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    PONZU00__0

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    🐺🐯と❄🐯です

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    PONZU00__0

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    前のバレンタインに書いた🐺🐯
    甘々かつ独占欲

    #ばじとら
    punIntendedForAHatchet

    口で言えよな 「男子ってどんなチョコ好きなの?」
     「は?」

     珍しくエマに呼び出されたかと思えばいきなりこれだ。無言でファミレスまで連れてこられ、ようやく席に着けたと思ったら第一声がこれ。チョコ?そんなもん貰えれば男子は何でも食うんじゃねぇの?てかこいつ突然何に悩んでンだよ。いや、どうせドラケン絡みのことだろうけど。
     「何の話だよ」
     「だから!来週!バレンタインでしょ!ケンちゃんにあげるチョコの話!」
     「バレンタイン?」
     「え、知らないの?」
     流石にバレンタインって言葉は知ってるが意味は全く知らねえ。かっけえ名前だな、と思ってる。来週ってことはなんかの日なンか?つうかやっぱりドラケン絡みの話かよ。
     「まあ貰ったことなさそうだし知らないか…」
     何か勝手に納得された。マジで何の話なんだよ。てかドラケンにチョコやりたいなら本人に聞けよ。女子わかんね。
     「あー、なんかの日なン?」
     「好きな人にチョコあげる日!だからケンちゃんにチョコあげたいんだけど…」
     すごいキラキラした目でこっちを見たかと思えば、視線はだんだん下がっていくし、声はどんどん小さくなっていく。わかりやすい。こいつマジでドラケンのこと大好きだよな。言えば良いのに。いつだったか、言ってやろうか、なんて言ってみてぶん殴られたことがあるから絶対口には出さねえけど。
     …好きな人にチョコあげる日、ね。好きな人といって思い付く人は一人しかいない。長い睫毛に縁取られた大きな蜂蜜色の目。不健康そうな白く細い首筋には綺麗な顔には不釣り合いな黒い虎を飼っている。でもそのアンバランスさが言いようもない魅力を放っているのだ。それが出会ったときから続く長い片想いの相手。誰も知らねえ片想い。叶うことなんてないだろうから別に良いんだけど。
     「場地?聞いてる?どんなチョコが良いと思う?」
     「んーあー…何で俺に聞くン?三ツ谷とかのほうがわかンだろ。チョコとかそーゆーの。料理うめぇしよ。」
     「はぁ?別にウチ作り方とか知りたい訳じゃないし。こーゆーこと話せる男子で恋してるの場地しかいないの!」
     「は?」
     「え?」
     こいつ今なんて言った?恋してる?俺が?は?何で知ってンの?え、バレてンの?マジ?
     「え?場地恋してるよね?」
     「は…?エマ何で知ってンの?まさかアイツらも知ってンの?」
     「いや他の人は知らないと思うけど…。だっていっつも見てるし。なんかウチもケンちゃんのこと好きだから気づいちゃった。」
     「相手って…」
     「一虎でしょ?」
     口を開くことしかできない。驚きで声に音が伴わなかった。待て、頭の整理が追いつかない。深呼吸しよう。
     「すーはーすーはー」
     「え、ちょ場地…?怖いんだけど…」
     エマが引いてるがそんなの知らねえ。今は落ち着かないとどうにもならねえ。あー…まず?俺は一虎が好きで、それは良くて、で誰にもバレてないと思ってたらエマにはバレてて?そんで、他の奴らは知らない、ってことか?で、エマは自分も恋してるから俺の片想いに気づいた。随分うまくまとめられた気がする。…なんか俺頭良くなったかも。
     「おーい場地?」
     「ん、頭の整理着いたワ。で、俺が恋してるからって何で俺に聞くンだよ。」
     「だって、場地だったら絶対失敗したくない理由わかってくれるかなーと思って。相談乗ってくれるでしょ?」
     まァわからなくはねえか。失敗したくねえっつうか嫌われたくない。これ以上の関係が望めないとしても、今の関係は失いたくない。
     「あー、まァわかんなくはねえけど…」
     「でしょ!うーんケンちゃんどんなチョコ好きなんだろ。聞いたことない?」
     「ねえ。」
     「えー」
     いや普通男同士で好きなチョコの話なんてしないだろ。知らねえけど。てかこいつは今こんなに悩んじゃいるが、実際はこいつがどんなチョコを渡してもドラケンは喜ぶだろう。だって二人は両想いだ。だから正直、好きなものやれば?としか言えない。だが何故かこいつらはお互いに自分の気持ちに気づいちゃいない。しかも困ったことに俺らが伝えたとしても全く信じようとしない。ホント何で気づかないンだよ。めんどくせえ。あー何て答えンのが正解なんだ?
     「場地~?」
     こいつの気持ちはわかるから協力してやりたいし何か言ってやりたいが、本当に言うことがない。でも何か言わないと帰してもらえない気がする。もしこの状況をドラケンに見られたらそれこそ面倒だ。いや、アイツは何も言わねえと思うが気持ち的に嫌だ。
     「あー…そうだな」
     「うんうん」
     「バレンタインは好きなヤツにチョコあげる日なンだろ?だったらお前がやりてえチョコやればいいンじゃねえの?」
     「は?」
     「だからよォ実際はチョコよりもお前の気持ちが重要なンじゃねえの?」
     「お前が好きなドラケンはちゃんと人の気持ちわかってくれるヤツだろ。どんなチョコでもお前の気持ちがちゃんとあれば喜んでくれンじゃねえのかよ。」
     「チョコより、気持ち…」 
     「おう」
     「場地…ありがと!場地のアドバイス最高!」
     「おう」
     よかった。納得してくれたらしい。つうか俺ホントに頭良くなったかも。よくこんなこと思いついたわ。でも案外この通りなンかな…。
