ふわりと意識が浮上したと思った時には頭の下にあるのは柔らかいとはいいがたいけれど温かくて心地よい感触と頭を撫でてくれる骨ばった掌。
それらが余りにも心地よくて「ん~~~」と言いながらも頭の下にあるそれ腿にはさらに頭をこすり付け、撫でてくれる掌を離れていかないようにと僕の手で押さえる。
もぞもぞと動く僕に気づいたのだろうお兄さんは目を落としていた論文をサイドテーブルに置いたらしい音がして。真紅の瞳は僕をとらえながら言った。
「起きました?」
「うん。いっぱいねた」
何時もであれば、寝起きはぼんやりとしては山崎君や国子に世話を焼かれているのだけれど今日の起き抜けの頭は比較にならないほどに明瞭とはしていたけれど、この暖かさを手放すのが惜しくて舌足らずな声で応えれば、お兄さんは嬉しそうに「そう。それはよかった」と膝に乗せた僕の頭を撫でた。
(うん?よかった???)
良かったのだろうか?
正直悪くはない。だってお兄さんに膝枕してもらう感触を知れたんだから。
でもさ。
でも
「え~~、せっかく会ってるのに僕が眠っちゃったら退屈って思ってくれないの?」
だって僕さえ起きていれば、今度お兄さんとやりたいと思っていたボードゲームも、論文のディスカッションも、妖怪に関しての授業だってできたのが全部パーだし。
それに
(お兄さんは、僕と遊べなくて残念って思ってほしいのにな)
自分が寝てしまった事を棚にあげて、恋に頭が茹っている僕には、おにいさんの我儘がみたいんだものしょうがない。
ちょっと不服そうにお兄さんの膝の上でことりと首を傾げれば
お兄さんは一瞬だけ驚いた顔をしてから破顔して
膝に乗せた僕の頭、その耳元近くまで顔を寄せて
「少しだけ寂しかったけど、それよりも寝顔が見れて嬉しいです」
しーと唇に指をあてながら秘密ですよと言った。
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『少しだけ寂しかったけど、寝顔が見れて嬉しいです』と言ったのは
今、僕の横ですーすーと穏やかに寝息を立てる人。
(確かにね)
昔言われたときにはあまりピンとこなかったけれど、自分が寝顔を見る側に立ってみれば完全同意でしかない。
寝顔なんていう自分で知覚も制御もできない姿を晒せる人なんて、きっとよほど信頼しているか愛しているか、それともその両方の人だけだろう。
(だけどそれだけじゃないよ。お兄さん)
それだけじゃ片手落ちだと眠るこの人に伝えたいし、伝わればいいと思う。
白い頬、黒くけぶる長い睫毛、色素が薄いピンクの唇に、黒曜色の頭髪。
少しだけ垂れそうな涎に、たまにでる寝言。
全部が全部、綺麗で愛しくて可愛くて。
寝る姿をずっと見てられることも間違いなく愛であると、早く貴方も気づけばいい。
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以下別ネタ
今日は珍しくテンションが低いな、とは思っていたけれど
お互いに気になる論文を読み始めて数分。こくりこくりと舟をこぎだした次の瞬間には
ゴン!!という鈍い音を立ててソファのアームレスト部分に思いっきり左側頭部を打ち付けていて
(ぎゃーーーーー!?)
声に出ない位の絶叫をあげながらも明君の左側に移動して側頭部を見れば・・・まぁ・・傷はなさそうだし、なんならアームレスト部分の方が粉々に割れてたりするけれど。
(え?起こした方がいいのかな?)
本人スース―と寝息立てて寝ているけれど、医学の知識など無い素人が判断できることではないと思って頬をぺちぺちと軽くたたきつつ「明くーーん。起きてー?起きられるかなー?」と呼ぶこと数秒でうっすらと開いた瞳と「お兄さん」と僕を呼ぶ声
(あ、意外に大丈夫そう)
「明君、今思いっきり頭打っちゃったんだけど痛くない?」と問えば
「うん。鬼妖怪だし大丈夫だよ」スラスラと応えるそれに少しだけ安心しつつも
念のために冷やしたタオルも当てておこうとしゃがんでいた腰を上げようとすれば
ぎゅっと胸元に抱き着かれた
(ぎゃあ!!!?)
おもわずまろび出そうになる悲鳴を押し込めた耳に届いた小さな声。
「もう、帰っちゃうの?」
「ちがう、よ。頭打っちゃったなら冷やさなきゃだから」
その声がいつものたかはし先生とはかけ離れた声だったから
だから冷水でタオル冷やしてくるだけだよ、なんて安心させるように言うけれども
胸に縋りつく力はよりいっそ増して(まるで溺れる者が藁をつかむように)
「いらない。そんなの要らない。要らないからここにいてよ」
「要らなくはないでしょう?。だって冷やさなきゃ痛いままだよ?」
「痛くないもん。こんなの痛くない。お兄さんが居なくなっちゃう方がずっと痛いよ?」
はらはら、はらはらと零れた涙で、シャツが濡れていく。
「ねぇ、なんで?俺、もう医者になったよ」
「お兄さんとの約束も、ちゃんと守って誰も傷つけてないよ?」
「動物妖怪の寿命だって伸ばしたよ?」
ねぇ
全部が全部
貴方との約束を守ったから
「やっと俺に責任を取らせてくれに来たのに。またどこかに行こうとしないで」
必死で縋りつく指
流れる涙
君の150年と、僕の1時間
ちょっと考えればわかる事は、だけれど体験していないものにとっては
どこか他人事だったから。
だから
「ごめんね」
分かってあげられてなくてごめん。
簡単に君に約束をさせてごめん。
僕の傷の責任までずっと負わせてごめんね
だけど約束を守ってくれててありがとう
君の未来を守ってくれてありがとう
ありがとうとごめんねを出来るだけこめて、それですら150年分には足りないだろうけれど。
君をぎゅと抱きしめれば
「ごめんね、じゃなくて。沢山ほめて」と君は言った
たかはし先生は寝ぼけてます。寝ぼけて140ねんくらい経った頃の気持ちで居ます。
なのでちょっと幼い。