熱帯夜 カーテンの隙間から仄かな灯りが揺らいでいる。それは射し込んでいると言うにはあまりに淡く、暗い静寂に呑まれた部屋と半裸の二人を真綿のように撫でた。
「今日は満月だぜ」
ベッドの際に座って窓の外を盗み見たジェイミーは潜めた声で笑った。闇よりも深い髪がシーツに波打ち、折り畳んだ膝の側で横になった男を溺れさせる。夜空に包まれた目を瞬かせながらも、彼は振り払おうとはしなかった。ただ黙って夜を浴びている。
「まだ眠れないのかよ?」
「……お前こそ」
乾いた唇がゆっくりと動く。
ルークは大きな掌で自らの顔を半分だけ覆った。記憶にも新しい傷跡が瞼から頬の下までを一直線に切り裂いている。それが、今夜はやけに痛んだ。寝付けもしないほどに。
「疲れてんだろ。先に寝ろよ」
力なく突き放したところで、ジェイミーは笑っている。
「疲れさせたのはお前だろ」
からから、ころころ。小さな赤い痣の刻まれた肌を隠そうともせずに喉を鳴らす。
安眠を求めて抱いた体はすっかり冷めていた。同衾を願ってもジェイミーはするりとベッドから抜け出し、近くで見守る道を選んだ。何をしてくれるでもなくそこで部屋や窓を眺めている。
「オレ様は夜型だからな。寝るまで付き合ってやるよ」
「……じゃあ、こっちこいよ」
「それは出来ねえ」
「なんでだよ」
眉と片目を顰める。忘れたはずの熱が傷を灼く。今はもうそこにないはずの痛みが、ルークの顔を蝕んでいる。
この傷がなかった頃の彼をジェイミーは知らない。常夜の髪がここまで伸びる前をルークは知らない。互いの空白が夜を埋める。
傷を抑えた手の甲に、浅黒い手が重なった。ポン、ポンと、赤子をあやすように優しく叩くそれが疼く痛みを和らげることはない。
「自分だけで耐えなきゃいけないもんだろ、これは」
ジェイミーがわかった風な口を利く。ルークには、それが不思議と嫌ではない。
「そいつはオレ様にもどうしようもねぇ。治してやれるわけでもねえし」
「……だから、一緒に寝てくれって言ってんじゃん」
「嫌だね。それじゃ、オレが居ないときに困るだろ」
掌が手の甲を撫でる。
「自分で乗り越える手助けならしてやるよ。オレ様が居なきゃ何にもならねーお前なんか見たかねえからな」
「スパルタ……」
「ったりめーだろ、甘えんな」
ジェイミーは手を離した。追うように、ルークも自分の顔から外した。開けた視界の中に優しい笑顔がぼんやりと浮かんでいた。
「心配すんなよ。朝まででも起きててやっから」
自信満々に片眉を上げるジェイミーが眩しくてすぐに目を閉じる。眠れる気はしていない。傷もまだ燃えている。だがルークは、今はそれでもいいと思い始めていた。
一人で何もかも乗り越える強さが、寂しさと同じだということを知っている。。
僅かな灯りの中、二人分の呼吸だけが聞こえる世界で過去に苛まれる方が、ずっとずっと幸せだった。せめて、この夜は。