     「場地は?」
     「あ?」
     「チョコ、どうすんの?」
     「え、別にあげねえけど。」
     「なんで?」
     「いや流石に男子からチョコ貰っても嬉しくねえだろ。」
     「うーん…まぁでも一虎女子から相当貰うだろうから場地があげてもこんなに食えるかって怒りそうかも。」
     「は?アイツ女子から貰ってンの?」
     「うん。だって一虎イケメンだし。スタイルいいし。黙ってれば。性格知られてないから相当モテるよ。」
     「マジか…」
     確かに一虎はモテるだろう。そんなこと知ってる。でも何故か今すごくそのことにイライラする。女子が頬を赤らめてチョコを渡してきたら、アイツはどんな顔するんだろう。想像もしたくないのに無性に知りたい。
     「もしかして嫉妬してる?ウチ場地にもチョコあげようか?」
     俺は今どんな顔をしてたんだろう。エマが哀れんだような顔で言ってきた。
     「いるか!てか別にチョコ貰えるからって一虎に嫉妬しねえよ!」
     「ふーん。じゃあ何に嫉妬してるの?」
     「それは…」
     たぶん一虎にチョコをあげる女子たちに。でもそんなことダサくて言えねえ。
     「やっぱ場地チョコあげたほうがいいんじゃない?一虎に。」
     「…うるせ」
     さっきまでドラケンにあげるチョコで散々悩んでたくせに、悩みがなくなった瞬間いつものエマだ。何でもお見通しですーみたいな顔でこっちを見てる。こーゆーとき俺は今までエマに勝てたことがない。流石、総長の妹ってのは伊達じゃねえ。チョコ渡そうかな、なんて思い始めた俺は今日もエマに負けている。
     「あ、一虎だ。ウチもう帰るね。今日はありがと!場地もちゃんとしなよ!」
     席の横の大きな窓から、確かに一虎が歩いてるのが見える。夕日に染まった白い肌とキラキラと光を反射しながら風の吹くままにたなびく金混じりの黒髪が絶妙に色気を醸し出している。
     「へいへい」
     窓から目が離せなくて生返事をする。エマがどこか嬉しそうにもう、と言ってからドアベルを鳴らして出ていった。エマが小走りで一虎に近寄り、一言二言話すと一虎がこっちを見た。おい、アイツ余計なこと言ってねえだろうな。一虎がエマに笑いかけて何か言っている。エマが嬉しそうに笑う。どちらからともなくお互い手を振って進行方向に進み始めた。…アイツら何の話してたんだよ。
     「ばじ」
     そんなことを考えていたら柔らかい声で名前を呼ばれた。一虎だ。
     「おう。そっち座れよ。」
     「ん」
     一虎は穏やかな目でエマが歩いていった方向を見ている。一虎が柔らかい声を出すのも穏やかな目をするのも、俺と二人の時だけだ。一虎はきっと無意識だろうけど、そのことにいつも形容し難い喜びが沸き上がる。だからこそ、エマが歩いていった方向を見ていることがどうしようもなく気にくわない。
     「…エマと何話してたんだよ。」
     「んー?」
     一虎はまだ窓の外を眺めたままで答えようとしない。
     「一虎」
     「気になる?」
     愉しそうな笑みを浮かべて上目遣いで俺の顔を覗き込んできた。大きな瞳には俺しか映っていない。俺だけを映し、キラキラと煌めく瞳に心を鷲掴みにされる。あーくそ可愛い。
     「別に大したこと話してねーよ。場地、ファミレスに居るよって言われたからドラケンがエマのこと探してたって言っただけ。」
     …なんだ。まァそりゃそうか。アイツが好きなのはドラケンだからな。俺が気にしすぎてただけか。なら良いんだけど。でも何でこいつはエマが歩いていった方向を見てるんだよ。
     「女子がみんなエマとかヒナちゃんみたいだったら良いのに。」
     は?何言ってンだこいつ。エマとかヒナちゃんがタイプなのか?
     「二人ともずっと一途に好きな人想い続けてさ。すげーよな。顔しか見てない女子に見習って欲しいわ。」
     あァそういやこいつ女子嫌いだったな。家庭環境のせいな部分もあるんだろうが、顔を見て騒ぐ女子を心底嫌っていた気がする。エマが一虎はチョコをたくさん貰うって言ってたけど、そーゆーチョコ渡してくるような女子が一番嫌いなんだろうな。
     「お前絶対バレンタイン嫌いだろ。」 
     「当たり前じゃん。あんなの全然嬉しくない。バレンタインなんてなくなれば良いのに。」
     さっきまで一虎にチョコをあげる女子に嫉妬していたのが馬鹿らしくなった。だってソイツらは一虎に嫌われてる。嫉妬することなんて一つもなかった。でもソイツらのせいで一虎がバレンタインを嫌いになるのは困る。ようやく俺がチョコを渡す決心がついたのだ。
     「そんなこと言うなよ。」
     「なんで。場地に関係ないだろ?」
     関係なくない。が、そんなこと直接言えない。
     「俺がお前が喜ぶようなチョコやるからよ。」
     「はあ?なんでそんな、あ、エマがドラケンにチョコ渡すからか?お前相変わらず優しいな。」
     「まあな。」
     エマはあんまり関係ないけど勘違いしてるままなら今はそれでいい。いつか本当の理由をわからせてやるから。
     「じゃあさ」
     一虎が急に立ち上がったと思ったら俺の隣に座ってきた。俺の腕を掴んで距離を詰めてくる。一虎が横から抱きつくような体制。正直いろいろきつい。嬉しいけど離れて欲しい。無表情を保つので精一杯だ。
     「一虎?」
     なんとか絞り出した声は弱々しく名前を呼ぶだけだ。
     一虎はさっきよりも愉しそうな笑みを浮かべて俺の耳元に口を寄せた。吐息がかかる。柔らかい唇が今にも俺の耳に当たりそうだ。
     「特別なチョコ、ちょうだい。」
     「は?」
     それだけ言うと一虎はすっと俺から離れ、楽しみにしてる、そう言ってファミレスから楽しそうに出ていった。
     「くそ…」
     顔が熱い。今、絶対誰にも顔を見られたくない。今の顔を見られたら一週間は確実にネタにされる。ただでさえ無意識に溢れ落ちた悪態でかっこがつかない状態なのだ。顔を隠したくて、冷静になりたくて、強かに額をテーブルに打ちつけた。
     
