『sweeter than sugar and honey.』「お前にだけは言われたくねーな」
独り言かと思って振り向くと、金色の瞳とバチリと視線が合った。最近SNSで偶然ヒョウの写真を目にする機会があって、なんだマジでアカネそっくりじゃんと感心したことを思い出す。
相変わらず"RUBIA Leopard"というバンドを体現したような男だ。
今更言うことでもないが、ルビレのボーカルにこれほど相応しいヤツは他にいない。歌唱力的にも、ビジュアル的にも。
「……今の俺に言ったの?」
「他に誰がいんだよ。俺とお前しかいねーのに」
「独り言かと思って」
アカネの言う通り今この部屋には俺とアカネの二人しかいない。
というのもここはスタジオに併設された喫煙ルームで、クロノもハイジも基本的にタバコは吸わないから必然的に並ぶ顔ぶれは俺一人、もしくは俺とアカネ二人のどちらかということになる。吸う頻度でいえばアカネよりがんちゃんの方が高いけれど、アーティストとマネージャーという立場上休憩時間が被ることはあまりない。
ぼーっと考え事をしていると返事を急かすように目が細まった。二本目に火をつけて"なんのこと?"と聞き返す。
「心当たりねぇ?」
「いやまったく」
「つぐみとサシ飲みした時、"ボーカルはどんな声で囁けば女の子がドキッとするかわかってるからタチ悪い"って言ったらしーな」
つぐみくんと飲んだ時というともう何ヶ月も前の話だ。
元々会話の内容を事細かに覚えているほうではないし、酒の席ということもあって手繰り寄せた記憶も所々曖昧だ。言われてみればそんな事を口走ったような……しないような。
「覚えてねーのかよ」
「んー……いや、言ったね。たぶん言った」
「たぶん?」
「だって今の俺もそう思ってるし」
ニヤリと笑って言うと、アカネがこれでもかというほど顔を顰めた。
「お前にだけは言われたくねぇ」
「なんでよ。事実でしょ?ルビレの王様」
「否定はしねーよ。俺もつぐみもボーカルだし声が魅力的だと思われんのは単純に嬉しい。けど、それはお前だって当てはまってんだろ」
「俺ェ?」
「むしろピッタリなんじゃねーの」
女捕まえる時なんか特に。
「声のトーン変わるの知ってる」
「そりゃねぇ?女のコ口説くのに野郎の時と同じ声で話すヤツいないでしょ」
同じだったらそれこそ問題だ。それに、声色が変わるのは何も女の子を相手にする時だけではない。
例えばメンバーのような親しい間柄と話す時と、名前も知らないヤツらと話す時では当然異なる。
意識的にやっているわけではないけれど隠すつもりもないから自然と態度に出てしまうのだ。どうでもいいヤツらにどう思われようが、痛くも痒くもないのだから。
「知っててやってんの?」
「知っててって?」
「"男は目で、女は耳で恋に落ちる"」
「……なにそれ」
そういう説があると言われてアカネのことだから何か根拠があって言っているのだろうと思ったら、雑誌かなんかで見たというから拍子抜けしてしまう。
スマホを取り出して検索してみると、"男性は視覚優位。女性は聴覚優位"等々その手の記事がズラッと並んだ。ホルモンや脳の構造、動物としての発達過程など科学的根拠もあるにはあるらしいが……俺自身心当たりがないわけではないから、まったくのデマというわけでもなさそうだ。
「知っててやっててもタチ悪いし、無意識にやっててもタチ悪いな。お前の場合」
「それアカネが言う?」
「あ?」
「"タチ悪い"っての。自分のがよっぽどでしょ」
俺の言葉を測りかねたのかコテンと首を傾げたアカネにそういうところだと内心で悪態をつく。
名前や実力を知ってはいても歌を聞くまでは少しの興味も湧かなかった。ルビアのライブだってたまたまチケットが流れてきて、たまたまその日が暇だったから気まぐれに足を向けたに過ぎない。
それなのに一瞬で落とされた。
俺に向けられたものでもないのに。大衆に向かって放たれた、アカネにとってはいつも通り発しただけのその"声"に。
だからこそ"ボーカルだから"という理由付けをしておきたいのだ。そうでなければ格好がつかないだろう。女でもないのに、その声に落とされた身としては。