解錠 重怠い頭を押さえて、ルガディンはゆっくり身体を起こす。無機質かつ生活感のない室内の床に転がされていたようだった。どことない既視感を覚える部屋の壁には「パートナーに愛されてる自信があるほど早く開く部屋」と書かれていた。無害そうな部屋で何よりだと思い、周囲を見渡す。当然ながら窓は見当たらず、厳重に鍵がかけられた扉のみが佇んでいた。念の為ドアノブに手をかけてみるも、扉は開かない。そうだろうなと苦笑して室内にぽつりと置かれた椅子に腰を下ろした。
さて現実逃避はここまでにしておこう。自身を愛しているとされるパートナー、と言われれば、当然彼女のことになるだろう。世間一般的にはエターナルバンドもしており、周囲もそう認識してくれている人も少なくはない。しかし情はなくとも教会の門は広く開かれ、エターナルバンドは誰かれ問わずできるものではある。そう形容すると語弊が生じるが、彼女に情がないわけではない。というかむしろ自身が思っている以上に彼女には大きな感情を抱いている恐れがある。あれほど魅力的かつ素敵な女性が自分を選んだ、などというのは正直尊大すぎる。思い上がりも甚だしい。
であればこの部屋で独り朽ちていくのが自分には相応しい気もしてくる。所持しているハウジングは彼女と共有なので、何かあれば彼女が上手いこと処理してくれるだろう。もしこの部屋が自分に良からぬ感情を抱くものの謀略なら、効果はあるなと思う。暗くも眩しくもない室内には時計などなく、今が何時なのかもわからない。とりとめもない事を考えていた自覚はあるが、他に気を紛らわせるものもないなら思考に耽るぐらいしかできない。
「おーい」
幻聴かと思うほどの大きさの声が扉の向こうから聞こえた。返事したところであちらに届く保証もなく、罠の可能性も考慮してしばらく様子を見てみると、
「バカなこと考えてないでさぁ、早く前言ってたカフェ行こ」
期間限定のどっさりフルーツパフェ、と普段通りの口調で心当たりしかない事を言ってこられる。その声を聞くと独りで懊悩していたのが確かに馬鹿馬鹿しく思えてきた。でも鍵が、と思うより先に手を伸ばしたドアノブは、先程の手応えが嘘のようにするりと動いた。
扉の前で佇む彼女は遅いと責めるでもなく、ただいつも通りだった。
「早く行こ」
口を開くより先に手を引かれ、お店混んじゃう、と弾んだ声が遅れて耳に届く。絶対食べきれないから手伝ってよね、とひたすらに普段通りの彼女に目を閉じて頷いた。
*
朧げな輪郭に目を瞬かせる。周囲に乱雑に置かれていた眼鏡を手探りで見つけ、耳にかけた。懐かしさこそないが既視感しかない部屋の文字を認識するより先に、深呼吸する。深く息を吐いてから、真っ直ぐに扉に向かった。昔より薄く粗末に感じる扉は容易く開く。
「おかえり」
変わらず美しく微笑む彼女にただいまと返し、深く皺の刻まれた口角を微かに上げた。