がった。気を強く持っていないとまたぐんにゃり行きそうだった。
     やっとこさ恋人の家にお呼ばれしたのだ。楽しむのはもちろん、何かいいところを探したい。せっかく恋人が好きで住んでいる家なのだ。頭ごなしに否定はしたくない。きっとこのボロさ、いや古めかしさを補い、そしてそれを上回るだけのいいところがあるのだろう。
     もしかしたら家の中がリフォームしたばかりでとても綺麗だったり、最新家電があったり、外から見る三倍ぐらい広い部屋なのかもしれない。そうだそうだ、外見だけで判断するのはいけない。
     鯉登は心の中で拳を握る。昼ご飯は月島の手料理で、もうすでに用意してあると聞いている。月島が庭で作った野菜を使っているらしい。何が出てくるかはお楽しみにしておいてくれと鯉登が願ったので、まだ何も聞いていない。
     手料理を食べたことはあるが、月島が大事に育てた野菜は初めて食べる。何が出てきても喜ぶ自信があるし、この家の味のある佇まいに比べれば驚くものなんて何もない。
    「ちなみに今朝クーラーが壊れたので扇風機で我慢してください」
    「月島ァ! 今日の最高気温知っているのか! 今すぐ業者に連絡しろ!」
     ぐんにゃりしている暇も、浮かれている暇もなかった。手料理や愛情のこもった野菜もあと回しだ。まさか恋人の家に行くより先に近所の家電量販店を調べることになるとは思っていなかった。
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