     🍫🍫🍫

     特別なチョコってなんだ?

     あれから三日間ずっと考えているが答えが出ない。
     バレンタインはもう明後日だってのにどうすりゃいいんだよ。エマが一虎は相当チョコ貰うって言ってたからチョコじゃねえ方が良いのか?でもチョコじゃなかったら絶対、チョコじゃねえじゃん!って言われるよな…。
     一虎に聞いても何も教えてくれねえし、何かヒントがなかったか三日前を思い出したいが未だにあの日を思い出すと顔が熱くなってなかなか思うようにいかない。しかも今その元凶の一虎は俺の太ももを枕にして気持ち良さそうに眠っている。
     一虎はいきなり今日泊めろと言い出して家についてきた。よくあることだが今日ばっかりはやめて欲しかった。三日前の一虎の感触が忘れられていないから。だがそんなこと知らないコイツは問答無用で俺の部屋にあがりこんで俺を枕にして寝始めた。
     …コイツ、人の気も知らないで
     胡座だから足が痛いとかそーゆーことじゃなくいろいろきつい。正直すげえ頑張って耐えてる。顔が横を向いているだけまだましだ。
     正面から見たらキスしちまいそう…
     何でそんな無防備なンだよ、と一言文句を言ってやりたい気持ちになるが、一虎の気持ち良さそうな寝顔を見ると何も言えなくなる。でこぴんでもしようと思って軽く持ち上げた手で一虎の頭を撫でた。さらさらの髪は絡まることを知らず、俺の手をすり抜けていく。
     「ん…」
     一虎が寝返りを打つ。顔をこちらに向けて穏やかな表情を見せた。柔らかそうな唇から短い声が漏れる。
     やべえ、キスしたい。
     「…ん、ば、じ」
     一虎の唇から俺の名前が溢れた。
     っ!ホントいい加減にしろよ、コイツ
     マジできつい。もう無理だワ。早く起きて欲しい。なんでコイツこんな可愛いんだよ。
     起きろ起きろと念を込めて雑に頭を撫でる。さらさらの髪をぐしゃぐしゃに乱した。起きたら怒りそうだけどお前のせいだからな。俺は我慢したからな。心の中で言い訳をしながら頭をぐしゃぐしゃに撫で続ける。
     「んあ…あー」
     一虎が不機嫌そうに眉間に皺を寄せて目を開けた。やっとか。
     「おい、そろそろ起きろよ」
     一虎はまだ完全には覚醒していないようでぼんやり俺の顔を見つめている。
     「ばじ」
     「おう」
     「お前頭撫でんの下手だな」
     一虎は徐に起き上がると、ふぁ、と小さな欠伸をしながら乱れた髪を整えるように軽く頭を撫でてそう言い放った。
     「うるせえよ!」


