『紫紺のギタリスト曰く』「……アカネさんてそんなにつぐのこと好きなんすか?」
口にだしてからしまったと思った。けれど金色の瞳はとっくにこちらを向いていて、今更"なんでもありません"と首を横に振れる雰囲気ではない。何よりアカネさんの場合そんな言葉で誤魔化されてはくれないだろう。
はじめて顔を合わせた時から思っていた。なぜこの人は、そこまでつぐのことを特別視するのだろうと。
競合相手ならまだしも相手はプロデビューしたばかりの嘴の青い新人アーティストだ。もちろん俺にとってはアイツ以上のボーカルはいないが、その評価には少なからず身内特有の贔屓目が含まれている。当然バンドとしての実績も遠く及ばないから、どうしてアカネさんが事ある毎につぐに絡むのか不思議でならなかった。
……今も、アカネさんの視線の先にはつぐがいる。
その姿を見て胸に秘めていた問いが突発的に零れてしまった。アカネさんはこちらを見つめたまま何も言わない。間に流れる沈黙が重く、背中を冷や汗が伝う。
「叶希のことも好きだけど?」
「……えっ」
思ってもみなかった返答に一瞬思考が停止した。
この人、今なんて……好き……?
頭の中で反芻して耳が熱くなるのがわかる。まだファンに伝えられるのですら慣れていないのに。
狼狽える俺を他所に爆弾を落とした本人は「そういうことじゃねーの?」と涼しい顔で首を傾げている。
「いや、あの……つぐのことを聞いてるんすけど……」
「知ってる」
「じゃあなんで俺の話……」
「なんでって言葉通りの意味。叶希のことも、」
「だぁー!それはもういいですわかりました!ありがとうございますっ!」
……なんでお礼言った俺。好意を向けられて嫌なやつはいないだろうが、この場合"ありがとうございます"は違うんじゃないのか……?
悲しいかな、ポーカーフェイスを装おうにもすでに真っ赤に染まってしまった頬や耳は誤魔化しようがない。もう一度同じことを言われたら今度こそこの場から逃げ出したくなる。
「……からかわないでくださいよ」
「からかってねーって。俺インクロ丸ごと好きだし」
「いや、だから……」
「今更。んな照れること?」
とっくに知ってんだろ
いつもの意地悪いそれではなく、穏やかな色を湛えた切れ長の瞳がすっと細まった。それこそまるで"愛しいもの"を見つめるように。
むず痒さに耐えきれなくなってパッと視線を逸らすと、正面から軽く笑った気配がした。
「あぁ。それともわざと言わせてるとか?策士だな叶希は」
「違いますっ!」
「わりーわりー、怒んなよ。冗談だから」
「べつに怒ってはいませんけど……!」
今度は絶対にからかわれた。顔を見れば一目瞭然だ。
……疲れる。アカネさんと会話するのが決して嫌というわけではないが、単純に疲れる。ただ話しているだけなのにエネルギーの消費量が半端ではない。
ぜーぜーと肩で息をする俺を見て愉快そうに喉を鳴らす隣を恨めしげに見上げると、アカネさんはもう一度悪いと言って視線を戻した。追うように辿ると、その先にいたのはやはりつぐだ。
「あんま意識してねーな、アイツ見てる時は」
「どういうことすか?」
「自然と目で追ってる」
……あぁ。それは確かに。
「なんとなくわかる気がします」
「だろ」
「よく動くし喋るし、とにかくジッとしてないから目につく。……それに」
「眩しい?」
頷いた。ただ目立つからというだけではない。まるでヒマワリが太陽のある方に向かって花開くように、自然と目を向けてしまいたくなるのだ。
「アカネさんだってそうですよ」
「……俺?」
そんなこと思いもしなかったとばかりに目が瞬く。
予想外の反応だ。てっきり誰よりも自覚があるものと思っていたのに。業界問わずアカネさんほど存在感のある……それこそ光の粒が集約したような人もそういない。
「俺とつぐみじゃ全然ちげーだろ」
「まぁ……それはそうですけど」
確かに一言に"眩しい"といっても輝き方は様々だ。
インクロとルビレのボーカルにおいてもそれは例外ではなく、つぐを燦々と降り注ぐ陽光とするなら、アカネさんは強烈な閃光といったところだろうか。
世に存在を認知されてから大衆を惹きつけてやまない歌声、立ち姿、風にゆらめく髪、たったひとつの瞬きさえ……一度目に焼きついたら離れない。暴力的なまでに鮮烈なアカ。
ライブに参加した人間がこぞって主張する"会場のどこにいても目が合った気がする"というのは恐らく誇張でもなんでもない。それほど日暮茜という人は魅了するという点において圧倒的に優れているのだ。
対してつぐは……やはり太陽に例えるのが一番性に合っているだろうか。カラスが羽ばたく空にあって、周囲を自分の光でキラキラと輝かせる。
頭と口が直結したアイツの言葉にはいつだって根拠などない。けれど不思議と巻き込まれたくなるパワーがある。どんなに突拍子のない提案でも、"ついていけば間違いない"と過去の俺が背中を押してくる。
いつも後になって気づくことだが、つぐの一声がなければいつまでも同じ場所で立ち止まって二の足を踏んでいただろうと思うことも多い。
手を伸ばしていいのか躊躇う願い。叶うかどうかわからない夢。成功も失敗も、何が正しいのかすらあやふやな不透明な未来。
そんな凝り固まった常識など打ち破ってアイツは先へ先へと進んでいく。いつだって真っ直ぐに、カラスの行く先を指し示す。それはまるで、
「……灯台」
「いい表現だな、ソレ」
今度は完璧なタイミングでレスポンスがあった。さすが作詞担当と軽く肩を叩かれ、おずおずと頭を下げる。照れ臭いが嫌味のない賛辞は素直に受け取っておくべきだろう。それに、純粋に嬉しかった。
「アカネさんだって作詞担当じゃないですか」
「そ。だから魅力的なワードには敏感なわけ」
「ッ……!」
やっぱりそっくりだ。こういうところ。
素直で無邪気で、いつも俺より一枚上手で、全部見透かしたような顔で的確に心の核を突いてくる。いい様に踊らされているような気さえするのに拒めない。この"光"の隣は、俺にとってひどく居心地がいいから。
あぁ、もう……二人して俺の心を掻き乱すのはやめてくれ。でないとまた茹でダコみたいに顔を真っ赤に染めあげる羽目になる。