恋から愛になれない
恋から愛になれない。
恋は自分本意で愛は相手本意だという。
だとしたら私から彼への気持ちは未だ恋なのだろう。
だって彼の望みには応えられない…。
一方、彼から私への気持ちは愛なのだ。と嘘つきで捻くれた彼の口から直接言われたワケでもないのに、それはハッキリとわかる。
「全部…全部終わったら…きみのところに行くつもりだからさ
それまでは舞台を降りられないから」
「全部終わったら、ね…。
そうして磨耗して残ったカスみたいなきみなんて俺はいらないよ」
嘘。
そんな残りカスになった藤丸リツカでさえも、彼はきっと大切に大切に抱きしめるのだろう。
「ごめんね…。君の事は…本当に…一番大切なんだけど…それでもさ、私にはやらなきゃいけない事がまだあるからさ…
だから…オベロンの気持ちは凄く嬉しいんだけど……」
気持ちに差異があって…申し訳なく思う。
全てを終わらせたいのは藤丸リツカの為。彼女を解放して、舞台から引き摺り下ろす為。
その命を終わらせようとすれば彼にはすぐ出来るのに、待っててくれているのも藤丸リツカの望みだから…。
どちらも、リツカを想っての事だ。
一方、自分は彼を大切に想い、その気持ちに応えたいが今は出来ない。
ただただ、彼からの愛情を渡されているだけ…そこが凄く、歯痒かった。
だからと言って、自分の信念を容易く曲げることはしたくないが。
「またくだらない事考えるのに時間を費やしてるね。本当、きみは無駄な事が好きだね」
「…君の事を考えるのは、無駄な時間じゃないよ?」
「そう?目の前に本人がいるのに…」
マイルームのベッドの上、あぐらをかきながら少しだけ不機嫌そうな顔をしたオベロンの頬を撫でごめんね、と告げると彼の水色の瞳がリツカの方を文句ありげに見た。
「どうせ答えは変わらないくせに、考えたって無駄じゃないか」
「っ…そう、だけどさ……!
好きな気持ちは…一緒なのに……私ばっかり…君に我慢させてるのが…嫌っていうか…。確かに悩んでも仕方ないけどね
でも…君を思う気持ちの重さは一緒だって…何とか…伝えたくて」
「無理だから、いいよ」
その言葉の意味が優しさなのか拒絶なのかはわからない。
だけど、困った様に目を伏せたリツカの頭に触れた彼の掌は優しかった…。
「言葉なんて薄っぺらいものに…真意を込めたって相手の受け取り方次第で意味のないものになる。」
「行動の方が大事って事?」
「俺の霊基をここまで強化しといて、自分で気付かない?
きみたちには大切なものなんだろ?聖杯は…
それを惜し気もなく…心血注いで手に入れた物をほいほいと何個もまぁ…
種火も飽きる程食わされたし…」
うぇー…と。もう食べたくない、とジェスチャーして見せるオベロンの様に、リツカの瞳が瞬きを繰り返す。
「っていうか、自分で食べる為の種火集めの周回とかほんっっとしんどかったから…林檎まで齧ってさ…
本当、俺なんかの為にきみは馬鹿なんだな、と思ったよ」
「……ちゃんと…気持ちは通じてる、って事?」
琥珀色の瞳が揺れ、不機嫌そうな想い人を期待に満ちた色でじっと見つめる…。
「普通さ…心身を擦り減らしてまで集めた大切な物は独り占めしない?
それを惜し気もなく渡すって…馬鹿でも気づくでしょ。ま、きみの場合ただ戦力が欲しくて強化したのかもしれないけど?」
「っ…違う……!!私は、君に……っ…
君を…強くして…一緒に…戦って欲しかったから…一緒に、居たかったから…!!」
オベロンの返事はなく…リツカの頭を撫でていた指がするりと降り、その身体をぎゅっと抱き締めた。
温かな体温と、頬に触れた首元のファー…そして呆れの混ざったため息が耳元に聞こえる。
「きみを退場させたい俺を強くする、って本当…馬鹿だね…きみは。
自殺願望?」
「でも…君はその時が来るのを待ってくれる、って信じてるから…」
なら、そこに藤丸リツカからの愛は確かに存在しているのじゃないか。とオベロンは口に出さないが思う。
一度は命の危険に晒された相手を…馬鹿みたいに信じて…。
「リツカ…」
彼にしては珍しい、酷く甘い掠れた声が聞こえた…と思いきやリツカの唇に彼の唇が重なる。
優しく、触れるだけの口付け。
何度も、何度も…その行為は繰り返され、オベロンが角度を変えて唇を塞いだ…と同時に、リツカはその場に押し倒された。
「んっ……ま、待ってオベロン……」
「何?」
どうして止めるのだ、と水色の瞳が乞う様にリツカを見つめる。
切なく濡れた瞳と染まった頬。
言葉では感情の起伏を見せてはいなかったものの、オベロンの中には確かにリツカに対する感情がザワつき始めていたようで。
「今更止めないでよ…」
火がついたらあとは燃えるだけ。
水をかけるだなんて、無粋な事はするな、と…
オベロンはリツカの唇を塞いで言葉を封じてしまうと、焚き付けられた火を昇華するようリツカを貪った。
「行動の方が大事って、自分でさっき訊いたじゃないか?」
「っ…こういう、意味じゃっ…ひゃ……!ちょっと…やっ…んンっ〜…」
「気持ちを伝えたいって、そう思ってるならさ。きみを喰らうのを待っててやってる優しい俺に、こっちを食う事くらい二つ返事で許したらどう?
むしろ自分から差し出すべきじゃないか?」
押し倒され、戸惑いつつも…リツカは真剣に考え込んでしまいその場に押し黙ってしまった。
しかし…その沈黙はすぐに破られ…
「……オベロンの…好きにして…いいよ」
そう、身を委ねる言葉を口にした。
それが、彼に応えるという事だと思ったから。
しかし、オベロンはため息を吐き「だからそういう自己犠牲っぽい発言はさ…」と照れ隠しの様に独り言を溢すと。
「…ま、身体にわからせた方が早いか。
わかった。今からきみの事…俺の気が済むまで抱くから」
「……気が済むまで…?」
「そう、きみが、そうして良いって言ったんだから」
「えっ?!いや、あの…そういう意味じゃ……そんな…!」
今更慌てて、リツカがオベロンの身体を押し退けようとするも頭の中でさっきの言葉が反復する。
言葉は相手の受け取り方次第だ、と……。
しまった。
「ち、違う、から……い、一回だけ!えっちするなら一回だけだから!!」
「へぇえ〜?たった一回?きみの気持ちってその程度なワケ?それとも、一回で伝え切れると思ってる?
────足りないから」
ぎしりと伸し掛かるオベロンの身体が観念しろと伝える、苦しいのに…リツカにはその重みが酷く愛おしい。
彼の望みは自分を此処から退場させる事。
嗚呼でも…
自分の気持ちを彼に伝えるなら、まだまだ時間が足りないな…と。ワガママにもそう思ってしまった。
気持ちを伝えるのに終わりなんかない。
好きだという気持ちも、もっと世界の色んなものを君に見せたいという気持ちも…愛しているという気持ちも…
一緒にいればいるだけ、伝えたい想いは量を増してしまう。
「…好き……大好きだよ、オベロン…」
「俺はきみなんか大嫌いさ……ほら、もう黙りな?」
二人がその夜正常な会話を交わしたのは、その言葉が最後だった。