    ■■■


     「ねみぃ…」
     学校から家までの道のりが果てしなく遠く感じる。頭が重くて足を動かすのも億劫だ。
     昨日俺の家に泊まった一虎が夜寝るときも俺にくっついてきたせいで俺は全然寝れなかった。朝から頭が働かなくてメガネを持っていくのを忘れたから、もう今日は諦めて寝た。でも騒がしい学校なんかでゆっくり寝られるわけもなくて、結局まだ眠い。ホントに眠い。今すぐ布団に入りたい。
     「場地さん!大丈夫っすか?」
     隣を歩く千冬が柔らかそうな金髪を揺らしながら話しかけてきた。元気の良い声が眠い頭に響く。
     「おー」
     返事をするのもだるくて短くそう返した。
     「寝不足っすか?なんか悩み事とか?」
     悩み事、寝不足の原因は悩み事ではないが確かに悩んでいる。だがそのことを千冬に言うのは躊躇われる。言ったら確実に俺が一虎を好きなことがバレる。正直千冬には言っても良い。が、コイツは意外と顔に出る。ただでさえ隠し事下手そうだし、コイツに言ったらアイツらにまでバレそうだから言いたくねえ。
     「なんでもねえよ」
     「そっすか…」
     千冬は役に立てないとわかるとわかりやすくさっきまでの勢いをなくして小さくそう言った。肩を落としてとぼとぼと歩く千冬はしょんぼりという言葉がこれ以上ないほどによく似合った。
     「あー、今日お前ン家行っていいか?読みたい漫画あンだよ。」
     わかりやすく落ち込む千冬を見て流石に放っておくことはできない。俺の役に立てないから落ち込むなんて、そんなこと別にしなくていいのに。
     「勿論です!」
     千冬がパアッと音が付きそうな勢いで顔をほころばせる。
     単純だけど良いヤツなンだよなァ。
     千冬の笑顔につられて俺も口角を上げた。


    ■■■
     

     千冬の家に来たものの、読みたい漫画があるとは言ったが、ここの漫画はあらかた読み尽くしてしまっている。読んでないものと言えば少女漫画ぐらいだ。
     あんま興味ねえンだよな…
     千冬は好きらしいけど俺は良さがわかんねえ。バトル漫画の方が絶対面白い。前そんなことを千冬に言ったら、別の面白さがあるんですよ!なんて力説されたけど半分もわからなかった。
     でも他に読むもんもねえしな…
     本棚にささっていた適当な一冊を取り出してパラパラとページを捲る。ふわふわの金髪に黒髪ショート、明るい茶髪のロング。短いスカートにだぼだぼのカーディガン。登場する女子はみんな目がキラキラしている。
     あーあ、アイツどんな女子がタイプなんだろ。
     「場地さんもそれ読んでるんすか?」
     「うおっ」 
     千冬が上から俺の持っている漫画を覗き込んできた。読んでると言えるほどちゃんと文字を追ってはいないが千冬には読んでいるように見えたらしい。
     ア?も?コイツの知り合いに少女漫画読むようなヤツいたか?
     「一虎くんも読んでたんすよ、それ」
     「は?」
     「それっていうか、それの最新刊っす!」
     「一虎が?」
     「はい!」
    千冬の声は相変わらず元気がいいが俺の声はどんどん低くなっていく。込み上げてくる苛立ちを隠せない。
     「お前ン家で?」
     「そうっすけど…」
     俺の苛立ちに気がついたのか千冬の声が固くなった。だがそんなこと気にならない。もっと気になることがある。
     「お前らそんな仲良いン?」
     二人とも大事なダチだし、一虎はなかなか人と仲良くしようとしないから二人が仲良くなるのは嬉しい。それでも一虎が千冬の部屋に居たって事実がどうしようもなく気にくわない。一虎が俺以外のヤツの家に行くなんて滅多にないのに、なんで、
     「仲良くないっすよ!」
     千冬が驚いたように声をあげた。
     「は?」
     いやどう考えても仲良いだろうがよ。仲良くなかったら家に呼ばねえし行かねえだろ。何言ってンだコイツ。
     「や、仲良くなろうとはしてんすけど一虎くん全く喋ってくれないんすよ!この間だって漫画読んだらすぐ出てっちゃうし…」
     俺嫌われてるんすかね、なんて呟く千冬を見てどこか安堵する俺が居た。そのことを自覚した瞬間身体が急速に熱くなる。自身の嫉妬心の強さに驚いた。
     俺千冬にまで嫉妬してんのかよ…だせェ
     顔に熱が集まって、思わず片手で顔を覆った。
     「場地さん?」
     千冬が心配そうに尋ねてくる。
     「あ、あァ別に嫌われてないと思うぜ。アイツ人見知りなんだワ」
     「そうなんすね!じゃあもっと話しかけてみます!」
     「おう。そうしてやってくれっと助かるワ」
     「うす!あ、これっす!一虎くんが読んでた漫画。場地さんも読みます?」
     千冬が本棚から漫画を一冊取り出した。表紙にはキラキラした女子と顔を赤らめた男子が向き合うように立っている。いかにも少女漫画といった表紙を見て断ろうとした時、帯の煽り文句が目に留まった。
     『待ちに待ったバレンタイン!ついに二人はー?!』
     これだ。俺の直感がそうだと告げる。一虎はこの漫画を読んで俺に特別なチョコちょうだい、なんて言ったんだろう。
     あー、やばいすげえ嬉しい。
     心の底から抑えきれない喜びが沸き上がる。身体の奥から込み上げる衝動のままに、思わず立ち上がった。
     「ば、場地さん?」
     千冬が困惑した目を俺に向ける。当然だ。千冬からしたら今日の俺は相当変なヤツだろう。千冬には悪いことしたなって自覚はある。でも今は、一刻も早く特別なチョコが何なのかを知りたい。
     「千冬ぅ、わりぃ、今日もう帰るワ。その漫画借りてっていいか?」
     「勿論です!場地さんもついに少女漫画の良さわかってくれ」
     「じゃあな!」
     千冬の喜びの声に聞こえなかったふりをして千冬の家から飛び出した。早く帰ってこの漫画を読みたい。その一心で階段をかけ上った。


