『おいしくたべて』「物騒だよなぁ……」
「なにが?」
新曲ジャケットの色校を見返しながら呟くと、すかさず隣から反応が返ってくる。アカネがスマホから顔を上げると同時に"Are you ready ?"とカウントダウンを告げるツイートがタイムラインに流れた。
本日最後の仕事を終えたのが二時間前。メンバー揃ってアカネ・クロノ宅に到着したのが一時間前。そして"今からジャケット公開するわ"と言い出したのが数分前のことだ。
いつもの事とはいえあまりに唐突な発言に目が点になったが、やると言い出したら聞かないのが王様だ。サプライズと焦らしはルビレ(主にアカネ)の十八番ということもあり、問題ないだろうと最終的には全員が頷いた。もちろん敏腕マネージャーの許可もとってある。若干呆れられはしたが。
深夜とはいかないまでもすでに眠りについている人が多い時間帯。にも関わらず、数秒とたたずにポンポン表示されていく"お返事"につい口元が緩む。歴が長いファンであればルビレからのサプライズにはある程度慣れているはずだが、毎回新鮮な反応が返ってくるから楽しい。ここだけの話、ワタワタしているカラーズを見るのは結構好きだ。
「お前のこの顔。腹空かせたヒョウみたいな目しちゃって」
"カラーズのこと襲う気?"
ニヤニヤと笑いながら半分。いや、八割くらいは冗談のつもりで問いかけた。
「そーかも」
「え」
「肉食獣なんて狩りしてなんぼだろ?」
金色の瞳をパチクリと瞬かせたアカネは愉快とばかりに喉を鳴らしてそう言った。今度はこちらが目を瞬かせる番だ。相手がアカネでなければ馬鹿なことをと嘲って終わるところだが……しかも、言っていることが完全に的外れというわけでもないから否定しづらい。確かに俺達のバンド名には猛獣の名前が刻まれている。けれど、それにしたって堂々と肯定するヤツがあるだろうか。
「ダメですよアカネさん。ファンを食べちゃ」
"ハンバーグつくったのでこれで我慢してください"とキッチンからやって来たのはハイジだ。困ったように眉根を寄せているのを見るに、先程の言葉を本気かどうか測りかねているらしい。冗談にしか思えない言葉でも判断に迷ってしまうのは、それを言っているのが他でもない"アカネだから"である。有言実行を地で行く男であるがゆえ、どんなに突拍子のない発言でも油断は禁物だ。俺の場合は本気か嘘かわかりかねる止まりだろうが、アカネの場合は嘘みたいだけど本気の領域に達している。それは過去に嫌というほど経験済みだ。
「うまそー」
「熱いので気をつけてくださいね」
「カラーズも美味しく食べるなら許してくれんじゃね?」
「食べてしまったらそれまでですよ。いいんですか?」
エプロンを外しながら嘆息を漏らしたのはクロノだ。どうやら一連の会話はバッチリ耳に届いていたらしく、席につきながらひと睨みされ、その追求から逃れるように目を逸らす。問題発言をした当人は"そりゃいなくなっちまうのは困るけどさ"とマイペースに返答している。
そもそも現時点までアカネがファンを食べる前提で話が進んでいることが恐ろしい。ルビレらしいといえばそれまでだが、なぜ誰も軌道修正しようとしないのか。頼むから突っ込んでくれ。繰り返すようだが俺は八割くらいは冗談のつもりで言ったのである。
「そーいやクロノのヘアスタイルも好評じゃん?」
このままだとお叱りを受けそうなので強引に話の流れを変えた。そーなとアカネが乗ってくれたことに胸を撫で下ろしつつ、ハンバーグを口へと運ぶ。お、今日のチーズ入りだ。
「みんな口揃えて"クロノの髪が〜"っつってんな」
「よかったですねクロノさん。大人気」
「いや、俺は……」
「もー。素直に喜んどきなって」
照れてんだろとアカネが笑うと、図星と言わんばかりにクロノは俯いた。褒められ慣れていないのは相変わらずのようだ。そういう反応をされると余計にからかいたくなるということをそろそろ学習した方がいいと思うのだが、個人的には今のままでいてくれた方が面白いのであえて忠告はしないでおく。
「髪弄って正解だったな」
「やっぱり普段と違うのってグッとくるんですかね?」
「女の子はギャップに弱いって言うしねぇ。アカネもやってみれば?」
「なにを?」
「ヘアアレンジ」
向かいに座っていたアカネの前髪を無造作に掬いあげて後ろに流す。いつもは半分くらい隠れている顔立ちが今はハッキリと見えた。
あー、相変わらず綺麗すぎて腹立つな……そりゃビジュアルのファンも多いわけだわ。つか毛穴どこよ。生まれついてのタマゴか?
「オールバックならいつもより顔よく見えるし、カラーズちゃん喜ぶんじゃない?」
「マシロ……!」
「あ、やば」
「アカネさんにベタベタ触るな!」
「ごめんって!つかそんな怒ること!?」
「気安いっ!」
どんなに気を回しても結局クロノの逆鱗に触れてしまうあたりが俺だ。伊達に初対面で地雷を踏み抜いていない。暫くすれば全員でカラーズのツイートをチェックし始めるだろうから、それまでどう逃げ回るか作戦を考えておかなければ。
「オールバックなぁ……」
「いいアイデアだと思いますよ」
「似合うと思う?」
「それはもちろん」
「んじゃ考えとく」