ぽきげ 友人のルガディンに勧められた本に没頭していた。彼も恋人のエレゼンに面白いと紹介されて気に入ったので、と言っていただけあって夢中で読み耽ってしまっていた。じわりと眼球が熱を帯び、文字の羅列が霞む。栞を挟んだページを閉じ、本を傍に置く。眼鏡を外した目元を鼻筋に向けて指圧していると、
「はい」
ぴとりと頬に何かが触れた。横目で確認すると猫舌の自分に合わせて温度を調整してくれたであろうホットドリンクが入ったカップが密着していた。カップを両手に保持してこちらを見下ろすヴィエラに礼を述べ、カップを受け取る。コーヒーにしては淡い色合いの液体の香りを確認していると、カフェラテだよ、と隣に腰掛けた彼女に微笑みかけられた。なるほどと返しカップを傾けると、ミルクでまろやかになった焙煎の苦味とは微かに香ばしい風味が舌に広がった。思わず首を傾げてしまうと、隣から小さく笑い声が聞こえた。
「いつもと違うでしょ?麦のミルクを使ってるんだけど……」
大丈夫かなと同じように首を傾げてきた彼女に美味いと返した。そんなものもあるのかと感心しながらまた一口味を確かめる。
「メープルシロップとかで甘くしても、合いそうな風味だな」
「蜂蜜も合うよ」
口に合ってよかった、と安心したように頬を緩めた彼女が何かを思い出したかのように表情を輝かせた。
「甘いと言えば……じゃ〜ん!」
ヴィエラが自身の鞄から綺麗に包装されたものを取り出してきた。焦らすようにリボンを解き、包装紙をゆっくりと広げていく。開かれた包装紙の内側はつるりと滑らかにワックスで加工しており、包まれていたものが付かないようになっていた。そしてその中にあったのはウルダハで流通している、細長いビスケットの表面がチョコレートでコーティングされたお菓子だった。
「今だけの期間限定品!やっと買えたんだぁ」
弾んだ声で見てみて、と広げた包みをぐいぐいと近付けてこられ、ふわりと小麦やバター、チョコレートの香りが鼻先をくすぐる。グルメな彼女のこだわりの逸品だ、不味いはずがない。良かったなと返していると、摘み上げた一本を頬張った彼女が満足気な声を上げた。その様子に目を細めていると、食べかけのビスケットを咥えたまま摘み上げたもう一本をこちらに差し出してこられる。不意打ちだったが最早慣れたものだし2人きりの現状なら容易く口を開けて彼女に応じた。軽やかな口当たりと甘過ぎないチョコレートに馴染む素朴なビスケットの風味に思わず目を細める。咀嚼して美味いな、と呟くと、でっしょお!と嬉しそうに返された。
しばらく2人で菓子とカフェラテを堪能していると、
「ん」
煙草の様に端を咥えたヴィエラがこちらに顔を向けてくる。一度目を瞬かせ自身の食べかけの菓子をポリポリと齧っていると、再度同じように上半身を乗り出して距離を近付けてこられた。咀嚼と嚥下を終え、思わず溜息を漏らしてから、彼女に顔を近付ける。反対側の端を唇で軽く咥えると、待っていたと言わんばかりにぽりぽりと彼女の口が動き始めた。そのままで居ると何かを訴えるように上目遣いで軽く睨みつけられる。彼女の何倍も遅く自身の口も動かし始めると満足気に彼女の瞳が細くなった。摘んで食べやすいようにとの配慮か、コーティングされていないビスケットとチョコレートの境界線唇の動きを止めてしまう。こちらに構わず口を進めていた彼女の顔が近付いてきて、反射的に顔を引いてしまった。瞬間、菓子がぽきりと折れた。
「あ〜あ」
残念そうに唇を尖らせた彼女に、つい弁解するように言ってしまう。
「チョコの部分が食べたいと思って」
じっと見つめられ、見透かされているのだろうなと口を噤んだ。上手く誤魔化しちゃってぇ
、と形の良い唇を歪めた彼女がまた一本、口に咥えてこちらに向き直る。その前に二人の間に置かれた包みを脇に退かすのを彼女は忘れなかった。
「はい、おかわりど〜ぞ」
こちらを気遣ったのか、おそらく最大容量を購入してきたのであろう菓子はまだまだ残っていた。彼女の期待に応えるまでは続くであろう戯れに、苦笑しながら彼女に身体毎近付いた。