    ■■■
     

     「場地」
     一虎の声が俺の脳内に甘く響く。
     「特別なチョコ、用意できたか?」
     一虎は俺を真正面から見据え、蠱惑的な笑みのなかに俺を試すような挑発的な目を浮かべている。
     「当たり前だろ?じゃなきゃ呼ばねぇよ」
     
     昨日家に帰った後速攻で漫画を読んだ。一虎の言う特別なチョコが何なのかを知るために。
     特別なチョコの正体は直ぐにわかった。
     だから今日、一虎にチョコを渡して特別なチョコの答え合わせをするために、放課後一虎を家に呼んだ。一虎は学校からそのまま来たらしく、エマが言っていた通り相当な量のチョコを持っている。
     正直違うかもしれねぇっていう不安はある。でも同じくらい間違いねぇって確信もしてる。

     「じゃあ見せてみろよ。何用意したんだ?」
     一虎が俺の心の内なんてお構い無しに、女子から貰ったであろうチョコを無造作に床に放り投げて俺との距離を詰めた。
     「お前が絶対喜ぶモン」
     「へぇ?」
     顔には笑みを浮かべているのに、目は全く笑っていない。早く見せろと言わんばかりの視線を向けてくる。俺よりも一虎の方が不安そうだ。一虎の態度を見ていたら余裕が出てくる。
     「まァ焦んなよ。とりあえず座れば?」
     一虎は一瞬考えた後俺の隣に腰を降ろした。
     「お前、用意してねえとか言うンじゃねえだろうな」
     一虎が軽く睨み付けてくる。
     「ちゃんと用意してあっから安心しろよ」
     なんだか一虎が焦ってるのが面白い。一虎は俺が特別なチョコが何なのか知ってることを知らない。そのことが俺の気持ちを高揚させた。
     「ふぅん。ま、どうせ場地のことだからチロルチョコとかだろ」
     何を思ったのか知らないが一虎はため息をついてどこか諦めたように笑った。
     「一虎ァ、目瞑れ」
     「は?」
     「サプライズすっから!」
     「おま、言ったら意味ねえじゃん。ほんとバカだな」
     一虎がすっと目を細めて笑った。
     もういいか。
     「おら目ェ瞑れ」
     「あーもうわかったよ。つまんなかったらパフェ奢れよ?」
     「へーへー」
     一虎は俺に顔を向けたまま目を閉じた。うっすら開いた唇の隙間から覗く歯が俺の欲を掻き立てる。
     ほんと無防備。バカはどっちだよ。
     
     昨日の夜大慌てで買いに行ったチョコを制服のポケットから取り出して、噛まないように口に含んだ。
     「おい、まだかよ」
     一虎が焦れたように声を出した。
     
