「たかはし先生の婚約者はどんな方なんですか?」
きょとりとした純粋な瞳、どこか稚い声は斜め対面に座っている人は素面である。
アルコールの摂取よりもごはんが食べたいと言う人だから、あまり飲まずに食べていた酒豪。多分意識ははっきりしている。
はっきりしているからこを余計に性質が悪いのだけれど。
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学校関係者(含む、150年前の僕たちの担任の先生)での個室飲み会となれば、まぁ仕事の話も出るもので。
お酒を飲みつつも『妖怪の歴史にはまだまだ勉強が足りなくて』とちょっとだけしょげたように安倍先生が零せばここぞとばかりに俺も俺もと、知識を教えようとする気持ちはわかる。(基本安倍先生は賢い上に努力家だったりするから、こっちが教えられるチャンスなんてあまりないのだ)
妖怪の身体的特徴や能力
それに応じた細分化や家の成り立ちを妖怪学の神酒先生に、化学の秦中先生がそれぞれの教科を歴史と絡めて教えだし、学園長先生と元担任の先生と僕の親友が知識の補強とばかりに足していくのをふむふむと真面目に聞いていたのだ。
「で、それが『家』や『一族』の成り立ちですね」
とようやっと締めの言葉までを聞いていた安倍先生は、ことり、と小首を傾げた後で冒頭の言葉を言うまでは。
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がちゃん、とビールジョッキが斃れる音と
噴き出しそうになったのを堪えた故のせき込み音とひーひーと全く堪える気もなく笑いだす声
そして
「は???」
自分の横に座っている親友から、今まで聞いたこともないような『は?』という疑問の声。
(マジレスだよ・・・)
背筋にスーっと冷や汗が流れたのを自覚しつつも、安倍先生を止めようと「唐揚げ!唐揚げ食べてください!」と渡そうとすれば、安倍先生はアツアツの唐揚げを受け取りながらも
「ん、と『鬼』は力が強くて一族意識を強い故に、その血にほかの血を混ぜることをよしとはしない・・んですよね?」
「まぁ、そうやね」
「だから、荊棘さんは最初、婚約者がいたわけだもんね」
「あぁ。まぁそうだな」
神酒先生は軽く、いろいろ気づいている秦中先生は真っ青になりながらもなんとか出した答えに、「あっててよかった!」なんて無邪気に笑ったまま
「ということは、たかはし先生には婚約者がいらっしゃるんですよね?」
爆弾を落とした。
いや・・・よく考えてみろと言いたい
150年間責任を取りたいと待っていた男が
たった一人にだけ『解剖』を迫らない男が
のらりくらりとして見えるけど、一応この道では権威と呼ばれる多忙な彼が、学校医をしている理由だとか。
多忙中にも関わらず日参している理由だとか!
ねぇ!?
もしかして少しも伝わってない!?
嘘でしょ!?
ちょ・・・
余りにもあり得ない現実に絶句して横を見れば、親友はいっそ怖いくらいに微笑んで「ふーん」と言った。
(((怖っっっっっ!!!!)))
さっきまでゲラゲラ笑っていた元担任すらドン引きの顔しているし。
皆の心が一つになった瞬間だよ!(こんなことで分かりあいたくなかったけど!)
そんな雰囲気をなんとなく察してなのか、安倍先生が不安と反省と後悔を混ぜ込んだ表情と声
「えっと、もしかして聞いちゃダメなことでした?」
「いや。そんなこと無いよ。お兄さんが僕に聞いちゃ駄目なことなんて何一つもないよ」
あと、婚約も結婚もしていないよ。と噛み含める声に、「本当にごめんなさい」と反省しきりの安倍先生の頬に触れて
(((頬に触れたーーーーーーーーーー!!!!!????)))
「ただ、少しも伝わってなかったんだな、って思っただけだから」
と親友は捕食者の眼で笑った