向かい合った席からそれは、良く目立って、とても目についた。私の隣に座っている伏黒も、とっくに気付いているだろう。
「虎杖。あんた、いつの間にそんな色気付いたのよ」
「へ?」
ゆらゆらと細い湯気をたてる揚げたてのフライドポテトを頬張りながら、虎杖は一瞬、キョトンとした表情を浮かべる。が、すぐに何かに思い至ったらしい。
「あ…コレね」
独り言のようにそっと呟くと、左の耳たぶに触れた。
およそアクセサリーの類とは縁遠そうな彼の耳に、シルバーの小さなピアスがひとつ、存在感を放って鈍く輝いていた。シンプルながらも美しいフォルムのそれは虎杖の髪色によく映えていて、一目見てなんとなく、高級そうなイメージを受ける。高級、と言えばイヤでも連想されるのが、金銭感覚ガバガバの元担任である男だ。そして虎杖があの男に恋を患っていたことも、その感情をあの男が憎からず思っていたことも知っている私には、ピンとくるものがあった。乙女の勘が、告げている。
ーコイツら、とうとう、くっついたな…?
直接聞いたわけではない。しかし、この勘がハズレではないだろうということは、虎杖の様子を見れば一目瞭然だった。口元にやわらかな笑みを浮かべて、優しい手つきでピアスの輪郭をなぞる。誰を思い浮かべているのか、なんてことは、聞くだけ野暮だと思った。コイツがどんな気持ちで、ひとりの男を想い続けていたか、近くで見てきたのだから。
「良かったじゃない」
ひと言、そう言ってやった。すると虎杖は、おう、と嬉しそうに破顔した。クソ。リア充め。幸せそうなツラしやがって。真希さんにフラれた身としては、素直に祝いきれないところもある。いや、厳密に言うとフラれたわけではない。ただ、今日は二人で遊ぶ予定だったのに、急用が入ったとドタキャンされてしまったのだ。それがウソでないことは、というか、真希さんがそんなくだらないウソを吐いてまで約束を反故にしないことは分かっている。本当に予定が出来てしまったのだろう。けれど前々から楽しみにしていた私はなかなかにショックを受けたので、こうして急遽、虎杖と伏黒を呼びつけて酒を飲んでいる。
しかしピアスひとつから虎杖と担任の現状にまで辿り着くだなんて、私には探偵の素質まで備わっているのかもしれない。
将来が有望過ぎて困ったわ〜と機嫌をグングン上昇させていると、ふ、とテーブルに影が落ちた。
「や。お待たせ」
そこには(私の中で勝手に)渦中の、元担任が、相変わらずの胡散臭い笑顔で立っていた。
「…呼んでませんけど」
私よりも先に、伏黒が言う。
「えー?僕だって、呼ばれたからさっさと仕事終わらせて来たんだけど?ねぇ、悠仁」
肩に腕を回し、担任が虎杖の隣に腰を下ろす。
「あ、うん。先生もいた方が楽しいかと思って…勝手にゴメン…」
確定だ。虎杖はこの場で私たちに、自分たちのことを報告するつもりなのだろう。伏黒も察したらしく、何かを諦めたように深いため息を吐いた。
チラッと、担任の耳元に視線を向ける。…何も、付いていなかった。虎杖が左耳にだけピアスをしているので、てっきりもう片方を付けているかと思ったのに、意外だった。
どうやら表情に出ていたようで、担任は私の顔を見て、そっと目を細めた。シー、と、人差し指を口の前に立てる。虎杖は、なぜか真っ赤になり、両の手のひらで顔を覆った。
…あー、ハイハイ。ピアスの場所は、虎杖しか知りませんよ、てか。
虎杖のヤツ、尻に引かれそうだなと思った。けれど、私は知っている。虎杖悠仁は、やる時はやる男なのだ。今はまだ一枚も二枚も上手なこの胡散臭い男が、いつ、そのことを身をもって知ることになるのか楽しみだ。
「おねーさん!ビール!ジョッキで!!」
「わお。いくねえ、野薔薇」
スマートフォンに通知が届いた。真希さんからライン。今から行ける、って。
この上なく良い気分になった私は、甘くて、ひまわりみたいに真っ黄色の卵焼きも、追加で注文したのだった。