     一虎が次の言葉を紡ぐ前に両手で一虎の頬を掴む。それと同時に自分の唇を一虎の唇に押し当てた。
     「っ!」
     一虎が驚きで目を開いた。何かを言おうと開かれた口に、するりとチョコを乗せた舌を滑り込ませる。
     「んっ」
     一虎の甘い声が俺の理性をどろどろに溶かしていく。
     甘い。柔らかい。甘い。
     二人の熱で口の中のチョコはあっという間に溶けた。それでも口を離せない。
     一虎は抵抗しなかった。
     唇をなぞるように舐めると一虎の肩が小さく跳ねた。腕に伝わるその振動に俺の嗜虐心が刺激される。左手を下にずらして白い首筋の虎に指を這わせる。指のはらで首筋の虎をなぞりながら右手でピアスがついている耳を触れば、さっきより大きく肩が跳ねた。
     「っ!…んっ」
     一虎が反射的に目を閉じた。声を抑えようとするせいで余計に身体はびくびくと反応する。
     その姿が俺の理性を完全に奪った。
     奥に逃げようとする一虎の小さな舌の先を舐める。
     「、ぅん…っ、ぁ」
     その瞬間一虎の身体が大きく跳ねて上半身の支えを失ったかのように俺のほうにバランスを崩した。
     一虎の手が俺のワイシャツを掴む。いつもは冷たい細い指が今は熱い。ワイシャツ越しに一虎の指から伝わる熱が、さらに俺の身体を熱くさせた。
     「んぅ…ふ、ぁぅ、」
     一虎が熱のこもった苦しげな声を洩らして唇を離そうとする。
     離すかよっ…
     一虎の後頭部に右手を回して頭を固定する。
     「んんっ!」
     叫ぶ一虎の唇を食む。何度も角度を変える度に鼻から抜けるような声が俺の脳を甘く揺さぶる。
     一虎の赤らんだ目もとにうっすらと浮かぶ涙が最高にエロい。
     奥に逃げる舌を絡めとる。
     俺のワイシャツを掴む一虎の指に力が入った。
     頭と首を掴まれて動けない一虎が、せめてもの抗議のように弱々しく俺のワイシャツを引っ張った。
     くちゅっ
     舌を動かす度にはしたない水音が響く。
     「ん…」
     一虎の小さな声が洩れた。
     俺のワイシャツを掴む手からしだいに力が抜けていく。
     
     やべ、やりすぎたか…
     一虎の唇からゆっくりと自分の唇を離した。
     二人の間を銀糸が繋ぐ。チョコの味はとっくになくなったはずなのに、飲み込んだ唾液はさっきのチョコよりも甘かった。

     「一虎?」
     一虎は肩で息をしている。流石にやりすぎた。やろうとしていたことはチョコを口移しで食べさせるだけだったのに、俺の理性は早々に吹っ飛んでしまった。
     「大丈夫か?」
     「…っ、ばかっ…」
     頬を赤らめ、潤んだ瞳で睨みながらの一言。
     …コイツ、可愛すぎる
     「しつこい、場地のばか…」
     潤んだ目でそんなこと言われても全く怖くもなんともない。むしろ誘っているかのようだ。
     一虎の腰に手を回してぐいっと抱き寄せ、腕の中に閉じ込める。さっきよりも密着度が増した。唇は触れそうなほどに近い。
     一虎はまだ睨んでいる。だがその目の奥には確かに不安と期待が曖昧に混ざり合っている。
     金混じりの黒髪をそっと耳にかけてやり、一虎の耳もとに唇を寄せた。
     「でもパフェはいらねえだろ?」
     「~っっ!」
     一虎の顔がさらに赤くなる。
     答えがイエスだと知っているのに一虎に聞くなんて俺は相当性格が悪い。
     あの漫画の主人公の女は特別、と言って男にキスでチョコを渡していた。バレンタインに漫画の二人が交わしたのは、口では言えない愛の告白だった。
     
     「好きだぜ、一虎」

     そんなの、一虎も俺のこと好きだって、期待するなっていう方が無理だろ?

