中華BLっぽいもの 幼い唇から思わず感嘆の吐息が零れた。
神仙がこの世に顕現するなら、きっとこんな姿をしているだろう。
清水に咲く清廉な蓮の様なその少年は、真冬の冴えた空気の中で白い指を真っ赤にしながら泥だらけの衣を必死で洗っていた。雪の様に白い頬にも泥が飛んでいる事と先程までの喧騒とを鑑みるに、彼はあの騒動に関わっていたのかもしれない。
洗っている衣はこの洞山で支給される道衣だ。真っ白な道衣は黒い泥で汚れていて、彼はその泥を落とそうとしているらしい。
黎雪花(レイシュエホワ)には関わるな。
垣間見ていた少年はそんな話をふと思い出す。
それは由緒正しい道門である黎氏に入った者達の間で密かに囁かれる話だった。
古くからある道士の修行場として姚淵山黎氏は非常に有名だ。厳しい修行に励み、やがて仙道に至る為に研鑽を積む若者達が集まる修練場を設け、広く門徒を集めている。
少年…曹翔宇(ツァオシャンユー)も幼くして姚淵山の門戸を叩き、それから五年ずっと修行に励んできた。
仙道に至る道は険しく長い。修行は厳しく、時には人々を困らせる妖魔や呪術が起こす問題を解決する為に遠く派遣されることもある。そんな日々の中、翔宇も周りの仲間とも励まし合いながら研鑽を積み、そして多くの落伍者を見てきた。
黎雪花はそんな道門の中では異端の存在だ。門主である黎氏の養子であり、体こそ弱いものの剣術にも法術にも優れた麒麟児であり、いつも問題を引き起こす問題児だった。
噂話くらいしか娯楽の無い修練場では面白いくらい彼についての話が蔓延っている。どこまでが本当でどこまでが嘘なのか、比較的在籍歴の短いそれは翔宇にはわからない。ただ事実なのは黎雪花の容姿と来歴が非常に特異なものである事だ。
老人の様に白い髪、血の様に赫い瞳。屍人のように青白い肌。幼いながら非常に整った冷艶な容姿。身のこなしは優美で誰もが一目見ればその姿に見惚れてしまう。
これだけ聞けば優れた人だと思うだろう。しかし、彼の評判に深い影を落とすのは彼自身の出自だ。彼はかつて存在していた邪道使い達の唯一の生き残りなのだという。黎氏がかの邪道使い達を滅ぼした際にただ一人乳飲子であったが故に目溢しされ、黎氏が育ててきたのが黎雪花だ。
人は人智を越えたものを見ると畏怖を覚える生き物なのだと昔祖父が話していた事を思い出しながら翔宇は雪花を見つめた。養父である師や長く所属している兄弟子達は雪花を可愛がっているようだった。雪花もまた彼等には多少気を許しているのか表情を緩めている事が多いように思えた。
その時の様子を思い出して、翔宇は何となく面白くなくなった。
「……手伝おうか」
気がつけば翔宇は声を掛けていた。自分で自分の行動に驚いたが、それ以上に相手は驚いたようで細い体をびくりと震わせる。
赫い瞳が探るように怪訝そうに翔宇を見た。噂では血のようだと言われているが、翔宇にはもっと美しい物に見える。春を告げる紅梅のような澄んだ赤は幼心に酷く美しい物に思えた。
「……いい。関わらないで」
ゆるりと首を振れば、真っ白で艶やかな髪が揺れる。上質な絹糸のようなその髪も紅梅の瞳も、翔宇を魅了して止まなかった。
柔らかな拒絶は絶対的だったが、翔宇は構わず袖を捲りながら雪花に近付く。雪花はずかずか近付いてくる翔宇に困惑しているようだった。