     一虎は耳まで真っ赤に染めて俺を見た。驚きと喜びに満ちた双眸が熱をもって俺の心を射ぬく。
     「かずと」
     一虎が俺の腕の中からするりと抜けた。
     少し汗ばんだ指先が俺の頬に触れる。
     一虎の顔が近づいてくる。
     一瞬のはずなのに何もかもがスローモーションで俺の目に映る。
     ちゅっ
     控えめな音。唇が触れるだけの優しいキス。
     「…え?」
     今、キスされたのか?一虎から?
     「…これ、答え、な?」
     真っ赤な顔で、キスの余韻を噛みしめるように細い指を唇に当てながら、不安そうな目でそう言った。思ってることを伝えるのが下手な、一虎らしい答え。不安そうな目なんてしなくていいのに。でもそーゆーところも全部、大好きだ。一虎からキスされた事実がじわじわと俺の心に染み込んでいく。
     一虎は意を決したようにさっきの俺みたいに自分の唇を俺の耳に寄せてきた。
     「好き。場地。俺も、お前のこと好き」
     期待が確信に変わる。両想いだったんだな、俺ら。もっと早く知りたかった。もっと早く伝えればよかった。でももう全部どうでもいい。一虎の口から好きだと聞けたことがどうしようもなく嬉しくて、そのことがどんどん顔を熱くさせる。
     ふに
     一虎の唇が俺の耳に当たった。
     「耳あっつ…」
     「っ、るせ…」
     一虎が嬉しそうに笑う。俺の頬から手を離して背中に手を回してきた。上目遣いで俺を見詰めてくる。
     あーくそ、可愛い。
     「場地も、俺のこと好きだったなんて。だからわかったン?」
     俺の胸に頬を擦り付けながら聞いてきた。チョコのことだろう。
     「あー、実はサ、千冬がお前が読んでた漫画見せてくれたンだワ。ほら、これだろ?」
     床に落ちていた漫画を取って一虎に見せる。
     「は?」
     一虎が低い声を出した。
     「え、違うン?」
     「そんなんカンニングじゃねーか!場地が俺のことわかってくれてんだと思ったのに!ばか!」
     俺の腕から逃れてボカボカと殴ってくる。わりと痛い。いや普通に痛い。そういえばコイツ気性激しいヤツだったワ。
     まさか怒られるとは思わなかった。でも一虎からそう思われていたことが嬉しくて、つい口元が緩む。
     「何笑ってンだよ!」
     「や、悪かったって。ふ、はははっ!」
     ダメだ。もう全部楽しい。俺にこんな風に思わせるのはお前だけなんだぜ?なんて、怒ってる一虎には伝わるわけもないことを考えてしまう。
     「だーッ!笑ってンじゃねえよバカ場地!くそ!あの場地大好き野郎今すぐぶん殴って爪剥いでやる!」
     顔を赤くして怒る一虎が面白くて、可愛くて、愛おしい。 
     立ち上がろうとする一虎を抱き締めて、抱き締めたまま床に倒れ込んだ。
     「何すんだよ!」
     流石にこれで千冬がぶん殴られたら千冬が可哀想すぎるだろ。それに
     「俺放ったらかして千冬のとこ行くン?」
     そんなの許さねーよ。
     目の前の蜂蜜色の瞳を見つめる。無意識に抱き締める腕に力が入った。大好きな匂いがする。思わず一虎の髪の毛に鼻を埋めた。
     「…別に行かねーし」
     一虎が拗ねたような顔で唇を尖らせながら、でも嬉しそうに言った。
     「おう」
     千冬に、一虎に話しかけてやってくれ、なんて言ったけど、やっぱり話しかけないで欲しい。千冬と一虎が仲良く話してるところを何もしないで見られる自信がない。
     我ながら嫉妬深いと思う。でも嫉妬しないなんて無理だ。ずっと俺の腕の中に閉じ込めていたい。俺にだけその笑顔を見せて欲しい。
     「場地」
     一虎が俺の首に腕を絡めた。
     「俺、その目好き。俺のこと放さないで」
     俺はどんな目をしているんだろう。
     俺を見つめる一虎の瞳に映る俺は、独占欲にまみれた獣みたいな目をしていた。
     「当たり前だろ。お前が嫌がっても離れてやんねえよ」
     「俺の嫌がること出来ねえ癖に」
     顔を見合わせて笑い合って、どちらからともなく今日何回目かのキスを交わした。
     
     🍫🍫🍫

     横向きで向き合って、お互いの身体を抱き締めて、そしてお互いの好意を確かめ合うように何度も何度もキスをした。
     熱くなった身体を冷ますために、一虎が学ランを脱いだのはいつだったか。
     俺からのキスは激しくて一虎からのキスは優しくて軽かった。
     甘くて甘くて熱い時間。誰も邪魔をしない最高の時間。一虎の目には俺だけが映っている。なのに俺の視界に嫌でも入るそれは、俺を睨み付けるかのような存在感を放って俺と一虎の時間を邪魔してくる。
     「お前サ、あのチョコどーすンの?」
     こんなこと聞きたくなかった。答えを聞くのも嫌だし、俺だけを映すその目に、女子から貰ったチョコなんて映して欲しくない。
     「んー別に食っても良いんだけどさぁ、お前怒るだろ?」
     一虎が俺の顔を両手で包んで目を覗き込んできた。一虎の表情は楽しそうだ。
     「でもその目で見てくれるなら、食っちゃおうかな」
     そう言って笑う一虎の顔は悪戯好きの子どもみたいだ。期待で埋め尽くされた感情に、怒られるかもしれないなんて心配は微塵もない。
     コイツは俺の独占欲にまみれた目を好きだと言った。でもコイツは絶対俺の嫉妬深さも独占欲の強さもわかってない。だからそんな顔であんなこと言えるんだ。コイツの能天気さが気にくわない。
     「食わせねえよ、絶対」
     一虎の腰から手を離した。俺の顔を包む一虎の手を掴む。
     「場地?ちょ、うわっ」
     横向きの一虎の身体を仰向けになるよう倒して馬乗りになる。一虎の両手首を床に縫い付けた。
     「…場地、痛ぇよ」
     「そんなにこの目が好きかよ」
     期待に満ちていた一虎の目に不安が浮かぶ。
     その様子を見て俺は唇を舐めた。
     「ば、じ…?」
     不安そうに俺の名前を呼ぶ一虎が一層愛おしくて手首を掴む手に力が入った。
     「黙ってろ」
     「ちょ、おいっ」
     一虎が離せと言わんばかりに足をばたつかせた。
     そんなんで離すワケねえだろ。
     一虎の白く柔らかい首に歯を立てる。
     「いっ…!」
     一虎の身体がびくっと大きく跳ねた。
     柔らかい肌を傷つけないように弱い力で甘く何度も噛む。だんだんと一虎の足から力が抜けていくのがわかった。
     「ぅ、ん…ばじ、も、やめ」
     どろどろに甘い声が全てを言い終える前に、濡れた首筋を強く吸った。
     「いぁっ」
     一虎の痛みを訴える声が耳もとで響く。
     一度唇を離して一虎の手首を掴む手に力を入れ直した。一虎の首にはうっすらと赤い跡が残っている。
     「ばじ、もうやだっ」
     一虎が目もとに涙を浮かべて懇願するように言う。
     「まだ足りねえよ」
     もう一度一虎の首筋を強く吸う。
     「っ!」
     何度も何度も首筋に吸いついては唇を離す。
     首筋を吸う度に一虎の身体はぴくぴく波打ち、口から洩れる声はしだいに弱く、欲を孕んだものになっていく。
     最後にもう一度だけ一虎の首筋に甘噛みの感触を残して唇を離した。一虎の白い首筋には真っ赤な花が咲いている。
     「…ばじぃ」
     蕩けた瞳に俺が映った。身体が熱い。一虎の手首を掴む手には汗が滲んでいる。
     一虎を上から見つめれば、俺の黒髪が一虎を隠すように下に垂れた。まるで俺らだけの世界が出来たみたいだ。
     「なァ、俺がどんだけお前のこと好きかわかったか?女とか男とか関係ねえ、お前のこと好きなヤツとか許せねえし、その目にずっと俺だけ映してたい」
     こんなこと言われて、一虎はどんな反応するンだろう。一虎が何を言うか予想出来なくて、つい一虎から目を逸らした。
     「場地、そんなに俺のこと好きだったんだ」
     「はァ?」
     あまりに予想外な答えに思わず一虎を見てしまう。一虎と目が合った。
     「嬉しい」
     一虎がはにかむように控え目に笑った。その顔が今まで見た何よりも綺麗で、見惚れてしまう。
     「顔真っ赤じゃん。俺のこと大好きすぎ」
     「…当たり前だろ」
     何年想い続けてきたと思ってンだよ。今までずっとバレないように我慢してきた分、もう一ミリも我慢したくない。というか一虎への想いがとめどなく溢れてきて、我慢出来る気がしない。
     「俺、これ好きかも」
     一虎が白い首に咲いた真っ赤な花を見せてくる。乱れたワイシャツから覗く鎖骨が俺の欲を掻き立てた。ホントに無防備すぎる。
     「さっきやだっつってただろ…」
     「だって、さっきは場地怒ってたじゃん」
     今度は一虎が気まずそうに俺から目を逸らした。やはり俺に怒られるなんて思っていなかったらしい。まァさっきは怒るっていうよりコイツの能天気さにイラついてただけだ。そんなこと教えないけど。
     「でも、場地が俺のこと好きな証だろ?」
     一虎は顔を赤く染めながら恥ずかしそうにそう言った。
     「…まだ怒ってる?」
     顔を赤らめながらも不安そうに俺の目を探ってくる一虎が可愛くて仕方がない。
     「怒ってねーよ」
     もし怒ってたとしても、その顔を見て怒りを失わないワケがない。結局俺は一虎に弱いのだ。
     「でもあのチョコは食わせねえよ、絶対な」
     俺以外のヤツのチョコなんて食わせたくねえ。くだらない嫉妬とどうにもならない独占欲。お前はわかってくれるだろうか。
     「あんなん別にいらねえし」 
     一虎は俺が怒っていないことに安心したようだ。口元を緩めて小さな笑みを浮かべている。
     一虎の両手を解放すると、勢いよく俺に抱きついて胸に顔を押しつけてきた。
     「おわっ」
     突然の衝撃にバランスを失い、一虎に覆い被さるように前に倒れた。
     やばい、この体制はホントにきつい。ただでさえ我慢出来なくなってるのに、この体制で堪えられるワケがない。早く離れたい。
     「おい、一虎っ」
     「お返し。驚いたろ?」
     「ア?」
     一虎が愉しそうに目を細めて此方を見る。今度は悪戯が成功した子どもみたいな顔。やっぱりコイツは俺の想いの重さも何もわかってないようだ。
     そもそも事の発端はお前だろうが、と言いかけて、止めた。一虎が笑ってたら、結局俺はそれだけで満足しちまう。惚れた弱みってやつはおそろしい。
     ふざけんな、なんて形ばかりに言った俺の顔はきっと最高ににやけてた。

     
     
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